#6: 夜の学校
「ぜっっっっっったいおかしいッ!!」
と、和香は1人怒りの叫びをあげた。彼女が座る椅子の前の机の上にはノートパソコンと、そして大量の教科書類が積み重なってあった。
「宿題が!多すぎる!!」
そう、新学期、特別クラスの授業も始まってはや3週間、もうすぐ4月も佳境に向かう頃であった。ここへきてついに特クが『特別』である所以がそぼ片鱗を
世界史・英語・国語からはレポート、生物、数学からは問題集、物理は小テストのための勉強を、美術、音楽からも課題が出ている。
そしてどれも期限が短い!
休む暇を1分でも与えまいというこの容赦のない課題の打撃に和香の精神は消耗する。
入ることができたし、授業で言ってることも全て理解できた。しかしその和香でさえもサボりたいという気持ちが出てしまうほどに宿題は多かった。
「何なのぉ急に大声出して!」
開けっぱなしにしている部屋の扉の前を通りかかった母由佳子が驚いて言った。和香の方もびっくりしてドアを向く。
「だってェェェェ、宿題が多いもん!」
「普段やってないからでしょう?」
「はっ、そんなことないし!」
「そう?」
そう言って母はリビングの方へ歩いていった。
「あんたたちは音大きすぎ!音量下げなさいッ」
リビングでは弟と妹が大音量でテレビをかけていて、ドアの開いている和香の部屋にまで、『会社・お家なんでもござれ スピード発見&捕獲の警備会社
和香は再び机に向き直って、積み上がった教科書に絶望した。
逃げの口実という名目の逃避にスマホを起動してinstagramを開く。琉亜や彩音、リアムのいるグループはしばらく使われておらず、最後の送信も1週間前だった。
このところ、新学期の時ほど皆んなと仲良くできていない気が、和香にはしていた。揃う時が少なかったのもある。特に仲良しグループというわけではなくとも、これから2年一番仲良くなりそうなのがあの3人だと思っていたので、少し悲しかった。そもそも全員が揃う時がないのだ。琉亜は特に、ほとんどいつもいない。時に琉亜が、あの学校休みがちな嶋ハンナと、双子の転校生コナンといる時を見かけることがある。
コナンは初めは仲良くしたいと思ったが彼の方は特に兄妹でよくいるので近寄り難かった。和香は嶋ハンナのようなタイプの人間が苦手だったからだ。
琉亜のような人間、自分と似たようなタイプの人間があの不良じみた
弱みといえば、琉亜も誰も触れていないが(というより触れづらい)、偏見まじりに言えば琉亜は男子にしては髪型であったり、制服の着方であったり、可愛い系によっているような印象だ。それに和香には、根拠はないが琉亜が本心を隠しているように見えていた。
そう言うことを考えている方が、目の前の地獄と向き合うより幾分マシな気分になってしまっていた。
「宿題多すぎて『ほしのおうじさまぁ〜』なんて言ってられるか。」
木曜日の昼休み、西棟の外の屋根のついているところに
「でもさー聞いてなかったよね図書館がいま改装中だって。」
旺愛高校に付属する図書館は、東棟の2階と3階にあってかなり広い。蔵書も豊富にあり、例えば『ジュラシック・パーク』の原作小説初版などもあった。
しかし現在、棚や器具の老朽化を理由に内装の改装整備が行われていた。
「まあ明日からまた開くんなら良かった。」
と琉亜は付け加えた。
「ガチで幸運。」
「ところで図書館が本を借りれるところってのは知ってるけどどんな本があるんだ?なぁ琉亜?」
とコナンが琉亜に向かって聞いた。コナンは今日は自分で作ったおにぎりを食べていた。
「え?なんでるあに?」
「いやなんか本読んでそうだし。」
「バカバカぁー!この人が本読んでるように見えるの?顔に書いてあるだろ『あまり本は読みません漫画なら読みます』って!」
とハンナはコナンを叱るように言った。
「なんでわかる?!」
と琉亜も驚く。
「お前結構世間知らずみたいなとこあるよね。まあ人のこと言えないけど...てか趣味とかあんの?普段何してんの?」
ハンナは純粋な疑問で尋ねた。
「そりゃあまぁ?ゲームとか...?」
「何とか?」
ハンナは驚いたように質問を加える。
「ん〜、最近なら『モンハン』とか?」
「えっ、バイオは、バイオはァっ?!」
「いやぁー『バイオハザード』はやったことない、な」
「そうか。まあ、期待はしてないよ。てか前私のこと秘密だらけみたいなこと言ってたけど琉亜も大概じゃない?ゲーム好きとかいつ言った?」
「いやだって――」
「なぁゲームって何なんだ?どんなやつだ?かけっことかのことか?」
コナンが割って入って疑問を呈した。
「はぁ〜ゲームも知らないのぉ?」
とハンナは驚く。琉亜も同様に驚いた。しかしコナンは何を知ってて何を知らないか、皆目見当がつかない人だと琉亜は毎度思い知らされる。最近だと彼はトイレの花子さん、
「
「知らない」
「Nintendo Switchは?Wiiは?」
「3DSは?ゲームキューブは?64?」
「ゲームボーイは?スーファミ?ファミコン?」
「は、花札?」
と、琉亜とハンナが交互にゲーム機器を挙げる。
「ほんっとに初耳。」
「ふゥ〜ん。いいじゃん、これから楽しめるってことで。ずるいな。キミ、アニメとか映画ハマったし絶対ゲームも好きなはず。」
とハンナは嬉しそうに言った。
「そういうあなたは他に趣味とかあるんですか?話してくれませんけど」
と琉亜は皮肉気味に言った。
「あぁ〜この人は歌うのとギターと――――」
コナンの口を引っ叩くように抑えて黙らせて、ハンナは、
「まぁドラマとか観ることとか」
と答えた。
琉亜はコナンの口にある手の方を見ながら、
「へぇ〜、いっぱい観てる感じなの?」
と聞く。
「まぁそんなにだけど、映画館行くのも2週に一回とかだし...」
「2週に1回?!ってめっちゃ行くじゃん!」
「そうかな?そうかも...?」
「そんな観たい映画しょっちゅうあるもんなの?B級とかが好きなの?」
「いやぁそんなこともないけど、何でだろうな...普通に。」
そう歯切れ悪くハンナが言ってしばらくの沈黙。コナンは手を離された後黙々とおにぎりを食べていた。
「でさっきコナンは何て言ってたの?」
琉亜はコナンに聞くが、今度はコナンはおにぎりを見ながら、
「ハンナ様の意向で喋らないでくれということなので。」
と答えなかった。
「えー何で教えてくれないんだよ!酷いぃ〜」
「それより、それより、おい聞けェ!」
とハンナは話題変更に尽力する。
「『星の王子さま』、一応私立図書館に行って見たんだけど、何かあるのかは分からなかった。すぐ児童書のとこで見つけて借りてみたけど、書き込みも何もなかったし、ただのどこにでもありそうな『星の王子さま』の本だった。他の本屋も何軒か回ったけどおんなじ。そもそも『星の王子様』が本当に本のことを指してるのか、本から何かわかるのかも分からないし、マジでお先真っ暗。」
「ほんとに言ってたんだよね?関係ない夢とかじゃないよね?」
と琉亜はコナンに聞いた。
「違うって、あれは絶対『記憶』だ。夢なら温度とか感触ってわからないだろ?でも憶えてたんだよ。それって過去の記憶だろう?でも本当に、全く記憶にない。」
と少し落胆したような声でコナンは言った。
コナン自身も、普段はお調子者のような感じであるが、自分が何者だったのか分からないことに焦燥や虚無感のようなものを抱いているんだなと琉亜は不憫に思った。
「うちの図書館が望みなのかぁ...」
琉亜は嘆願するようにそう言って、特に無意識に東棟の方に目を向けた。
と、すると、すぐ近く、西棟からすぐ前の屋根の出ている壁際から5、6メートル離れたところにある校門との間のような場所にある鯉のいる池とそばに立つ3本の木々のところで木を手入れしている用務員と会話している『奴』を琉亜は見てしまった。
「ちょっと」
琉亜は2人に近づいて声を落とす。
「あそこの池のところ、『例の幽霊先生』」
ハンナは目を見張るも、そっちの方は見ない。コナンは壁に背をつけて手すりの上に座っていたので自分の体向き直線上に田原がいたと知り慌てて手すりを降りて、歩いてハンナがその縁に腰掛けている、階段一段分ほど上の西棟と敷地外を隔てる高い柵の間の木々や草が生い茂っている場所に駆け込んだ。
「いつからいたんだ...?」
「話を聞かれた...今も聞かれてるのか?この距離で...?」
田原は一見、用務員と楽しく話しているように見える。実際どっちも口を動かしている様子が見えるし、田原は教材を脇に抱えていて用務員も刈り取り用の機械を片手に持っていた。
ここからの距離はおそらく6メートルほど。周りには他の生徒たちもいるし、運動場でもないが広いこの校門前で高1らしき生徒たちが鬼ごっこか何かをしていて叫び回っているのもすぐ近くだ。
「まさか...こんな距離で?」
とハンナも懐疑的だった。風はないが屋外、他の人の話し声もかなりある。これだけ離れていて聞こえるはずがない。
「でも普段こんなところにないよ!校門前で教材抱えてるなんて変。だって音楽室も職員室も東棟だし、用があって西棟に来るとしてもあの体育館のある中央棟を通るんじゃないの?」
と琉亜は顔を近づけてハンナに言った。
「でも、もしも、もしもあいつがコナンと同じ宇宙人だとしたら...ほら、50メートル走のこともあるし、猫みたいに耳が良くてもおかしくないだろ?」
「たしかに。ならこれも聞こえてるわけね...終わった。」
と琉亜は成す術の無さに逆に冷静になった。しばらくすると田原は用務員と話し終えたのか、東棟の方へ向かって行った。3人は一言も話さず、田原と目を合わすようなこともせずに教室へ帰って行った。
「『配達記録』がある...?」
その日の夕方、『ピザキャット
聖澤警察の巡査部長大野義秀と巡査の冲部は、4月8日の嵐の日に港周辺の幾人もが聞いた雷よりも大きな轟音と、そして小林紀子のパンク事故を助け港の嶋の家に配達を行った
「えぇ、ほら、4月8日 午後7時30分 聖澤市南港区3-4-2って。」
店長はパソコンに表示された配達記録の一行を読み上げる。
確かにそう入力されてあった。
「配達員が誰かは、わかりますか?」
「いやぁ〜、それは分かりませんね。うちの者じゃなくて宅配サービスに任せてるので、そちらに尋ねていただかないと。」
「そうですか。わかりましたありがとうございます、」
義秀と冲部は店長に挨拶をして店を出て、駐車場へ向かった。数台の車の中に一つ、トヨタの軽自動車があって、これが冲部の車だった。
「いい線行きましたね?」
「証拠は掴めた。あとは『誰か』だけだ。」
「でも部長、宅配サービスの会社に尋ねるなんて令状なしでできるんですか?身元証明でもないとできない気がしますけど...」
「そこが問題だ...」
義秀は顎に手を置いて2日剃っていない、髭でざらざらの肌をさするような仕草をする。
「希望は二つだな...」
『もしもし?』
「あっ、もしもし、この間はお世話になりました、聖澤警察の大野です。」
『あぁこの間の!いえいえ、とんでもございませんよぉ!』
電話相手は小林紀子、例の配達員を確実に目撃した人物の1人である。
「すいません何度も、また例の嵐の日の件なんですけど、今お時間ありますでしょうか...?」
『ええもちろん、ありますよ。いかがなさいまして?』
「ありがとうございます、例の配達員のことなんですが。その人物の名前とか分かりますかね?」
3秒ほど時間をおいて、
『そうね確か...何だったけな...泉...?いや、白川だっけな...?んー憶えてないわ、すいませんね...でも多分、水に関する漢字があったのは確かなのよね。』
と返ってくる。
「水に関する漢字ですか。わかりました。何度もご迷惑おかけしてすいません。ありがとうございました。」
『いえいえ、お役に立てなくてすいませんね...また思い出したら電話させていただきますね。』
「お忙しい中ありがとうございます。ご協力ありがとうございました。」
と義秀は再び(電話越しに)頭を下げて、通話を終了しようとしたが、
『あ、ちょっと待って、ちょっと!』
と紀子が電話越しに大声で制止する。義秀はもう一度スマートフォンに耳を近づけた。
『この間言い忘れてて、突然のことだったから!でも私、あの配達の人にもう一度会ってるんですよ、あってるというか見たんですけど、』
「本当ですか?!」
義秀は思わぬ希望に驚く。
『それもまた大変な事で、ほら、灯台のガス管爆発の前に、もう一個あったでしょう、漏電した家が跡形もなく燃えたやつ。あの日私、たまたまその家の前の道を通ってね。仕事帰りで、パンク修理してもらった試運転がてら車で。事故の何時間か前にその宅の前の車道で信号待ちしててたまたま見てたんだけど宅の中から出てきたのがその人だったの。だから挨拶に行こうかと思ったんだけど青になったし後ろの車は急かすしで諦めたの。大丈夫だったのかしらね。』
「そんなことが...」
義秀はあまりに大事な情報を言いそびれていた紀子に呆れるも、それでも何かに近づけた気がして鳥肌が立つのを感じた。
その後電話を切った義秀は車を運転している冲部を向いて首を縦に振った。
「わかったんですか?!」
「いや名前はわからない。でも苗字に『水に関係のある漢字』がついてたらしい。」
「水ですか?でも水って言ったって、三水とか川がつくとか水が入ってるとか色々ありますからね...」
「それに収穫があった。後で話すが、まあ、あとは最後の希望に当たってみる他なさそうだ」
赤冲部の車は信号で停まる。次なる目的地は目の前にあった。
『hannnna: 今日の夜。絶対。今日の夜忍び込むしかない。』
放課後、授業も終わり終礼も済んで皆が教室から出ていく頃、琉亜が自分の席からずっと、自分の席で座って今日中に終わらせたい宿題をやっている琉亜の足元を見てきたので何かの合図かと思い足元のリュックをから取り出したスマホを開くと彼女からこんなメールが来ていたのだった。
『rua_111: どうやって?無理無理』
『hannnna: 何で?隠れといたらどうにかなるでしょ』
『rua_111:
『hannnna: 本気?』
『rua_111: 世間知らずはどっちでしょうね????』
『hannnna: 図書館忍び込み作戦無理そう?』
『rua_111: 窓とかドアがやばいらしい』
『hannnna: でも明日ならあいつに先越される』
『rua_111: 心配しすぎだって あれで聞こえてたら今までの会話全部聞かれててもおかしくないよ』
『hannnna: いや絶対聞こえてた じゃないとあそこにいる意味ないでしょ 今日無理なら明日の朝イチか 朝イチでももう遅いかも』
琉亜は時々思っていたが、ハンナは心配性なところがある気がしていた。あんな見た目でオラオラ系かと思いきや、以外と慎重派であると、最近気付いてきていた。
『user_321Asq5gf: 一つだけ、突破口があるかも』
琉亜は驚いてビクッと体を動かしてしまい、机の上に置いていた筆箱を前に落としてしまった。しかしこれはコナンだ。チャットしているのは琉亜、ハンナ、そしてハンナ曰く大叔父の金を勝手に使ってハンナにスマホを買ってもらったコナンの3人のグループだった。
琉亜は落ちて中身が散乱した筆箱を拾おうとしたが、先に前に座る人が拾ってくれていた。和香である。
「どうしたの急に、机ごと揺れたよね今?」
和香が不思議そうに尋ねた。
「いや、別に何でもないよ。ただびっくりする動画見て、」
と琉亜は適当な理由を作りながらすぐInstagramのリール動画が見れるボタンを押した。
「えぇ〜見せて!」
「いやあもうどっか流れていっちゃった。」
と残念そうに言う。
「ねぇもう帰る?一緒に帰ろ、リアムも彩音もいないし。」
と和香は琉亜を誘う。琉亜は申し訳なく思いながらも、
「今日は6時まで残って自習しようかなって。」
「そう...」
和香が悲しそうな顔をするので、
「まあ、明日一緒に帰りましょう、ね?」
と琉亜は後ろめたさが頂点に達しそうになりながら和香を宥めるように言った。
「もちろん!最近全然遊べてないもんねウチら4人一緒に。リアムもよく居ないし、琉亜は誰と帰ってるの?」
和香はもちろん、嶋兄妹と途中までは一緒に帰っていることを知っていた。確かに2日前、3日前は和香と一緒に帰ったが、それ以外の日、大抵琉亜は嶋兄妹と一緒に居なくなるのだ。和香は琉亜を試すために、できるだけ自然な口調で言うよう努力して聞いた。
「んー、まぁ、1人かな。自習して遅くなることもあれば家の手伝いで早く帰んないといけないこともあるし。」
と琉亜は答えた。和香は寧ろ、期待通りの言葉が聞けたような気がした。嘘を言うってことは、やはりあの兄妹かハンナに口止め的な何かをされているのだろう。
「そう、なんだ。琉亜も大変だねぇ〜」
と言って、和香は机に向き直った。ある決断を携えて。
琉亜は再びスマートフォンに視線を落とす。
『hannnna: 突破口?』
『user_321Asq5gf: 仮に、かにりだけどもしあのU4か僕の命令て動かせるとしたら、(仮にだけどもしあのUFOが僕の命令で動かせるとしたら?)』
『hannnna: それまじで言ってんの?』
『user_321Asq5gf: この間試した』
『hannnna: いつ?』
『user_321Asq5gf: あの、UFO研究会の時』
『hannnna: そのいつ???』
『user_321Asq5gf: わざてペン落とした時のスキャンさせて、中身がカメラあるてわかった。』
『hannnna: そんなのどうやって?』
『user_321Asq5gf: どう言うわけか、頭で理解できた それに前に警官を爆破させた時だって、自分で願ったらUFOが出てきて撃ったし、身分証の時もそうでって』
『hannnna: もし無理だったらやばい』
そこまでのやりとりがされてあった。
琉亜はこのさりげない驚きの事実を2度見した。
『rua_111: それマジに言ってる?』
今まで、奇妙で恐ろしく、突然現れまるで空から監視しているようだったあのUFOは実は夢を叶えるポケットのようにコナンの願いを叶える専用執事というようなものだということなのか。流石に論理の飛躍ではないだろうか?
『hannnna: 意味わからん』
『user_321Asq5gf: 後に引けないから提案しているんだよっ!!」
『rua_111: でもどうだろう、ハンナはどうしても今日だって言うしやるしかないんじゃないのかな』
琉亜はコナンの突飛な告白を全く信じてはいなかったが2人に
動くなら今日、今日しかない。
『rua_111: ギャンブルだけど、行くしかない』
琉亜は教室の反対側を見て、ハンナと目があった。お互い頷き合う。
午後も7時も回った。
30分ほど前、廊下から校門の偵察を行っていたコナンが『田原が帰っていった』のメッセージをよこし、一同は少しの安堵を持ちながらも本番がここからであると再度気を引き締める。空は曇っていて、また雨が降りそうだったが、仮に『UFOを呼び出す』のだとしたら絶好の天気だ。
教室からは人がいなくなった。和香も2時間以上前に教室から出て行って、教室にはしばらくハンナと琉亜、そして中本と伊原という4人がいた。そしてここで伊原が荷物を整理して帰って行った。
琉亜もハンナも宿題をして2時間過ごし、琉亜は数学と英語の厄介な宿題を終わらせたがそれでも一向に宿題が終わる気配はしなかったし、終わっても明日には倍の量が現れるんだなと絶望を重ねた。
「あの、中本さんはまだここに?」
琉亜が一番前の席で同じく自習をしていた中本に尋ねた。
「ん、まあもうすぐ帰るけど」
「ここに荷物置いてるから変える時鍵空けっぱでいいからね。」
「わかったそうする。」
琉亜はハンナに目配せして共に教室を出ていった。
廊下はまだ電気がついているが、じきに段々と消されていくだろう。まだ今はグラウンドから金属バットにボールが当たる音が聞こえるし、東棟の前では陸上部がストレッチをしている。その中にコナンもいた。
コナンもいた。
「え?!」
「は?!」
西棟2階の窓から見ていた琉亜とハンナは見間違いかと思い凝視するが、体操着に身を包んだ癖っ毛のある長髪の高身長。学校中探しても数人しかいないだろう。
「何してんだあいつ...?」
ハンナは呆れたように漏らす。見たところ、膝を屈伸させている。
確かに偵察を終えた後散策してくるとかルートを探すとか言ってどこかへいっていたのだが、まさかあんなところにいるとは予想だにしなかった。
「連れ戻す?」
「いやまぁ、どうせみんな居なくなるの待たなきゃだし放っておいていいだろ。ここで監視しとけば。」
ハンナはそう言ってスマホを開けた。しばらく互いに無言でハンナはスマホに目を落として琉亜はコナンの方をみていたが、やがてハンナが
「なあ琉亜ってどんな曲聞くんだ?」
と突然聞く。
「えっ、急に何」
「いいから。前聞きそびれたし。」
「う〜ん、当ててみて。日本だよ?」
琉亜はハンナがアメリカ出身なこともあって洋楽を聴いているというイメージがあったので日本の音楽をどのくらい知っているのかは琉亜にはわからなかったが面白そうなので当てさせてみることにした。
「ん〜、そうだなぁ。『backnumber』とか?」
完敗。一番好きなバンドを一番最初に当てられるとは。
「えっ、何で?!顔に書いてる?」
「まあ偏見で。図星なのかよ、ハハハ」
ハンナは満足げに窓の外に目を向けた。しかし前もそうだったがこのハンナはよく琉亜の心の内を当ててくる。
琉亜のことを監視しているのか疑う時もあった。琉亜は1発で当てられたことに納得できなかったが、単純に気になるので、前は質問することも許されていなかったが、
「そういうハンナは?」
と尋ねた。ハンナは無視することもなく考えて、
「私は、まあ、洋楽、と、か...」
と突然恥ずかしそうに答えた。まあ知ってはいた。家に行った時も
「ガンズ...とか、まあ知らないと思うけど。」
「バンド?」
「そう。知ってるの?」
「ううん。どんなバンド?曲とか知ってるかも」
「ロックバンドだよ、80年代からの。曲って、『Sweet Child O’Mine』とか『Welcome To The Jungle』とか。」
「う〜んわかんないなぁ」
「『ウェカムッ トゥダジャァァングゥ〜』って感じの。あと『ディープ・パープル』とか。」
琉亜はハンナの歌声を聴いた。一節だけだがノリノリで歌った。
「う〜んわかんない!でも聴くよ帰ったら。」
「琉亜もハマればいいのになぁ、特クに来たら少しはいるかと思ったけど、みんな韓国のか、聴いてても最近の洋楽ばっかだし。どうせギターソロなんて嫌いなんだろうなぁ〜っ。まあでも琉亜はハマりそうにないか。」
琉亜にはよくわからなかったので、コナンの方を見た。いない。練習は終わったようだ。スマホの時計を見ると、もう7時半となっていた。琉亜とハンナが一旦教室に戻ると、すでに中本は荷物も無くなっていた。これで本当の『作戦開始』の時間が来たのだ。
10分ほどして、コナンが教室に帰ってきた。
「お前ガチで何してんの?」
「いやぁちょっと勧誘されたからさぁ、のぞいてただけだよ、結構楽しかったし。」
「怪しいやつはいなかったんでしょうね?」
「それはないよ、流石に。だろ?」
琉亜もハンナもどっちとも言えない神妙な顔をした。
「まあとにかく作戦会議の続きを。」
とコナンが急かす。
「おっけい、今からするから、」
3人は窓際の琉亜の席に集まった。ハンナが自身が考えた作戦の説明をする。
「まず教室を閉めなかったら、最後に用務の人が来て鍵をかけるんだ。UFOの力で仮に鍵を開けれても多分溶かすとかだろ?だからまずは古典的にいくしかない。でもまずはこの教室を出て、人がいるうちに今いる西棟から東棟の、職員室の上の階に行って隠れる。その部屋と職員室の間は階段含めて鍵をかけれるようなドアが一つもないから。コナン?」
「もちろん、こっそり開けてきたからな。」
そう、ハンナの作戦で、あらかじめ職員室の上、E202の教室の後ろの扉とその上の窓だけはコナンが開けておいたのだ。現在はクラスの教室ではなく選択教室になっているので残って使っている者もおらず教室の電気も消したままにしていたので、扉が開いてることが気づかれるのは、用務員が回ってきた時だけであろう。
「用務の人が来る前に教室に隠れる。琉亜は教卓の下の窪み。コナンは掃除ロッカー、で私は掃除ロッカーとカーテンの間かな」
「本当に大丈夫なのか、ハンナだけ丸出しなるじゃん?」
「腹立たしいことにこの中だと私が一番小さいし、まあわざわざ教室入ってきて一番奥の角の掃除ロッカーとカーテン閉まった窓の間見る奴もいないでしょ。」
「それもそうか。よし、で?その次はなんだっけ?」
「用務の人が過ぎたら本当に学校に生徒がいなくなった瞬間なんだ。ただ、上の階の職員室にまだ先生がいるかもしれない。調べたけど、先生は忙しい時なら12時まわるまで仕事してるらしい。ブラックすぎ。」
「
「まあ多分だけど最後の先生が出た後のはず。」
そう言ってハンナは教室を出て、廊下の窓を指す。そこから見える東棟の1階部分はまだ電気がついている。
「だからまだのはず。生徒もちらほらいるっぽいし。8時にならないと追い出されないからね。」
三人は再び教室へ戻る。
「最後の先生が職員室を出た瞬間がコナン、賭けの時間だよ。」
UFOの『召喚』、そして『セコムを無効にする電波』を発生させることである。
「これミスったら私達やばいからね。誰かに中にいると気付かれずに閉じ込められたって言ったらいいけど、最悪警察沙汰になる。」
「逆に、それさえ成功したらあとはそこまで難しくない。センサーが無効だとただの昼間の学校とおんなじだからね。」
ハンナはそこまで言って、一旦先ほど学校の食堂(中央棟は広いので、同じ一階に広い食堂と剣道場が併設されてある。2階も体育館と、三階まで続くホールがあるのだ。)自販機で買ったお茶を飲んだ。
「ホントにUFOを召喚できるんだろうな?本当か?」
「う〜〜ん、多分。てかこれが前言いかけてたことなんだけど。だって、いっつも俺が自分の力じゃ及ばないことを願った時にUFOが来て、言っちゃおかしいけど『助けて』くれたんだもんな。」
ハンナの質問にコナンが自信なさげのまま答えた。
「でもそれなら、ビビってたこの1ヶ月は何だったのやら...」
「てかさ、UFOを呼び出せるなら地面まで降りてきてもらえたりするのかな?」
琉亜の質問に他の2人は驚いて琉亜を見る。琉亜は目力に圧倒されながらも、
「今度やってみる?」
と加えた。
「でもどこでできるんだ。見つかりそうじゃあないか?」
「まあまあまあまあ、今は作戦に集中しよう、な?」
ハンナが脱線しかけた話を引き戻す。
「私はコナンを信じる。だってそれ以外ないだろ?それにすぐブザーかなんかが鳴っても、『閉じ込められてた』で済むしな。でまあ続きだけど、職員室の鍵は誰が持ってるかもわからないし、もしかしたらオートロックだからそこには行かずに直接図書館に行く。そこでこれの出番ってわけ。」
ハンナは机に置いてあった筆箱から黒く細いヘアピンの束を取り出した。その数7つほどである。
これが『古典的な方法』という訳であった。
ヘアピンを変形させて鍵穴に入れてこじ開ける、ピッキングと呼ばれる行為をして図書館に侵入する作戦である。
「そしたらもう探し放題ってわけだ。」
コナンは作戦を理解したと言わんばかりだ。
「監視カメラは?結構廊下についてたりするけど?」
琉亜は懸念点を尋ねる。
「あのねぇ?監視カメラは24時間誰かが見てるわけじゃあない、何かが起こって必要に迫られた時に巻き戻して見るもんなんだ。だから、バレない。コナンの作戦が上手く行くかにぜんっっぶが懸かってるけど。」
ハンナは荷物をまとめながら言う。いよいよ作戦開始、まずは職員室の上、E202に隠れて閉校まで待つ。
「行くぞ」
「あー待って待って、」
と教室から出ようとするハンナをコナンが制止する。
「何?」
「これやろうぜ、ドラマで見ただろ?」
とコナンは自分の前に拳を突き出す。
「いいね」
と琉亜も腕を伸ばしコナンの拳につける。ハンナは呆れたようにため息を吐きつつもコナンに付き合って戻ってきて拳を突き出した。
「行くぞ〜」
「おー!」
と言うと、皆で突き出した拳を天(井)に向かって挙げる。おーと言ったのは琉亜だけだったが。
和香はその頃、実はまだ学校の中にいた。閉校時間まで残り数分であるというのに、まだ琉亜も、嶋兄妹も校門に姿を表さない。初めは見落としたのかと思ったが、1時間ほど前にはコナンが東館の前で陸上部の見学をしていたのが見えたし、ハンナが食堂に向かって歩いているのも見た。琉亜の姿は見えなかったが、基本的にずっと校門を見ていて、自分より後に出ていなかったから分かる。まだ琉亜は
こんな事を自分でやっていて変質者かストーカーか何かみたいだと惨めになったが、和香はそれ以上に琉亜がなぜ不良の嶋ハンナとつるんでいるのかが気になって仕方がなかった。しかもこんなに夜遅くまで。お泊まり会でもして
東棟6階にある自習室。高1から高3まで使えるこの自習室に和香はいた。教室の中はもう誰もいない。10分ほど前に先生が来てもう変えるように言われたので皆荷物をまとめて帰っていった。和香ももう筆箱や教材をリュックに片付けて、校門で琉亜たちを待ち伏せしようかと考えていたところであった。
教室の鍵を閉めて廊下に出る。
同じ頃、琉亜たち三人は職員室に特ク2-Aの教室の鍵を返して、例の2階の、後ろだけ開けて電気を消した教室に入っていた。現在8時5分。
「みんなもう位置に着こう。」
琉亜の合図で隠密に、琉亜は教卓の
和香は鍵を返すために階段を降りていた。すると4階に、真っ暗の中に先生が1人いた。和香は驚くが、先程8時だから出て行けと自習室にいた先生だと分かった。
「あぁーごめん!名簿が返ってきてないから教室に取りにいってたんだよ、でも、よく考えたらさっき自習室の教卓に置きっぱなしだったかもしれないね、ハハ。」
和香はそれならと思い、
「取ってきますよ、」
と言って階段をまた上がっていく。
「ありがとう、ほんと。もう学校には君と私と守衛さんくらいしかいないのに遅くならせて。」
「大丈夫ですよ!」
と階段を上がっていきながら和香は言った。
もう一度6階に行って、教室の鍵を開け電気をつけ中に入る。
「えーっと」
と呟きながら教卓の中を見る。すると、本当に名簿や数学の教科書などがあった。和香は一式を持って、教室を出て鍵を閉め、電気を消して階段の方へ行った。4階まで降りてきても、さっきの先生はいない。壁に貼ってある階数表示も4だ。さっきも4だった。階段か少し前へ出て廊下を右左を確認するも、居ない。
職員室に戻ったのかと思い和香は下へ降りていった。
ドンドンドンドンっと、階段を靴で降りる音が聞こえてくる。教卓の中から身を乗り出して前の扉の窓をのぞいていた琉亜は用務員の人が見回り点検に来たのかと思って気を引き締めたが、1分ほど経ってもドアの窓の前を通り過ぎる者はいなかった。
「まだっぽいよ」
と琉亜は小さな声で言った。しかし静寂の中で自分の声の大きさはどれほどなのかわからず、自分の声に驚いた。
「ちょっと覗くか?」
とロッカーの中からくぐもったコナンの声が聞こえる。
「いやまだ。まだだ」
とハンナが少し大きな声で言う。
しばらくしてもまだ誰も教室の前を通らなかった。
和香は職員室に来たが、中はすでに暗かった。廊下の電気も消えて、もはや校舎は外から入る夜の光で手元がギリギリ見えるほどの暗さであった。職員室のドアを捻って引っ張るも、鍵がかかっていた。なぜ?まだ鍵は返していないのに。先生はどこに行ったのだろう?
3-Dと書かれた出席名簿帳を職員室前の学級名簿入れの棚に返して、その横の長机に先生の教材を置いて和香は諦めて東棟を出ようとした。
職員室の隣の各教科室を通って、端側の階段のすぐ前、和香から見て左手にある出口へ。しかし普段は解放されている出口の鉄の扉は閉まっていて、押しても引いても開かない。和香は焦り始めた。
リン、リン、リン、リンと金属のぶつかるような音が今度は聞こえてきた。鍵の音、つまりどこかの教室の鍵を閉めた生徒か先生、もしくは見回りに来た用務員だ。かなり早足で歩いているようだ。琉亜はいよいよかと思い教卓の中に、体や制服がはみ出ないようにすっぽり隠れる。
トットットットッと足音が大きくなってきて、そして近くで止まる。
ガチャ。
教室の鍵を閉める音が間近で聞こえた。この教室の後ろの扉だ。その音に琉亜の腹の底の胃か何かが出てきそうなほどに緊張した。
そしてさらに足音は大きくなる。前の扉まで来たのだ。そして今度は段々と小さくなっていく。通り過ぎた。上手く隠れ切ったのだ。そしてついに、用務員の足音は完全に聞こえなくなった。
「フゥ〜」
と琉亜は大きめのため息を、声には出さず吐く。
「もういいのか」
とロッカーの中から声が聞こえた。ハンナも静かにロッカーと窓の隙間から出てきた。この溜め息が安全の合図だった。
「人生一周したかと思った...」
動いていないのにかなり息切れている。
「よし...次だ。」
とハンナは言った。次こそが最も重要な部分なのだ。
「この下、真下に職員室と、真上に図書館がある。UFO、本当に真上に出てくるんだろうな...?」
「まあやるしかない。」
とコナンは教室の真ん中に来る。センサーを切る必要があるのは、おそらく窓やドア、そして赤外線で何かしているであろう監視カメラだ。コナン調べによるとこれから通るルートにはドアは2つ、窓は開けないとして、防犯カメラが4つある。そのすべての信号を無効にできるのか、一同の疑問であった。
「よし、行くぞ...どうすればいいんだ...?一生懸命願う...といいのか?」
コナンが頼りない事を言うのでハンナもヤキモキしていた。
「とにかく前のUFO研究会の時みたいに!」
「よし、わかった、わかった、あの時みたく心の中で願う、だな!行くぞっ、」
コナンは目を瞑って、しばらく心の中で呪文のように、『俺の周り半径30メートルにある防犯カメラの信号、人感センサーの解除、とにかく学校の防犯に関するやつを全部切って!』と唱えながら願った。
何も起こらない。
「どう?」
「どうなの?」
コナンにも、どうなったかはさっぱり分からなかった。
「何か起こった?音は?ここからじゃ見える訳ないし...廊下出る?」
コナンは提案するが、廊下に出ると言うことはドアの上の窓を開けてそこから出るということ、そして防犯カメラに映り込むということだ。
「分かった。よし。もうやるしかない。なんかあったら閉じ込められたって言うしかない。」
ハンナはそう言ってドアの方へ行き、机を際に持ってきて、窓の鍵を開ける。幸い窓を出た先数センチの高さで教材ロッカーがあるので高いところから落ちる訳ではない。
「こわい、こわい、あぁ〜」
とハンナは悶絶する。琉亜はハンナがそれを言っているのが少し面白く感じた。
「行くよ?行くよ?」
と言ってハンナは窓を開けて、そして左足を上げてかけた。
ブザー音のようなものは一切鳴らない。
そしてハンナはそのまま頭を今日ひつの外に出して、身を乗り出し、廊下へ出る。
警報音は鳴らない。
廊下の奥、階段の方の天井角に防犯カメラがあるが、起動しているのかはわからなかった。ハンナは後ろ扉を2階コンコンと鳴らして合図を送った。続けて琉亜、そしてきつそうに体を抜かせながらコナンがギリギリで出てきた。
「これでひとまずはって感じだね」
と囁く小声で琉亜がハンナに耳打ちした。
「次は上、だよな?」
コナンも小声で2人に尋ねる。下見をしたのは自分だというのに。
「そうだよ、お前が言ったんだろ!」
と小声でハンナが怒った。
そして三人は抜き足、差し足で東棟中央の階段を登っていく。
図書館は他の教室の仕様と違い、廊下がなく階段を登ってすぐ右手に扉がある。そして3階、4階と分かれており、図書館内だけの階段がある。また入り口扉をまっすぐいくとまた扉があり、そこを出ると奥、校門側の階段に続く。三人はリュックを背負ったまま上に上がるので、抜き足差し足と言ってもシャカシャカと擦れる音はある程度聞こえた。琉亜は自分の手が震えているのを感じた。
無事に上階に上がり、そして右手に扉を見出す。次はハンナの出番である。
ハンナはリュックの横側のポケットに、すぐに取れるように筆箱を入れていた。それを静かに開けて中からヘアピンを取り出す。
そしてポケットのスマホ(充電バッチリ)を取り出してライトをつけ、琉亜に渡す。琉亜は鍵穴を照らした。
ハンナは深呼吸をして、針金を90度にして、鍵穴に突っ込む。そしてもう一本を真っ直ぐにして同じく鍵穴に差し込んだ。
当然のことながら、校舎内は静寂と闇で包まれていて、一つ一つの挙動に緊張し、手汗が止まらなかった。ニュース番組で今日は満月だと言っていたが雲が空を覆って光のこもれる隙を与えていない。
10分。それほど時間がたった。もう少しかもしれない。鍵のピッキングという者は素人にはできない作業。しかしハンナは慣れた手つきで鍵穴を2本の針金で探るように開けたのだった。
「えっ、開いたの?!」
「鍵ってこうやって開けるんだなあ...」
「昔、うちのドアの鍵が壊れてて、鍵が手元にないのに勝手に閉まった事が何回もあったからそれで覚えた。その後も楽しかったから何回か練習したけど。」
ドアを開け、そっと図書館の中に入った。本の匂いが一気に鼻腔に押し寄せた。
「『星の王子さま』はきっと海外文学のコーナーにあるはず。」
ハンナ、コナン、琉亜はそれぞれ自分のスマートフォンのライトを点灯させてその本を探す。
内装は去年度までと全く変わっていて、カウンターも本の置いてある場所も、何もかもハンナの記憶になかった(琉亜とコナンは知りもしなかったが)。
「あった?」
コナンは普通の声で聞いた。物理化学数学関係の本のコーナーにいる。
「星の王子様が何の本か知ってる?」
ハンナが呆れたように聞いた。
「え〜、星っていうから地学関係の図鑑とかじゃないのかと思ってさァ〜」
「馬鹿、海外文学だよ、絶対この棚にある。」
ハンナと琉亜は2.5メートルほどの高さで幅1メートルほどの棚が3つ並ぶ、「海外文学」と表示されている所を探っていた。ハンナは左下から、琉亜は右上からだ。
ハンナは本の背表紙を指で追っていく。ドイツ文学、イタリア文学、オーストリア、フランス...
「あっ、あった!」
作:アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ、しかし。
「『英語で読む星の王子さま』、『イタリア語で読む星の王子さま』、『星の王子さまからの贈り物』『100分de名著 星の王子さま』...星の王子さまだけでもこんなにあるんだけどさァ!」
コナンも怒りのハンナ達の元へやってくる。
「でも時間はある、はず。全部出して探そう。」
三人はその場にあった『星の王子さま』に関する書をすべて出して、読書用に窓側に並べてある机に置いた。
「何を見つければいいんだ...」
「コナン、その『記憶』の中の人は何て?」
「えーっと確か」
コナンは思い出すために宙を見つめてから、
「『学校に隠した...星の王子さまに会えるといいな...』だっけな?」
と、記憶のような夢のようなものの中で言われた事を思い出した。
「会えるといいなって、本当に本のことなのかな?人じゃないの...?」
琉亜は『「星の王子さま」が話してくれた 世界一幸せになれる33の言葉』の中身をめくって、書き込みや挟まっている何かがないか探しながら言った。
「さあな。でも『星の王子さま』なんて名前の人聞いたことあるか?」
「馬鹿、あったとしても暗号とかあだ名のことでしょうが。でもまあ、そんな名前で呼ばれてる人なんていないけど...」
ハンナはそう言って、『星の王子さま 角川つばさ文庫版』の中身をめくってライトを当てる。特に何の変哲もない本である。
「なんか何も手がかりをつかめない気がする...」
「そもそも誰がどうやって旺愛の図書館の『星の王子さま』に何かを仕込める?あんた宇宙人なのに何で旺愛なんて知ってんの?」
「だからそれが分かんねぇのぉ!マジで、俺にもわかんないんだよ!」
とコナンは少し声を大きくして、頭を掻いた。
「まあまあ、実際、田原のこともあるし、宇宙人か、もしくは違う人が他にもいて、協力してくれてるって考えるのも悪くないんじゃあないのかな」
と琉亜。
「それなら早く出てきて全部教えてくれませんかね?」
コナンは嫌味らしくそう言いながらペラペラと『イタリア語で読む星の王子さま』のページをめくって何かないかを調べた。
しかし、10冊以上も『星の王子さま』に関する本を調べたが、どの本もこっれっぽっちも違和感のない、ただの図書館の本であった。本の下から押されているハンコも全て『旺愛』のマークだったし、書き込まれていることもなく、ページが折れているところもあったが特にただ折れているというだけに見えた。
「ハズレだったね...るあが叔母さんに怒られるだけじゃん...」
現在午後9時30分。琉亜は2人で住んでいる叔母佳菜子に、「友達の家に遊びに行くから遅くなる」とだけ送っていた。しかし勿論、その時点で誰の家だとか休みの日にしろだとか反対のメッセージの応酬だったが琉亜は無視していた。帰ったら怒られるに違いない。
ドンドンドンドン、ドンドンドンドン。
琉亜達は諦めて本を片付けている途中、突然足音が聞こえた。階段を登ってくるような音だ。それもかなりのスピードで。
「なんで?誰もいないはず!」
ハンナはビクッと反応して、声を震わして言った。
コナンは静かに首をドアの方に向けて気配を探る。
「きっと用務員の人がまた来たとかでしょ、大丈夫、」
と琉亜はハンナを落ち着かせるためにあり得ない事を言った。しかしここは図書館。本棚はいくつかあるし、三人のいる窓際はどちらのドアからでも入って一番奥まで来ないといけない。
三人はできるだけ姿勢を低くするため座って、足音が消えるのを待った。
琉亜はハンナの息が荒くなるのを感じた。しかしそれは自分も同じだった。
「大丈夫だって、ここに入ってくるなんてそれこそあり得ない」
と琉亜は右隣に座るハンナの耳に囁く。ハンナの右にいるコナンも激しく首を縦に振った。
ドンドンドンドン、
音はだんだんと近づいてくる。明らかに足音。
そして一番大きくなったところでピタッと足音は止んだ。
ガチャ。キィィィィィィィ〜ッ
ドアが、図書館のドアが開いた。
琉亜はできる限り息を殺して、入ってきた『何者か』に気付かれないよう祈った。右手が何か生暖かいものに触れた。ハンナの左手だ。ハンナの手は琉亜の手を硬く握る。若干、琉亜の手の方が大きい。琉亜はその手を強く握り返し、左手は制服のズボンの腿あたりを強く握った。
図書館の地面はカーペットであった。『何者か』の足音が聞こえなくなる。何処にいる、何処に消えた...?
しかし息遣いが聞こえた。自分と、ハンナとコナンの他にもう一つ。しかしその息もかなり荒い。何をしてそこまで荒げているのか。自分たちと同じ生徒で、閉じ込められた?しかしそれならとうに電話なり何処かに連絡するなり、一階の窓から出るなりでどうにかなるはずだ。警報も今はUFOのお陰で鳴らないだろう。
「誰か、いる、よね...?」
声だ。女性の声。それも琉亜にとって聞き馴染みのある声であった。しかし何故、何故彼女がここにいるのか?5時台に帰って行ったはずではなかったのか?
そう、自分たちと同じく怯えた声を放ったその主は他ならぬ、国枝和香であった。
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