第4話 幼馴染との休日

「最高の休日ですなぁ〜」 


 俺は横目で、ごろんと寝そべって割り箸片手にスナック菓子を食べながら、例の漫画を読んでいる理代の姿を捉えた。

 

 まるで自室のようなくつろぎ具合。

 一応俺の部屋なのだが、まあいいか。


「それ、最新刊か?」

 

「うん! あと数十ページで読み終わってしまう……あぁ、ワタシノタノシミガ……」

 

 理代が数日前から夢中になって読んでいるのは『有終のアトランティカ』というタイトルの漫画だ。

 

 ストーリーとしては、何の変哲もない主人公がある日特殊能力に目覚めて非日常に巻き込まれていく、よくあるものである。

 

 しかし、能力者同士が思考の読み合いをしながら戦いを繰り広げる様、そして特殊能力に目覚めた謎を辿る探究心くすぐられるパートが面白く、のめりこむように読んでしまう。

 

 俺は理代よりも一足早く読み終えていたが、面白かったのでもう一周しているところだ。

 次の巻が出る日を心待ちにしている。


「あー読み終わったー! 続き、ドコ……?」


 とうとう読み終わってしまったようだ。

 喪失感に襲われているのがありありと伝わってくる。


「お菓子も食べ終わってしまった……おかわり、ドコ?」


「漫画の続きはないから諦めろ。……お菓子は、これでも食うか?」 


 俺は洗練されたデザインの箱を取り出して、テーブルの上へ置く。

 母親が友人にお菓子を貰ったようで、残りは全部食べていいと言われたのを思い出したのだった。


「食いたいだろ?」


 箱詰めされたレモン味のクッキーを理代に向けて見せる。

 パッケージから美味しそうな雰囲気が漂っている。


「食べる!」


 とっさに、手を伸ばしてきた理代を寸前で阻む。


「まあまてまて。このお菓子……数えてみると奇数なんだ。つまりどっちかだけが一枚多く食べられる」


「わたしが食べますっ!」


 理代は手を挙げて元気よく言う。


「勝手に決めるな。そうだな……ゲームで勝ったほうが食える決まりだ。やるか?」


「やりますっ! 絶対勝つぅぅう!」


 その言葉に俺たちはゲームの準備を始める。

 コントローラーを互いに手に持ち、テレビ画面を睨む。


 二人のプレイアブルキャラが画面上には表示されている。

 

 左側が理代の操作する、女カンフーキャラ。

 右側が俺の操作する、ヤンキーな男キャラだ。

 

 試合開始の合図とともに、接近してコマンドを入力する。


「ホアチャー!」


 理代は必殺技が成ると現実でも叫ぶタイプだ。

 耳障りで集中力が若干削がれる。

 まさかこれも作戦のうちなのだろうか。


「おりゃおりゃー」


 理代の操作は鋭く的確なため、少々押され気味だ。


 理代の必殺技に、俺は負けじとコマンドを入力するが、行動を読まれているかのごとく、さらりと回避されてしまう。


「ふはははー、これでトドメだー!」


 最後の一撃をもらい、俺のキャラが戦闘不能になる。


「よしっ!」


 しかしこれは一戦目。

 

「次は勝つ……」

 

 勝負は先に二試合勝利した方が勝ちである。


 まだ逆転の可能性は残されている。


 二戦目、食らいつくようにコマンドを入力するが、理代の反射神経が凄まじいのかクッキーが食べたい気持ちが爆発しているのかはわからないが、強すぎてあっさりと完敗した。

 

 画面左にはWINと書かれた文字が躍っている。


「よっしゃああああ!」


 心底嬉しそうにガッツポーズを決める理代。


 瞬時にお菓子に手を伸ばし、袋から開けてクッキーを口に含む。


「んまぁ〜い」


 甘いんだか美味いんだか。

 なんと言ったのかわからないが、幸せそうなのでよしとしよう。


 俺も一つ手にして、開けて食べてみる。

 

「うまっ」


 サクッとした食感と、ふわりと残るレモンの後味。

 サイズが小さく、二口ほどで食べ終わってしまい、ついつい次のクッキーへ手を伸ばす。

 理代もバクバクと食べていた。


 クッキーの枚数は全部で九枚だったので、俺が四枚、理代が五枚食べられる。


 味わうようにゆっくりと堪能していても、小さいのであっという間になくなってしまう。

 もう一枚、もう一枚と無我夢中で食べていく。


 最後の一枚を食べ終え、五枚目のクッキーを食べている理代をぼんやりと眺める。


 溢れんばかりの笑みを浮かべ、幸せそうに味わっている。


「美味そうに食うよな……ほんと」


「美味しいものは、美味しくいただかなきゃ!」


 しかし学校では、理代がこのような恍惚とした表情を浮かべることはない。


「普段もそれくらい表情豊かになれれば、人も寄ってくると思うぞ?」


「ぼっちがこんなにニコニコしてたら怖くない!?」


「今みたいなのはやりすぎかもしれないが、人と話すときとかに軽く笑みを浮かべておくと、印象が良くなる……と思う」


 正直、学校での理代は無愛想だ。

 誰かから話しかけられても卑屈になりうまく返せず、一人でいるときは何を考えているかわからないほどの無表情。

 人が寄ってこないようオーラでも出しているのかと言いたくなるレベルだ。


「でも人の会話ってどうしても緊張しちゃって……笑顔になんかなれないよ」


「俺もまあ笑顔ってほど笑顔になってるわけじゃないけど、強張らないようにはしてる。そうするだけでも友達できるんじゃないか?」


「……が、頑張ってみる」


 理代は不安そうにぽつりと言った。

 


 お菓子を食べ終えた理代は、白紙とペンを数本取り出して、テーブルの上に置いた。

 

「さて、絵でも描くかー」


 理代は絵を描くことが昔からの趣味だ。

 アニメや漫画のキャラクターをよく描いている。


「読み終えたばかりでもう頭の中が有アトでいっぱいなんだよー」


 有アトは有終のアトランティカの略称のことだ。

 早速描き始めたようで、カキカキ……カキカキ……と音が聞こえてくる。


「何描くんだ?」


「ティカちゃん」


 ティカは有終のアトランティカのメインヒロインである。

 ある日主人公の学校に転校してきて、そこから物語が展開されていくため、重要なキャラクターだ。

 

 艶やかな白銀の髪の髪、華奢なスタイル、愛嬌のある見た目と、非常に人気も高い。


 俺は理代の絵が完成するまで、しばし漫画に没頭していた。


 ページを捲る音とペンの音だけが室内に響く。

 まったりとした時間が流れていく。

 

 心地よい時間だ。

 

 ずっとこんな時間が続けばいいと願ってしまうほどの安息感を覚える。

 


 あれからどれだけ経っただろうか。 


「ふぅ……できた!」


 理代の一声が室内の静寂を断ち切った。


「たーくん、みてみてっ」


 自慢げに完成したイラストを見せびらかす理代。

 ペン一本で巧みに濃淡がつけてあり、滑らかな曲線も立体感も際立って感じられる。

 理代特有のタッチで描かれたティカは非常に出来栄えが良く、二人で見るだけに留めておくのは勿体ないと思えるほどだった。


「めちゃくちゃ上手いな……」


 思わず、感嘆の声を上げる。


「自信作かも」


「SNSにアップしたりしないのか?」


「んー、考えたこともあるんだけど、アップするの尻込みしちゃって……」


 そう言いながらも写真を撮るためなのかスマホを立ち上げる理代。 

 

「あ、RuOルオの新着動画上がってる」

「まじ?」


 俺もスマホを立ち上げた。

 すると動画サイトからの通知が一件入っていた。

 

 RuOルオというのは、ある女性シンガーソングライターのことだ。

 数年ほど前に動画投稿されたのをきっかけに人気急上昇中の若手シンガーである。

 事務所には所属しておらず、完全なフリーだ。

 顔出しはしていないため、どんな人物であるのか噂は絶えない。

 

 歌声は語りかけるような優しさがあり、癒しや安らぎを誘う。

 歌詞は中高生に響くようなフレーズが多く、もしかすると高校生では?とも言われている。


「一緒に聴こっ」

 

 理代のスマホで動画をポチッと再生する。

  

 薄暗い部屋を背景に、ギターの音と柔らかな歌声が聴こえてくる。

 

 心にゆっくりと染み入るような歌。

 スローテンポで落ち着きがあり、サビに入ると微かな切なさが入り混じる。

 

 どうしたらここまで感情を動かせるのだろうか。

 独特のリズムと心に響く歌詞が音階を撫でていく。

  

 聴き終わった頃には不思議な気持ちになっていた。


「今回の新曲もすごく良かったねー!」


「ほんと、どの曲も神曲だよな」


「うんうん!」


 再生数を確認すると既に五千を超えていた。投稿したばかりでこの回数は、人気の良さが垣間見える。


「俺の動画なんて数日経っても再生数二十とかだぞ……」


 実は俺も趣味で動画投稿をしている。

 簡単なゲーム実況だったり、おすすめ漫画解説だったりを合成音声で。

 と言ってもほとんど人に見られていないが。

 

「再生数が少なくなって、たーくんの動画もすごいよ!」


「そうか?」


「だって自分で編集して上げてるんだもん!」 


「……ありがとな」


 面と向かって褒められると照れるものだ。

 

 そうやって動画の話で盛り上がっていたのだが――

  

「みんな……すごいな……」


 途中で理代が悲しそうにぽつりと零した言葉に、俺は上手く返すことが出来なかった。

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