第4話 魔法と銃と月の見えない夜

「へえーっ、そんなことがあったんだ。じゃあ第三王子も国王を殺したいってこと? いいじゃんいいじゃん、誘ってきてくれよゼン少年、歳も近いんだろう? よろしくうっ!」

「レディ、僕はあなたたちに積極的に協力するわけではないんですよ。あくまで口止めされているだけです」

「あっちゃあ。レディなんて呼ばれちゃあ引き下がらざるを得ないじゃーん」


 本日の僕はベルに勉強を教える折でリリーに捕まっていた。顔色から悩み事があると見抜かれてしまったので、自分が王子だとはバレない程度にいきさつを語る。

 僕の語りに感動するあまり、たむろしている男たちが涙を流していた。


「うおおん、そんな、酷え話だよ」

「ガーレイド様、推していいか……?」


 僕からすると自分も復讐の対象に入ってそうでおちおち夜も眠れないのだが。


「けどさあ、その啖呵を目の前で喰らった第二王子はちょっと不憫だねえ。八つ当たりに遭ったようなもんじゃんか。アタシはそっちに同情しちまうよう」

「それあるよね! いやー分かるよその気持ち。帽子を被っていたなら勢い良く脱ぎ捨てたいところだった、流石のレディだ」


「流石のレディはなんか褒めてないよう。——そんで結局ホントのところ、クレース王妃は『売女』だったのかねえ」

「事実と異なる風評が流されていたからこそ、自殺したんでしょう」


 バン! 奥の扉からベルが飛び出してきた。ノートを開いて見せている。


「書けた!」

「見てあげよう。こっちにおいで」


 ベルが隣に這いあがってくる。ノートには拙い魔法陣。

 魔法陣とは、円の中に記号や文字列、文様などを書き込んだものだ。これの内容次第で魔法は様々な形に姿を変える。


「えっと、そうだね……ここの分岐は上手くやったね。スマートだ」

「よっしゃ! どやあ!」


 ベルはガッツポーズ。


「でも、ここだね。これじゃあ余計に消費が発生してしまう

「うん? ああなるほど? あーそうか、いやーむずいなー!」


 頭を抱えたベルが微笑ましい。

 リリーだけでなく辺りの男たちも覗きに来ていた。


「何書いてんだか全く分からん」

「魔法ってこんなんで使えんのかい?」


 視線を受けたので、黄色のインクを持ってきて、白紙のページに簡単な魔法陣を描いた。

 タクト大の杖を抜いて詠唱を始める。


「三位の精霊よ。純金の眠る河、宝石箱に秘められた光、黄金の林檎」


 唱えれば魔法陣が僅かな光を放ち、そのままノートの上にぼわりと浮かび上がった。代わりにインクで書いた方の魔法陣は掠れてしまう。


「鏡の円盤、命の軌跡、環状の炎。この魔法の名前は——〝灯火ライト〟」


 浮かび上がった魔法陣がくるりと回って収束すると、僕の杖の先に、自ずから浮かび上がる白い火の玉が発現した。薄暗かったホールが眩く白い光に照らされる。杖を振って明るさを調整し、少し控えめに。


「こんなものかな」


 目を丸くして驚く各々を差し置き、リリーは拳銃をぷらぷらと摘み上げていた。


「でもさ? そんなつらつらと準備をしている暇があるならさ、アタシらがあんたら魔法使いを撃ち抜いちまうんじゃあないの?」


 リリーの本命の質問はこちらだったようだ。革命が本当に成功するのかを尋ねたかった——その銃で貴族に勝てるのか。彼女は今すぐ革命を起こすつもりはないようだが、しかし現実的に考えてはいるようだ。週二以上の頻度でここに通っていてなんとなく理解したが、リリーの同志は雰囲気百人以上いる。大きな運動を起こすには十分な人数である。


「僕を含めたほとんどの魔法使いには勝てるだろうね。けれど賢者の上澄みや……ましてや大賢者には勝てない。今見せたのは最も基礎の手順だけれど、使い手次第で手順はいくらでも省略できる。引き金を引くより早く殺される。絶対に、絶対に勝てない」


「絶対かあ」


 折に、小屋の扉が音を立てて強く開かれた。


「姉さん! ザーグの野郎が憲兵に絡まれてる!」

「なにいー?」


 その場のみな、慌てた様子で外に出て行った。後を追おうとしたが、丁度、カウンターの裏でバタリと何かの倒れる音がした。

 気になって覗いてみれば、床が揺れた拍子に小さな木箱が落ちたようだ。拾い上げれば中には干からびた紐のようなものが入っていた。木箱に記された日付は十二年前。


「へその緒、ね」


 足元にキラリと光った白いものも同じ箱に仕舞われていたものだろう。摘まみ上げる。


「こっちは、歯……いや違うな。骨ではある……」


 ——色々想像できるけれど。ま、あまり詮索するものでもないか。


 元あったのであろう位置に戻しておいた。





 路地から通りを見れば、憲兵隊の一団が男を囲んでいた。憲兵の手には懲罰棒が握られている。男は、袋叩きに遭ったのだろう、全身に痣があった。


「お前らが秩序を乱すからこの都市は腐っていくんだ! この貧民風情が!」

「秩序? 俺が……何をしたっていうんだ。列に並んだだけだ……」

「うるさい! 俺を抜かしただろう!」


 リリーが先に来ていた男に確認を取った。真偽は分からないが、ともかくザーグと呼ばれた男は引き下がらずに罰を受けているのだと。


「彼はそういうことをする人なのかい?」

「もしそうだとして、立てなくなるまで殴られなきゃあならない理由があると思う?」

「……すまない、失言だったね」


 リリーはあちゃーと首を横に振っていた。


「アイツも馬鹿だよまったくさあ。素直に認めて頭を下げればいいのに」


 辺りの民衆がひそひそと囁きあっている。


「賄賂欲しさに因縁付けたのに大して持ってなかったから逆上しているのよ」

「しっ聞こえるぞ。しかし俺たちも一歩間違えたらああだな」


 引っかかる会話内容だった。


 ——貧民相手の精神的優位から横暴に出ているという訳ではなくて? 一般市民に対してすら賄賂の強要が横行してるのか?


 ザーグは連行されるようだった。


「なっ……ザーグが殺されちまう! 助けに行かねえと!」


 焦った様子の男をリリーが制している。


「今行ったって一緒に連れてかれるのがオチじゃん。行くなら夜だよ、分かったかい?」


 僕は鼻で笑いながら尋ねた。


「ちょっと待ってくれないか。彼はこの国の、ましてやこの街の市民だろう。列を抜かした程度で殺されたりなんてするわけがない」


 返ってきたのは憐みの目線である。可哀想な、不憫な者に向ける目だ。

 その反応は、激昂されるよりも堪えるものだった。

 僕は何も知らないようだ。

 ベルは肩を叩いて励ましてくれた。





**





 月の見えない、曇った夜だった。

 シャツに袖を通し、寝室の窓を少しずつ開く。酷く慎重に外壁を伝って三階の高さを降りた。茂みに隠しておいたマントを羽織って、灯りの魔法を袖に隠しつつ、いつもの抜け道から王宮を出て街外れの収容所へと向かう。





 建物の陰で見知った数人を見つけた。リリーと、何度か見かけたことのある男二人の、合計三人。僕の出現を受けて流石のリリーも驚いた様子だった。膝を曲げ目線を合わせてくる。


 ——この人、子供と話すときに膝を曲げるような人だったのか。


「何しに来た」


 初めて聞く声の低さだった。


「それは当然、協力を」

「へえー? アタシらに積極的に協力することはないって言ってたくせに?」

「そっちこそ、仲間一人捨てられないなんて甘いんじゃあないか」

「人を纏めるにはカリスマってやつが必要でさあ。大義の前に多少の無茶は必要経費なんだよねえ」


 しゃがんだままに少し顔を近づけられた。彼女の赤い瞳は夜闇に忍ぶには不利そうだった。

 囁かれる。


「少年にだけは言っとくけど、今が大事な時期なんだ。ここで仲間を見捨てるようなヤツだと思われちゃあ、これまでの十年がご破算なんだよ」


 不意に首を掴まれた。ヒュッと空気が抜けて息ができなくなる。


 ——ッ!?


「足手まといに構ってられるほど余裕がある訳でもないんだ。今日は帰りな」


 気道を塞ぐ手を苦し紛れにつつけば、幸いにも力を緩めてもらえた。


「ぐっ……はあ、はあ……!」

「おっと、実際に絞めるつもりじゃあなかったんだ。子ども相手は加減が難しいねえ」


 ケホケホ咳をしながら、しかし僕は再びリリーの瞳を覗き込む。


「い、いいや。君たちは僕を連れて行った方がいいだろうね。そうでなければきっと後ろの二人まで皆殺しになるから。君がいま心配すべきはカリスマだとか大義だとかなんて高尚なものではなくて、みっともなくたって生きて帰ることなんだ」


 リリーは僕の言葉に説得力を感じ取ってくれたようで、不審そうに眉をひそめた。


「ふーん? アタシらだってこういうことが初めてってわけじゃあないんだぜ? 失敗するだけならまだしも皆殺しだなんて……そうだなあ、ハッ、に?」


だ。絶対に皆殺しになる」

「だとしたら少年に何が出来る?」

「僕はその魔法使い相手に人質として機能するはずだ。た、多分、だけど……」

「へえ……」


 リリーは立ち上がって後ろの男たちに呼びかけた。彼女の流し目に、僕は不思議な暖かさを感じた。


「ゼンも参加する」


 男二人はほほうと腕を組んだりニヤリとしたり。


「けれどゼン、こればっかりは明確な『裏切り』だってこと、分かってるかい? 今回はベルガーリャを人質に協力を迫ったわけじゃない。なんならここでアタシらを見殺しにした方がゼンのためになる」


「僕は——」


 昼間に見た憲兵の横暴を思い出す。


「僕は、僕が思う正義の側に立っているだけさ。少なくとも今は、こちら側が『正義』だね」


 決して彼らに全面的に味方するという訳ではない。決して。

 これはリリーにとって予期せぬセリフだったようだ。彼女はしばらく固まっていた。


「少年の甘さは世間知らずゆえだと思ってたんだけどなあ」

「今晩に限った話だけれどね。思い上がらないようにしたまえ」

「うるさい口だ」


 人差し指で唇を塞がれた。母親のような、慈愛の表情。


「よし、じゃあ行くよ!」

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