第2話 幼馴染の手作り弁当

「たーくん、おはよー。はい、お弁当」


 朝、学校へ向かうため家を出ると、朗らかに挨拶をしてきた理代に保冷バッグを手渡された。

 底はまだ温かい。


「おはよう、理代。いつも悪いな」


「自分の分のついでだから気にしないでって、言ってるでしょ」


 理代はそう言って屈託なく笑う。

 

 弁当を作るために朝早く起きていて大変だろうに、そのようなことを微塵も感じさせない朗らかな笑みだった。

 

 弁当を作ってもらっている理由は、俺が購買でパンを買っていたことを知った理代が、物足りなくないか……とか、お金が……とか、栄養が……と言い出して、終いには自ら進んで作ると言いだしたからだ。

 悪いからと何度も断ったが、理代は折れてくれなかった。


 家が隣同士ということもあり、俺たちは途中まで一緒に登校している。


「昨日借りていったあの漫画面白すぎるんだけど! もっと早く読めばよかった!」


「だろ? 今どのへんだ?」


「8巻の怒涛の伏線回収がされてるとこ。あー早く帰って続き読みたいなー!」


「まだ家出たばっかだけどな」


 軽く話しながら駅へ向かった。


 * * *

 

 駅に着き、改札を通ってホームで待つ。


 理代と俺は別の車両に乗るようにしている。

 

 理代は人一倍周囲からの視線を気にするタイプだ。

 他人とはうまく話せないのに、俺と話すときは自然と話せるのを見られれば、悪感情を向けられる可能性がある。

 だから人の増える電車から先は、直接話しかけないでほしいと言われている。


 中学の頃に色々あったせいで多感になっているのだろう。

 

 朝の駅内は通勤通学の時間帯なこともあり、大変混み合っていた。

 整列していると電車がホームへ入ってくる。

 ドアが開いて人が押し寄せるように出ていき、押し寄せるように入っていく。

 俺もその人の波に続く。


 ぎゅうぎゅうの車内で、なんとか吊り革を掴むことに成功する。

 この電車は途中大きく揺れる区間があるため、支えなしでは少々心許ない。

 

 スマホを取り出し、ニュースでも確認しようとする。

 と、理代からLILIが来ていた。


理代『おはよー(白くまが片手をあげているスタンプ)』


 さっき挨拶したばかりなのに、また挨拶をしてきた。

 とりあえず俺も返しておく。


多久『おはよう(アニメキャラが必殺技を撃つスタンプ)』


 アプリを閉じ、ソイッターを立ち上げる。

 無心でスクロールしていると、また理代からLILIが来た。


理代『バタッ(白くまが倒れるスタンプ)』


多久『元気になーれ!(杖を片手に回復魔法をかける魔法少女)』


 スタンプを送ると、即既読がついて返ってくる。


理代『やる気Max!(ムキムキなくまのスタンプ)』


 その調子で友達作りも頑張れと心の中で呟きながら、ソイッター閲覧へと戻る。

 

 しかし目を引くような情報は見当たらず、行き場のない思いを仕舞い込むようにスマホをポケットに突っ込んだ。

 

 やることがなくなり、あくびを噛み殺しながら、電車の外に広がる住宅街をぼんやりと眺める。

 

 一年も通うと、この景色にも慣れてきた。

 卒業する頃には飽きたと思っているかもしれない。

 いや、もうこの景色を見られないと寂しく思うのだろうか。

 


 乗り換えを二度行い、一時間半ほどかけて高校の最寄り駅までやってきた。

 ここから数分歩けば、目的地である橋川高校に着く。


 一時間以上かけなくても近場に良い高校はあった。

 それでもこの学校を選んだのは理代の為というのが大きい。心機一転したいんだそうだ。

 理代が一人では不安そうだったので、俺もこの高校へ進学することにしたのだった。


 しかし現状、心機一転出来ているのか怪しいところではある。

 

 なにせ友達がいないのだ。

 既に二年生が始まって一週間ほどが経過してしまっているし、ここから新たに交友関係を築くことができるのだろうか。


 * * *


 昼休み。

 剣村と二人で弁当を食べていた時だった。

 

「いつも思うけど、幸田の弁当って凝ってるよなー」

 

「作ってるの俺じゃないけどな」


 剣村が俺の弁当に羨ましそうな目を向けてきた。


 二段式のお弁当で、上の段には色彩豊かなおかずが所狭しと並んでいる。

 からあげ、卵焼き、タコさんウインナー、ほうれん草のおひたし、ブロッコリー、プチトマトなどが芸術作品のように隙間なく詰め込まれている。

 下の段にはご飯が敷き詰められ、その上に海苔でくまのデザインが施されている。


 一目見ただけで手が込んでいるのがわかる出来栄えだ。


 本音を言うと海苔のくまは恥ずかしいが、作ってもらっているのに文句を言うのは悪いと思い、何も言えていない。

 

「母親が作ってるのか?」

 

「……まぁ、そんなとこだ」

 

 クラスメイトに弁当を作ってもらっていることを赤裸々に話すのは躊躇われた。


 ぽつんとぼっち飯を食べている理代にちらりと視線を向ける。

 この席からだと後ろ向きでどんな表情をしているのかはわからなかった。

 心の内で謝っておく。すまん、理代。


「まじ美味そうだよなー。卵焼きくれ、オレの肉詰めピーマンのピーマン部分と交換しよう」

 

「アホか。誰が応じるんだよその取引」

 

 くだらない会話をしていると、俺たちのところへ誰かがやってきた。

 二人して顔を上げると、そこには久須美くすみがいた。


 ウェーブがかったピンクベージュの髪が両サイドから垂れている。

 制服はところどころ着崩されているが、決してガサツな印象はなく、それが絶妙なお洒落感を醸し出している。

 全身から明るいオーラが出ており、一際目を惹く美麗な容姿も、フラットな態度も、人気の高さの一因だろう。

 

「剣村クン、放課後に学級委員の仕事あるからよろしくーって茜が言ってたよん」

 

「お、りょうかーい」


 軽々しく剣村がそう返すと、久須美は颯爽とどこかへ行ってしまった。

 茜というのは椎川のことだ。

 剣村は椎川と同じく学級委員をやっている。

 曰く、外面がよく見えるからとかそんな理由だ。 


「やけに馴れ馴れしかったが、前から知り合いだったのか?」


 剣村は誰とでも分け隔てなく話せるが、それにしても親しげな感じがした。


「中学んとき同じクラスだった時があったんだわ」


「そもそも同じ中学だったのか」


「そう。ちなみに椎川さんも同じ学校」


 ここ橋川高校は、近隣にある橋川中学校から来た生徒が多い。

 剣村は橋川中出身だという話を聞いてはいたが、あの二人もそうだったのか。


「二人は中学から今みたいに目立ってたのか?」


「んー目立ってたけど、椎川さんは違う意味で目立ってたかな」


「どういうことだ?」


 俺が問いかけると、剣村は言葉に詰まった様子を見せる。


「……あー悪い、ちょっと失言だったわ。忘れてくれ」


「あ、ああ……」

 

 ばつの悪そうな表情の剣村に、俺はうまく言葉を返せなかった。

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