33 喧嘩


 ――きっかけは些細な理由だった。


「カナメくんなんてもう知りません」


 玲愛はそう告げ、家出してしまった。



 遡ること三時間前。

 先日りいなさんからピザの差し入れがあったので、俺は何かお返しできないか、と思案していた。


 あ! そうだ!


 ふと思いついた。


 何か手作りのお菓子でも作ってプレゼントしよう、と。


 彼女はわざわざ手作りのモノをくれたので、ここは手作りで返そう、とも思った。


 調理出来ないのにキッチンに立っていると、案の定玲愛に怪しまれてしまった。


「おはようございます。何、しているんですか?」

「いやー、りいなさんにお返ししようと思って」

「お返し、ですか」

「ほら、先日ピザくれただろ? ……だから」

「お礼は言ったじゃないですか」

「お礼じゃ足りない」


 俺は引き下がらない。玲愛も真剣な目をしていた。


「で、お菓子でも作ってプレゼントしてあげようと」

「ああ。ダメだったか?」

「カナメくんは私以外の女の子にも料理を振る舞うのですね……」


 玲愛の目が怖い。でも玲愛の気持ちも分かる。


「ごめん。じゃあ、玲愛が作って。チョコでもクッキーでも」

「作りません」

「何でだよ。玲愛が作れば何の問題も――」 


 玲愛は俺の元からどんどん離れていく。いつもより歩く足が速い。


「――カナメくんなんて知りません。私以外の女の子にも何かを作ってあげれる、という事実が非常にショックでした」

「ごめんって」

「私より、りいなのほうが好きなんですね。だったら、出ていきます」

「そうは言ってないだろ。あ、待て」


 バタン。


 ――玄関のドアは閉まってしまった。


 これが初めての玲愛とした喧嘩だった。


 喧嘩するほど仲が良い、と言うけれど喧嘩は傷つくし、つらい。それは玲愛も同じだろう。


 3日は帰って来ないのかな。そう思うと寂しい。ひょっとするとずっと帰って来ないのかも、とか思うと絶望する。


 出した調理器具を片付ける。


 ここはりいなさんに相談しに、彼女の部屋に行ったほうがいいのか……? と考えるが、更に玲愛に怒られそうだ。


 か……。やっぱダメだったか……。別にりいなさんが好き、とかそういう問題ではなくて、単なる社交辞令のつもりなんだがな。


 玲愛の独占欲は強い。故に衝突してしまった。


 ――夜になっても玲愛は帰ってこなかった。一人で迎える夜はあの日以来だな。デート前日の夜は確かにほんの一瞬だけ離ればなれになった。でもあの日は明日が来るのが楽しみだった。今は違う。


 今はもう二度と彼女に会えないんじゃないかって不安だらけだ。


 寝ようとしても寝つけない。



 ――翌朝。

 目覚めても玲愛はいない。


 やべ。朝ごはん、用意出来ないじゃん。

 冷凍食品のストックは無いし、コンビニのおにぎりもサラダも無い。

 玲愛が作ってくれるのが、当たり前だったから、俺ひとりじゃ何も出来ない。


「はぁ。ピザ、食べるか」


 ピザなら沢山残っている。


 ほんと、りいなさんには感謝しかない。


 外に出る。良い天気だし、気分転換にでも、と散歩しに行く。玲愛にエンカした時用にピザを持って。


 エレベーターを降り、エントランスに着くとばったりりいなさんに会った。


 するとすぐに彼女に、異変に気づかれる。


「あれ? 玲愛は?」

「喧嘩したんです」

「……そっか」


 驚くこともなく、彼女はストン、と現状を受け止める。


「それで、玲愛にもし会ったらこれを渡して欲しいんです」

「これは……私が作ったピザ? でもなんでピザ……?」

「女の子の機嫌はピザで治る、と言うじゃないですか」

「は?」


 やはり俺の常識は世間一般には通用しないらしい。

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