コミュ障な幼馴染が俺にだけ饒舌なんだが〜クラスでは孤立している彼女が、二人きりの時だけ俺を愛称で呼んでくる〜

水面あお

第1話 幼馴染はコミュ障

 休み時間の過ごし方というものは、実に人それぞれだ。

 

 早弁を口へかきこむ者、SNSでの情報収集に勤しむ者、友人との会話を楽しむ者、読書をする者、授業の復習をする者。

 

 どのように過ごすのであれ、やがては青春のひとかけらになり、思い出となるだろう。

 

 そんな教室で、俺たちはソシャゲに興じているが、これも数年後に振り返れば良き青春となっているはずだ。

 

 ……たぶん。

 

「うひょーー! 翠ちゃん、きたーァァァ!!」

 

 反対向きで椅子に座り、スマホの前で歓声をあげる彼の名は剣村けんむら正輝まさき

 

 明るめの茶髪に、整った顔立ちと、容姿は非常に優れている。おまけにコミュ力もあるのだが、三次元の女子より二次元に熱中している、いわゆる残念系イケメンだ。

 

 一年から同じクラスで俺、幸田こうだ多久たくの友人だ。

 

「無事引けてよかったな。ただ声のボリュームは落とせ」

 

「そんな細かいこと気にすんなって」


 剣村の声が大きかったため、軽く窘めるが、どこ吹く風といった様子だった。


「いやー、春限定の翠ちゃんを引けなかったらオレの沽券に関わるからな、引けてよかったわー」

 

 画面内では剣村の推しである翠というキャラクターの美麗イラストが表示されている。

 

 剣村はオタクだ。

 俺も似たようなものだが、彼の場合はキャラクターに対する愛が抜きん出ている。翠という推しキャラのためにバイト金を溶かしているのだとか。

 

「そういや、次移動教室だっけか」

 

 俺はふと思い出したように言った。

 

「ああー。近いとはいえそろそろ行かないとまずいかもな」

 

 三限は化学の授業だ。

 渡り廊下を挟むとはいえ、同じ階にあるためそう遠くない。

 

 気づけば、教室に残る人は少なくなっていた。

 

 教科書、ノート、筆記用具を持ち、剣村と共に化学室へ向かう。

 

「別に実験するわけでもないのに、なんで化学室で授業やるかねぇ」

 

 剣村が不満を口にする。

 

「さぁ……化学室が好きなんじゃないか」

 

「先生の好みに付き合わされるとかちょっと面倒だよな。移動の手間を考えてくれよ」

 

「ほんとな」

 

 呆れ交じり答え、渡り廊下への角を曲がろうとしたその時だった。

 

 ドンッと身体の前面に衝撃を感じた。

 目線を下へやると、女子生徒の頭部が目に入る。

 曲がり角が死角となり、女子とぶつかってしまったようだ。

 

「っと……悪い、大丈夫か?」

 

 艶やかな濃紺の髪を流したその女子は、慌てたようにぺこぺこと無言でお辞儀を繰り返す。

 

 彼女が謝罪を終えると、長い前髪に隠れかけた澄んだ深い空の瞳と一瞬だけ目が合った。

 視線はすぐにそらされ、彼女はもう一度頭を下げたのち、走り去っていった。

 

「……あの人、橘さんだっけ?」

 

 剣村が彼女の走り去った方を見ながら尋ねてくる。

 

「ああ」

 

 たちばな理代りよ

 俺たちと同じクラスで、藍色の長髪が特徴の女子生徒だ。

 移動教室なのに前方からやってきたのは、忘れ物でもしたのだろうか。

 

「なんかあの子って……深窓の令嬢みたいじゃないか?」

 

「ぶふっ……」

 

 剣村の思いがけない言葉に俺は噴き出した。

 深窓の令嬢、か。

 何も知らない人だとそう見えるのかもしれない。

 

 確かに、静かで奥ゆかしい雰囲気の女子で、教室ではいつも一人で読書をしている。

 静謐でどこか近寄りがたいオーラを纏っているように見えなくもない。

 

 しかし、彼女のを思い出しながら、俺はその台詞のおかしさに肩を揺らして静かに笑う。

 

「いきなりどうしたし」

 

「……ちょっとむせただけだから、気にするな」

 

 心配されたので、誤魔化すように適当に言い繕い、表情を元に戻す。

 

「まあ二大美女と比べたら、影に隠れていて目立たないタイプではあるだろうけど……」

 

 そう言って、剣村は化学室のドアを横に開けた。薬品の臭いが鼻につく。

 化学の授業は四人一組のグループ班で行われる。剣村とは違うグループのため別れて、俺は自席へ着く。

 

 剣村の言う二大美女というのは、俺たち二年の中でも突出した可愛さを持つ二人の少女のことだ。

 

 まず久須美くすみ桃乃ももの

 ピンクベージュの髪を二つ結びにして肩から垂らして、制服を校則ギリギリまで攻めているギャルっぽい少女だ。

 誰にでもフランクな感じが注目を集めている。


 そしてもう一人が俺の対面に座る、椎川しいかわあかね

 赤茶色の長髪が特徴の清楚系美少女だ。

 整った美貌を持ち、勉強も運動もできて、性格も良く、学級委員も担っている。

 まさに才色兼備と言ってよいだろう。

 

 正反対な見た目ではあるが、二人はどうやら友達同士のようで、並んで話しているのをよく見かける。

 

 それも合わさってか、校内では有名人だ。

 そんな二大美女と同じクラスになれたことに最初は驚いたものだ。 

 

「どうしたの幸田くん?」

 

「……え?」


 対面に座る椎川が困り顔で俺を見ていた。

 

「私のこと、じっと見てくるから……何かついてるかな?」

 

「わ、悪い。ぼんやりしてただけだ。椎川さんにおかしなところはないから!」


 先ほど剣村と話したせいで、無意識に椎川のことを見つめてしまったようだ。

 あたふたと手を振りながら弁明していると、椎川が「……ふふっ」と微かに笑った気がした。 



 先ほどぶつかった女子生徒、橘理代が教室へ入ってきたところで、授業開始のチャイムが鳴った。ギリギリ間に合ったようだ。

 

 彼女は肩で息をしており、走ってきたことが窺えた。そして、影のように音もなく歩きながら人の間を抜け、自席へと座った。

 

 * * *


 放課後。

 自室のベッド横に背を預けながら、俺は漫画を読んでいた。

 

「ねえねえ、たーくん」

 

 真横から俺を呼ぶ明るい声がした。


「なんだ、理代」

 

 振り向けば、学校では口数少ない少女、橘理代が俺と同じようにベッドの側面もたれている。

 目元を覆っていた長い前髪はピンで止められ、露わになったその顔は非常に整っている。

 なぜ普段隠しているのか不思議になるほどだ。

 

 実は理代は、俺の幼馴染だ。

 家が隣同士なこともあって、幼稚園から小中高まで一緒の長い関係だったりする。

 

 学校帰りは基本、俺の部屋に居座り、一緒にのんびりゲームしたり漫画を読んだりして過ごしている。

 

「次の巻取ってー」

 

「自分で取れ」

 

「えー、たーくんのほうが近いから取ってよー」

 

 不満そうに口をすぼめる。

 ちなみに、たーくんというのは俺、多久のあだ名だ。と言っても理代しか使っていないが。

 

 幼少期、多久という名前に君を付けると呼びづらいからという理由で、たーくんと呼ばれるようになり、そのまま高校生まできてしまったのだ。

 

 俺は理代との問答が億劫になり、本棚に手を伸ばして目的の巻を抜き取って渡す。

 

「はいよ」

 

「ありがとー!」

 

 笑った顔につられ、後頭部で結ばれた髪が小さく揺れた。

 学校では流しているが、俺と二人きりのときは基本結われている。

 

「……あのさ、学校ではごめん」

 

 恐らく学校でぶつかってしまった時のことを言っているのだろう。

 

「不注意になってた俺も悪かったから気にするな。……忘れ物したのか?」

 

「うん。ペンケースをうっかり」

 

「そっか」

 

 会話が終わると、無言の時間が訪れた。パラパラとページを捲る音だけが室内に響く。

 

 居心地の悪さは感じない。

 長年一緒に過ごしてきた幼馴染だ。

 今更沈黙が続いただけでどうということはない。

 

「……どうしたら、友達って作れるんだろう」

 

 不意に、理代がぽつりとこぼした。

 漫画の展開に影響でも受けたのだろうか。

 

「まず、人に話しかけることからだな」

 

 漫画に視線を落としながら、卒なく返す。

 

「入学したてほやほやの頃は、頑張って話しかけてたよ? でも、いつの間にか疎遠になってて……。この漫画みたいに次々と人が寄ってきて話しかけてくれないかな……」

 

 漫画の読み過ぎで、夢を見ているようだ。

 

「現実を見ろ現実を」

 

「わたしに現実は残酷すぎるよぉ……」

 

 視線を横に滑らせると、眉を下げて縋るような眼差しを俺に向けていた。

 

 学校では常に無表情を顔に貼り付け、口を真一文字に結んでいるが、素の姿になるとコロコロと表情が変わる。

 

「俺と話す感じで他の人と話せないのか?」

 

 学校で沈黙を貫いている理代だが、今の感じで話せば友達など容易にできるはずだ。

 

「たーくんは、なんていうか……その……特別なの!」

 

「はあ……」


 特別……まあ唯一の幼馴染だからなあ。 

 

「それに、たーくんと話す感じで他の人と話せてたら、今のわたしはお友達でいっぱいさ。あはは……」

 

 理代は悲しそうに掠れた笑い声をあげた。

 

「俺が手を貸せば──」

「そ、それはだめ。たーくんの力は借りずに作りたいの」

 

「そう言いながら、早一年。できた友達の数は──」

「ゼロだよ! うわあああっ!」

 

 俺に泣きつくように理代は叫んだ。

 と思えばすぐさま元の体勢に戻って、目に力を宿し、握りこぶしを掲げる。

 

「こ、今年度こそは作ってみせる!」

 

「フラグにしか聞こえないんだが」

 

「そして放課後とか休日に遊びに行く、輝かしい青春を送るんだ!」

 

「アー、ガンバッテ」

 

「棒読みすなっ!」

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2024年11月30日 20:02
2024年12月1日 20:02
2024年12月2日 20:02

コミュ障な幼馴染が俺にだけ饒舌なんだが〜クラスでは孤立している彼女が、二人きりの時だけ俺を愛称で呼んでくる〜 水面あお @axtuoi

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