第12話 幼馴染と賑やかな放課後
ある日の放課後のこと。
「ピザが、食べたい……」
うわ言のように剣村が呟く。
まるで幽霊が呻き声をあげるかのように。
「でも一人で食うのは少し寂しい……」
ちらっと横目に俺を見やる。
縋るような眼差しに、俺はため息を吐く。
「……食いに行くか?」
そう提案した途端、剣村の表情が明るくなり、にんまりとした笑みを浮かべる。
「ていうか、食べたいなら普通に言ってくれ。亡霊みたいに独り言を始めてちょっと怖い」
「お腹が空いて元気が出ないんだ」
剣村の言うことには一理あった。
高校生はやたらと腹が減る。
昼食を食べてからしばらく経っていることもあるし、空腹で飢えるのもいたしかたないだろう。
「なんか食べに行くのー?」
「ああ。ピザを食べに行こうと思って」
「お、アタシも行きたい。茜と理代チャンはどう?」
「私も行きたいな」
「(ブンブン)」
朗らかな声と無音の頷きが返ってきた。
ということで、皆でファミレスへ寄ることになった。
教室を抜け出したところで、クイクイっと服の裾を引っ張られる。
「……ん?」
「たーくん、放課後にみんなでファミレスとか陽キャだよぉ……」
「前も放課後遊んでただろ」
「今回は大人数じゃん! レベルが違う……ちょっと怖い。けどわたしも友達とワイワイしたい……」
「なんだよレベルって。……置いていかれるぞ」
「ほんとだ……たーくん、まってぇー」
* * *
ファミレスのテーブル席にみんなで座るやいなや、ドリンクバーやピザ、ポテトを頼んで、話しながらつまんでいく。
「理代チャンってお淑やかでかわいらしいよね〜。アタシもお淑やかな感じにちょっと憧れるなあ」
大人しく振る舞う理代を見てか、久須美がそう口にした。
しかし、理代の家での立ち振る舞いを知っている俺からするとそれはまやかしだと言いたくなる。
が、言えば後が怖いので口をつぐむ。
当の本人は久須美の言葉にフリーズしていた。
内心焦っていることだろう。
「あ、そだ。LILI交換するの忘れてたー」
久須美の一声に、LILI交換が始まる。
俺と剣村は、久須美と椎川と理代の三人を友達追加した。
ちなみに俺と理代は既に友達同士であったため、交換したフリである。
バレないように取り繕う間、冷や汗が止まらなかった。
「そういえば、このアイコンってくましおだよね? 手描きなの?」
ふと、理代のアイコンを見て椎川が疑問を抱く。
色鉛筆で描かれたようなくましお。
身体が全体的に白く、描くのが難しいはずなのによく描けている。
「あ……はい」
理代は小さく返事をする。
「すごっ!」
「橘さん。絵心のないオレに絵の描き方を教えてくれ」
剣村がそう言って昔描いた絵の写真を見せてきた。
その絵は、申し訳ないが酷く壊滅的なものだった。
まずなにが描かれているのかわからない。
剣村によればどうやら花だそうだ。
そう言われても全く花に見えなかった。
ダンゴムシだろうか。
あまりにも凄惨であったため、絵を見たみんなが堪えきれずに笑いを零す。
「そのレベルはもう諦めろって」
「だが幸田、諦めたらそこで全てが終わるだろ。諦めなければ希望は残されている。人類はそうやって不可能と思われる壁を乗り越えて生きてきたんだ。だからこそ今の我々があるんじゃないか」
「なんか壮大な話になってきたね〜」
ポテトをぱくりと食べながら、退屈そうに久須美が呟く。
一つ間をおいて理代が話し出す。
「絵は……模写をしてみたら、いいと、思います……」
「ふむ」
「その、なぞることから始めれば……どのように描くのかわかるので……」
「ふむふむ」
「ええと、誰だっていきなり上手くは描けないし……わたしも、初歩的なことからスタートして……何年もかけてやっとここまできた、から……」
「なるほどなぁー、千里の道も一歩からということか。勉強になったわ、橘さん。いや、橘師匠」
謎に師匠とか呼び始める剣村。
理代が俺を涙目で見てくる。
助けてー、と目で訴えているのが強く伝わってきた。
「いきなり変な呼び方するなって。り、橘……さんも困ってるんじゃないか?」
「変って何だよ。橘師匠に失礼じゃないか」
「お前が失礼だわ」
そんな問答を繰り広げていると、椎川が理代へ声をかける。
「理代ちゃん、他にもあるなら見せて欲しいな」
「あ、はい……どうぞ」
理代はスマホにイラスト専用フォルダを作っているようで、ズラーッと数え切れないほどの絵が表示される。
くましおが多いが、アニメや漫画のイラストもたくさんある。
理代がオタク感丸出しにしてしまったことに気づき、「あ……」とか言っているが手遅れだ。
だが、幸いにも誰も気にしていない様子。
「このキャラかわいー!」
久須美が指をさしたのは、見覚えのあるイラストだった。
「そ、それは、有終のアトランティカの、ティカというキャラクターで……わたしも気に入ってて……」
「これは?」
椎川が気になったイラストは、とあるアニメのキャラだった。
「そ、それは……幻星の魔法使いの、シュニっていうキャラクターで……」
「へぇー、可愛いイラストが多いね!」
理代は動物のようにこくりと一つ頷く。
椎川の言う通り、可愛らしいイラストが多い。
こういったキャラクターが好きなのだろう。
そのままスクロールを続けていると、剣村があるイラストに猛烈に食い付いた。
「おいまて、これは
「はっ、はい」
剣村の圧が強すぎて若干引き気味になっていた。
剣村の推しである翠も描いたことがあるのか。……にしても、うまい。
翠の特徴である翡翠色の髪が巧みに描かれている。繊細な色使いだ。
「翠ちゃんのイラスト、他にもあるか?」
「い、いえ、この一枚だけで……」
「また描いてくれ!」
「ひぇっ、はっ、はい!」
剣村が強く頼み込んできたので、理代は完全にビビっていた。脅迫したみたいになっている。
「剣村、もう少し抑えろ」
「すまんすまん、翠ちゃんのことになるとちょっと暴走しかける癖があって」
「ちょっとじゃないがな」
「た……幸田くんは、どれが好き?」
理代がちらりと、期待を込めた瞳を向けてくる。
「お、俺か……さっきのティカ、かな。どれもよく描けてるんだけど、特にこだわってる感じがしたんだ」
「そっか……えへ」
ほんの微かに、理代が笑った。
その小さな笑みは、つい表に出てしまったかのように俺には見えた。
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