幕間 幼馴染は歌が上手

「春風が空に舞って~雪空を遠く感じて~♪」


 高音の滑らかな歌声。

 伸び伸びとした音色は、俺の部屋全体に広がって反響する。


 ビブラートは流れるような鮮やかさで、心にするりと入り込んでくるようだ。


「つま先には花びら落ちて~♪」


 聴くだけで安らぎが生まれる。

 

 歌っている本人も穏やかに身体を左右に揺らしていて楽しそうだ。


「ハマってるな、その歌」


「だってめちゃくちゃいい曲じゃん! はあ~さすがRuOルオ様」


 晴れ晴れとした表情で理代が振り返る。

 

 今歌っていたのは、ネットで若者に人気爆発中の女性シンガーソングライターRuOの曲だ。

 中高生に刺さる歌詞と特徴的な淡い歌声が特徴である。


 理代は歌が上手い。

 RuOとまた違った声音で編み出される歌声は、明るく前向きな気持ちを抱かせる。


「いつか、RuOに会いたいな……」

 

「だな」

 

 理代はRuOのファンである。

 俺も理代に勧められてあっという間に虜になった。

 今では二人で新曲を聴くこともあるくらいだ。

 

「みんなとカラオケでも行けばいいのに……」


 俺は無意識にぽつりと呟く。


「みんなとカラオケ……!? むりむりむりむり」


 まだみんなの前で歌うことは緊張感が伴って厳しいのだろう。

 

 だが、その緊張感を吹き飛ばす意味でも思い切ってカラオケに行ってみればいいと思ってしまう。


「一回大声で歌えば、緊張もほぐれるんじゃないか」


「わたしが大声で歌えると思う?」


「マイク持てばスイッチ入るだろ」


「豹変するみたいなこと言わないでよー! そうそう変わらないから」


「それにきっとみんな褒めてくれると思うぞ。上手いし」


「そ、そうかな……へへ」


 そっぽを向きながら照れる理代。若干顔が赤くなっていた。


「……いつか文化祭のステージで発表とかしてみたいんだよね」


「夢がでかいな」


「たーくんは、文化祭で歌を披露する想像しないの?」


「しない」


「……えっ」


「え」


「みんなするもんだと思ってた」


 理代がぽかーんとしていた。

 みんなするのだろうか……。


「じゃあ教室に悪者がやってきて自分だけが無双するのは?」


「それはしたことある」


「よかったー!」


 中学生の頃、授業がつまらない時によく妄想をしていた。

 ナイフを持った謎の人物が教室内に立ち入ってきて、それを自分が戦ってこらしめるという妄想を。


 自分が選ばれし人間かもしれないと心のどこかで思っていたのだろう。

 思い返せば恥ずかしいことを考えていた。

 

 だが、どうやら理代も同じことを考えていたようだ。


 たぶん、他のみんなもしてた……よな?

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