第三章 幼馴染は決別する

第19話 幼馴染は生まれ変わる?

〈理代視点〉


 今日は茜ちゃん、桃乃ちゃんと洋服を買いに行く予定だ。

 遊園地に行った日、駅前で自分のファッションに悩んでいたら、わたしが自信を持てるような服を見繕ってくれると提案してくれたのをきっかけに、今日の予定が計画された。

 

 休日はいつも長めに寝ているけれど、ちゃんと早起きして準備する。

 

 財布よし、飲み物よし……。

 

 持ち物を一通り確認して、わたしは家を出た。

 

 いつもより人の少ない電車に揺られて、集合場所の駅前に着く。

 

 二人はもう到着していた。まだ集合時間前だけれど、ちょっと申し訳なさを感じる。

 

「よーし、今日は理代チャン生まれ変わり計画を実行しちゃうぞー」


「生まれ変わり……計画??」


 思わず首を傾げた。

 洋服を買う話だったはずだけれど、知らない間にずいぶん壮大な計画になっていて、頭に疑問符が並ぶ。


「桃乃ちゃん言い過ぎ。自信が持てるような自分にイメチェンするってこと」


 冗談だったようでホッとしたのもつかの間。

 イメチェン……?


「遊園地の時もそうだけれど、あんまり自信が無さそうだったから、どうにかしたいなって思っててね。やっぱり見た目が変わると自信が付くから、まずはそこから変えていこうってね」


「え、洋服買いだけじゃ、ないんですか?」


 てっきりそれだけかと思っていたため、微かな動揺を覚える。

 他にどこへ行くのだろうか。


「洋服を買う前に、オシャレな美容院に行っちゃうよー!」


「お、おしゃれな美容院!?」


 小さい頃からの馴染みの美容院ではなく、SNSでもよく見かけるような雰囲気の、陽のオーラがするイケイケの美容院……!?

 

 無理……無理すぎる!

 

 話しかけられても答えられない。

 なんなら、馴染みの美容院ですらうまく答えられなくて、頷きと首振りで対応しているレベルなのに……。

 

「実はもう予約しちゃった。てへ」


「ここ、こころの準備がぁぁ……」


 唇を震わせながら、不安を露わにする。

 

 美容院に行きたくなさすぎて髪を伸ばしたままにしていると言っても過言じゃないくらい、美容院は苦手。

 い、いきたくない……。


 でも――


「大丈夫。私たちがついているよ」


「さあさあ予約時間も迫ってるし、向かおうかー」


「は、はい……」


 怖がっていたらずっとこのままだ。

 それに、二人だって背中を押してくれる。

 わたしはおそるおそるといった体で美容院を目指した。


 * * *

 

 駅から近いところにその美容院はあった。

 店のドアを開けるとふわりと爽やかな匂いがした。

 軽くやりとりをして、椅子に案内される。


 座ると、早速美容師さんが、


「本日はどのようにカットいたしますか?」


 と話しかけてきた。

 

 わたしはスマホを立ち上げて、「こ、これで……」と掠れた声で告げる。

 

 表示されているのは、肩より少し長いくらいの髪型。

 わたしの髪と比較すると、全体的にボリュームがすっきりしていて、軽やかなイメージだ。

 

 長さはそんなに切るわけじゃないけれど、毛量がぐっと減るので暗くて重たい感じが払拭されるはず、と二人におすすめされた。

 

 どんな感じの髪型がいいのか、わたしはわからないので、二人のおすすめに従った。大胆なアレンジではなく、今の感じをできるだけ保ったまま、印象を明るめに変えていく。

 

 問題は前髪だ。今は真っ直ぐにならすと目元が隠れてしまうくらいあるけれど、これを眉あたりまで短くする。


 顔の前側は、相手に与える印象が大きいから切るだけで結構変わる……らしい。

 

 正直前髪を短くするのは怖い。

 何かあった際に前髪は視界を覆ってくれる安心感がある。見たくないものを見なくていいようにできる。

 

 でも、そんなことをしていたらいつまでたってもわたしは暗いままだ。

 変わるためには思い切ってこの前髪を短くするしかない。

 

 ずっと殻に閉じこもったままじゃ、いたくない。せっかくの高校生活、悔いのないよう楽しみたいんだ。


 美容師さんがチョキチョキとハサミを入れていく。

 わたしの髪が、ぱさりと床に落ちていく。


「今日は自分を変えにきたんですか?」


「え、あ……」

 

 桃乃ちゃんや茜ちゃんたちと話すのは慣れてきたものの、初対面の人と話すことには未だ大きく緊張する。身体を縮こませながら、情けない声をあげてしまう。


「思い切った決断をされたような表情に見えたので」


「は、はい……」


 わたしは床に落ちた髪の毛を見ながら、小さな声で返事をする。


「今はまだ怖いかもしれませんが、一度踏み出せばあとはなるようになりますよ。それに、私はプロですから。あなたに合うようにカッティングいたしますので、ご安心ください」


「あ、ありがとう……ござい、ます」


 小さくなってしまったけれど、ちゃんとお礼を言えた。

  

 優しくて落ち着いた人でよかった。

 勢いよく話しかけられるタイプだと、上手く返せる自信がなかったから。

 

 ふと、隣に耳を傾けると、


「最近どうです?」

 

「仕事の方はぼちぼちですかねー。なかなか大きいプロジェクトを任されたのでそれを頑張りたいなー、と」

 

「おお、そうでしたか。頑張ってくださいね」

 

 そんな会話が聞こえてきた。

 あんなにスラスラ話せないや……。

 

 そんなことを思っていると、前髪にハサミが入れられた。


 わたしは髪が目に入らないように瞑る。

 

 チョキチョキという音とともに、覆いが剥がれていく。目蓋越しでも、明るくなっていくのがわかる。


 前髪を切り終えたタイミングで目を開いた。

 

 さっきまで十分に見えていなかった自分の姿が、鏡越しにくっきりと目に入る。

 

 程よいボリュームの髪に、瞳の見える顔。

 

 さっぱりしたその髪型は、まるでわたしじゃないみたいだった。


 美容師さんってすごい……!


 

 髪を切り終わったと思ったら、今度はヘアアイロンをかけて、最後に何か塗ってくれた。


「お疲れさまでした」と言われて、席を立ち、自分の髪を撫でる。さらりと手櫛が通る。感触もふわっとしてい、てとても軽い。


 仕上がりを、待っていてくれた二人に見せる。

 

「ど、どうかな……」


「おおっ! めっちゃ可愛くなったじゃん!」


「顔がちゃんと見えている今のほうが、ずっと良いと思うよ!」


「そうかな……えへへ」


 料金を払って美容院を出た後も、スマホで写真アプリを起動して自分の髪を何度も見てしまう。


 生まれ変わり計画……って言ってたけれど、案外盛りすぎじゃないのかも。

 

 だってこんなにも変わったんだから。

 

 たーくんが見たら、びっくりしちゃうかな……。


 その時を想像すると、身体をくすぐるような恥ずかしさをちょっぴり感じたのだった。

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