探偵の家

有部 根号

第1話 アパートと2つの殺人事件①

僕の名前は『上水じょうすい 和斗わと』。とある探偵事務所の助手をつとめている。

「掃除終わったー?」

今掃除を手伝わずにごろごろしている女が探偵『斜錠しゃじょう いえ』だ。寝癖も直しておらず、鳥の巣みたいになっている。

「少しは手伝えよ…」

「さっき手伝ったじゃん。」

「ゴミひとつ拾っただけだろ、」

「ゼロよりいいじゃん♪︎」

そう言ってイエはポテトチップス片手にテレビを見ている。だらしない。

ピンポーン

「和斗出てー」

「はあ」

誰だろうか。階段を急ぎ足で下りて、ドアの穴から外を覗く。見覚えのある顔があった。

「久しぶりです。鳥羽とば刑事。上がってください。」

僕はドアを開けた。

「ああ、久しぶり。」

鳥羽刑事は、いままでも何度か事件でお世話になっている。いつも、深緑色のコートをしていて、ポッケに手を突っ込んでいる。雰囲気は少し怖いが優しい人だ。刑事は真剣な顔をしながら入ってきた。事件だろう。

「おひさー。ポテチ食べる?」

イエは、階段を下りながら尋ねる。

「いらない。」

「あげなーい。」

鳥羽刑事は呆れた顔をした。

「どうぞ、お座りください。」

刑事が座った後、僕たちも向かいのソファーに座る。

「腕は鈍ってないだろうな、探偵。」

刑事はイエのほうを見る。

「ん。どうだろうね…私には刑事が殺人事件の話をしに来て、そしてそれがアパートにまつわるものってことしか分かんないや。」

「!……どうやら、心配には及ばないようだな。詳しい説明は現場に向かいながらする。とりあえず、身支度をしてこい。」

「ほーい。…和斗手伝って~」

「はいはい。」

僕たちは洗面所へ行き、用意を始めた。

「どうして、分かったの?殺人事件とか、アパートとか。」

僕はイエの寝癖を直しながら聞いた。

「簡単だよ、刑事をしっかり見てたらね。気づいた?絨毯が歪んだこと。刑事が歩くときに、足に力が入っているらしく絨毯が歪んだんだ。他にもポケットの中で手を動かしてたね。普段落ち着いてる刑事がこういう反応を示すのは大きな事件…つまり殺人事件かなって思ったんだ。」

「なるほど…じゃあ、アパートってのは?」

「そっちはね…刑事がポケットの中で手を動かしてたって言ったでしょ。何も入ってないのに手を動かすとは考えづらいから、ポケットの中で何かをいじってると思ってね。じっと見てたの。したら、時々チラシがポケットから顔を出したのが見えて、それがアパートのチラシだったの。刑事は無意識にそのアパートのことが気になってたんだ。だから事件に関係あるなって考えたの。」

「よく見てるなあ……よし!寝癖直ったよ。着替えて行こっか。」

「ん、分かった。」


僕たちは外出の準備を済ませ、鳥羽刑事と共に現場へ向かった。その時に聞いた事件の概要はこういうものだった。山下アパートというところで二人の死体が見つかったらしい。1人は『小田原 太郎』という人だ。死亡推定時刻は、おとといの午後7時ごろ。もう1人は『岸田 圭介』死亡推定時刻は、昨日の午後9時。どちらも今朝見つかったらしい。第一発見者の『岡田』さんが今朝岸田さんの部屋へ挨拶にいった際、鍵が空いていて、亡くなった岸田さんを見つけたらしい。その後、警察が調査のため隣の部屋を訪ねたところ、そこで小田原さんの死体を見つけたとのことだ。小田原さんは普段からあまり家を出ないため、アパートの誰も気づかなかったらしい。

「着いたぞ。」

そこはかなりきれいな二階建てのアパートだった。

「あそこの二階の角部屋、204号室が小田原、その隣の203号室が岸田の部屋だ。」

「ふーん。で、その発見者の岡田さんはどこ?」

イエは刑事さんに聞いた。

「2人を殺した容疑で捕まっている。」

「えっ…どういうことですか?」

「証拠が見つかった…ゴミ捨て場から岡田の指紋のついた包丁がな。」

そう言って、アパートの外側に付属しているゴミ捨て場を指差した。

「なるほど……て、犯人が分かっているならなぜ呼んだんですか?」

「我々は岡田はまず一昨日の午後8時に小田原を殺し、その隣に住んでいた岸田にそれがばれたため次の日岸田を殺したと予想している。」

「はい」

「しかし、証拠がないのだ。」

「証拠?でも包丁が…」

「包丁からは岸田の血液だけが検出されている。」

「!!…てことはつまり…」

「小田原を殺した証拠がないってことね。」

「そう言うことだ。昨日の朝、ここにゴミ収集車が来たらしい。その際、小田原を殺した証拠ごとゴミを回収したと考えられる。」

「どこか遠くに捨てた可能性は?」

「アパートの前には防犯カメラがある。捨てにいくのは難しいだろう。」

「なるほど…だから死体もアパートに置きっぱなしだったんですね。」

「ああ。下手に持ち出そうとすると、事件が発覚した際、まず怪しまれるしな。カメラによると一昨日と昨日の夜に岡田はアパートのゴミ捨て場にゴミを捨てている。」

なるほど…そのうち一昨日のゴミは、その次の朝に来たゴミ収集車に運ばれたのか。ゴミ捨て場のポスターを見ると、ゴミ収集車 月水金朝7時 と書いてある。今日は木曜だから来ず、凶器は回収されなかったのか。

「防犯カメラに小田原の部屋を出入りする様子は映ってなかったんですか?」

「ああ、カメラはアパートの外にある。アパートの塀より内側は映っていない。」

「使えないカメラだなあ。」

「まあまあ。」

イエは不服そうな顔をする。

「他に質問はあるか?」

「あるよー。そもそも、岡田はどうやって小田原の部屋に入ったの?」

「それは、合鍵だ。」

「合鍵…ですか?」

「ああ、各部屋の合鍵を大家が保管しているんだ。しかし、6個の鍵しかなかった。そう、104と204号室の鍵がなかったのだ。104は大家の部屋だから合鍵は別の場所に置いてるのだろう。合鍵を自分の部屋の中に置いても意味ないしな。問題は204の鍵、つまり小田原の部屋の合鍵がない。どうやら、盗まれていたらしい。」

「盗まれてた…ね。」

「まあまず、大家に話を聞くといいだろう。ただ、」

「ただ?」

「気を付けろよ。」

「どうしてですか?」

「先程話したのは、警察としての意見だ。俺個人としては大家が怪しいと感じている。…勘だがな。」

鳥羽刑事は指を指した。

「あの部屋が大家の部屋だ。104号室…現場の下の部屋だ。じゃあ俺はまだ聞き込みがある。何かあったら聞いてくれ。」

そういって鳥羽刑事はその場を離れた。

「どう思う?」

「んー。とばけーじの勘は信じるに値するからね。」

僕たちは言われた部屋に向かい、ドアをノックした。

「どうぞー。」

ドアを開け、部屋に入る。イエも続く。

「失礼します。」

「こんにちは。」

大家さんは、腰…よりも少し下に手を当てて立っていた。細身で、優しそうな男の人だ。

「あなたたちも警察で?」

「いえ、僕たちはこういうものです。」

僕は『斜錠探偵事務所』と書かれた名刺を渡す。

「探偵…ですか。どうぞお上がりください。」

靴を脱ぎ、玄関を上がった。イエは小声で「よろしく。」と言った。イエは基本人見知りだから、会話は任せたということだろう。僕たちは大家さんに言われ椅子に座った。部屋の中をさっと見渡すと、押し入れや時計、写真立てなどが置いてあった。

「私はこのアパートの大家、『山下』と申します。」

「上水と言います。よろしくお願いします。」

「いえいえ」

「さっそく、お聞きしたいんですが…事件について何か知っていますか?」

僕は尋ねた。

「はい。事件のことは今朝警察から…」

「今朝ですか。」

僕が会話を流そうとすると、イエが小声で「和斗、ここ現場の下。」と言った。!確かにこの部屋は小田原さんの部屋の下にあるんだった。

「あの、事件が起きたのは上の部屋ですが、お気づきには…?」

山下さんは何を話していたのか、気になったような顔を浮かべつつ答えた。

「はい。警察にも同じこと聞かれました。このアパートを調べると分かると思いますが、ここは防音に優れているのが売りなのです。」

「そうなんですね。」

「なので、事件については私もまだ詳しくは知らないのです。」

「そうですか…では、被害者について何か情報はありませんか?」

「そうですね…小田原さんと岡田さんはとても仲が悪かったですね。」

「そうなんですか…岸田さんは?」

「岸田さんは岡田さんと仲良かったですよ。前日も昼から一日中一緒に飲むといってました。」

「では、小田原さんと岸田さんは?」

「おふたりは特に関わりがなかったように思います。そもそも、小田原さんがあまり皆さんから好かれていなかったので。…このくらいですかね。私が知っていることは。」

「ありがとうございます。」

「いえいえ、また何かあればお尋ねください。」

そうして僕立ち上がり、玄関へ歩いた。

「お邪魔しました。」

僕たちはお辞儀し、部屋を立ち去った。山下さんはどこか作ったような笑顔で軽く手をふっていた。確かにどこか怪しい。……さて、次はどこへ向かおうかな。



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