人見知り転校生と恋に落ちるまで
コニカ
プロローグ
ずきん、と頭に重い鈍痛が広がる。同じような刺激が頬や腕からもしている。
「別に、殺すわけじゃない。口で言っても分からないだろ? だから仕方ないんだよ。」
投げかけられた言葉に、恐怖、混乱、疑問、怒りがないまぜになった複雑な感情を抱き、しかし何もすることが出来ず、何滴もの雫となった。
救いを求めるように視線を奥にいる女性へと向けると、
---汚いものを見るかのような目でこちらを見ていた。---
目が覚めると、既に朝だった。枕元に置いてあるスマホで時刻を確認する。
六時三十分。普段起きるよりも三十分も早く目が覚めてしまった。
ふと枕が冷たいことに気づく。どうやら、寝ぼけて泣いていたようだ。
「くそ、新学期早々嫌な夢見たな……。」
今日は四月十日。短かった春休みも終わり、今日からまた学校が始まる。
このまま二度寝をしてしまえば、おそらく寝坊するだろう。さすがに新学期が始まってすぐに遅刻はきついものがある。
仕方なく、制服に着替え、身支度を行った。
普段は食べることもないが、どうせ早起きをしてしまったし折角ということで朝食を摂る。
今朝のメニューはコーヒーにトースト、目玉焼きといったところだ。ちなみに目玉焼きは電子レンジの解凍機能で作ることで洗い物を減らせる。極力面倒を省いたメニューだ。
だらだらとコーヒーをすすっていると、気づけば家を出る時間になっていた。学校がある朝は時間が過ぎるのが早い。
玄関で靴を履き、扉を開く。
「……行ってきます。」
口の中だけで言い、帰ってくる言葉など待たずに外へ出た。
*
俺、
あまり人付き合いが得意ではなく、勉強や運動も平均的な能力しかない。またこれといって趣味や目標がある訳でもない。
……俗に言う陰キャである。
そんな俺は人に注目されるのが嫌であるため、人の少ない朝早くに登校する。
教室に着くと、思った通り人はおらず、教室も暗い。
新学期ということでクラスも変わり、席は出席番号順となっている。そのため、俺の席は一番最後、窓際の最後列となった。
早く来たからと言ってなにかすることがある訳でもないため、イヤホンをつけて、そのまま狸寝入りすることにした。
しばらくして、ガヤガヤとした声が耳に入ってくる。
思ったよりも深く寝てしまっていたようだ。今朝無駄に早起きしてしまったせいだろう。
机から起き上がり、周囲を見渡すと、既にかなりの生徒が登校している。
「よっ、やっと起きたか。夜更かしでもしてたのか?」
「なんだ、またお前と同じクラスか。今日はとことんついてねえな。」
「あ? とか言って嬉しいんだろ? 素直じゃねえな。てか朝クラス割りの張り紙見た時点で分かってたろ。」
そう悪態をつく赤みがかった茶髪の男の名前は
「や、流石に中一からずっと同じクラスだろ? 流石に飽きたというかどういう確率だよ……。しかも高校まで同じとか……、一応他の同級生が来なそうなところ選んだんだけど。」
「考えることは同じってことだな。一緒にいる時間長すぎて思考似通ってんだろ。」
「うげ……一緒にしないでもらっていいですか? というかお前ならもっといい所行けたろ、なんなら推薦とかでも」
そう、赤兎は無駄に頭がいい。さらに言うと要領も良くリーダー気質な奴である。
そのため、中一からずっと学級委員であり、また二年後半からは部長を勤めていた。
恐らく、成績や内申点的にもっと上の高校を狙えたのだろうが、意外にも人間関係の中心であるにも関わらず、……いやむしろそのせいか
この星狩高校は、地元からは少し遠い。にも関わらず、進学実績や部活動など特筆する点がないことから、同じ中学から来ているのは、赤兎と俺くらいだ。
「まぁ、俺はこの学校割と好きだけどな。イベント充実してるし、面白いやつ多いし。……何より女子が可愛い。」
「そろそろ刺されるぞお前……。」
こいつの更にイラつく所は、かなりモテることだ。関わる人間の絶対数が多いのもあるだろうが、それでも知り合ってから彼女が絶えたことがない。
とはいえ、なかなか難しい性格をしていることもあり、長く続きにくい。
……それでも、別れてからも友達として仲良くできてるんだよなぁ……。気まずくないもんなのかね……。
赤兎と他愛のない会話をしている間に時間はすぎ、始業式のため体育館に行くことに。
もし今テロリストが来たらなんて想像をしていると、校長先生の長い話やら新任の教員紹介やらが終わった。
その後、教室に戻り、担任教員らしき男があーだこーだ言ってるのを聞き流しながら、窓の外をぼーっと眺めていた。
早く終わんねぇかなぁ……。なんで先生らの話はこんなに長いんだよ。
これ大概、要約すれば1年間頑張ろう! だとか、勉強頑張ろう! だとかそういうことでしょ? それを長々と話す意味あんのかね。
一つ前に座る赤兎を見ると、机の下でスマホをポチポチと弄っていた。多分誰かと話してるんだろうなぁ。
「あー、それと最後に紹介したい奴がいる。今年からこの学校に来た転校生だ。」
そう言い、先生が扉を開き手招きをする。
教室に入ってきたのは、やや低い身長に、肩くらいまである艶やかな黒髪の女の子であった。
緊張しているのか、俯いていてよく顔は見えないが、時おり髪の間から見える目はクリクリとしていて、可愛らしい印象を受ける。
「……えと、
ぽしょりと呟くような声で自己紹介をした。その際も視点は床を見ている。
まぁ、いきなり知らない場所に来たら緊張するよなぁ……。俺も人の前に立つと上手く声出ない。なんなら店員さんの目も見れない。わかるぞ!
「宮代は遠方から引っ越してきて、土地勘とかもないだろう。みんな仲良くしてやるんだぞ。席は、窓側の一番後ろの空いてる席だ。」
窓側の空いてる席……は、もしかしなくても俺の隣の席だ。
どうやら、隣の席が空いていたのは始業式を休んだ奴がいるという訳ではなく、元々転校生用に空いていたらしい。
納得するものの、隣に転校生の女の子が座るという、如何にもラブコメな展開にドキリと心臓が跳ねてしまう。
やはり健全な男子高校生たるもの、あんなことやそんなことを想像してしまうわけで……。
まぁ、現実はそう上手くいかないなんてわかってるけど! 一応ね! 一応希望は持つだけ自由だからね!
そんなことを考えていると、転校生ーーー宮代は俺の隣の席へと座った。
どうしよう、なんか挨拶とかするべきなのか? なんて声かけるべきなんだ?
チラッ、と横目で宮代のことを見ると、借りられた猫みたいな状態であった。体を縮こまらせ、じっと机を見ている。
髪に隠れて表情は伺えないが、おそらく緊張から硬い面持ちをしていることは確認するまでもない。
え、これ話しかけない方がいいのでは? 多分ひそひそ話しかけようものなら通報されるのでは?
「宮代さん? 俺、嵐山赤兎って言うんだ、よろしくな」
色々あーだこーだ考えていると、上半身だけ振り向いた赤兎はいい笑顔で挨拶していた。
さっすが、赤兎。俺にできないことを平然とやってのけやがる! そこにシビれる憧れるゥ!!
「ぁ……ぅ……よ、ょろし……」
今にも消え入りそうな声で応答するも、隣でかろうじて聞こえるか聞こえないかレベル。多分赤兎も同じようなものだろう。
しかし、なんも気にしてないのか、笑顔のままコクっと頷くとすぐ前に向き直った。
「あー、まぁとりあえず今日はこれで解散な。明日からはまた通常通り授業だから、だりぃだろうがサボンなよ。んじゃな。」
と言い残すと、そのまま担任は廊下へと出ていった。
なんっか、適当な雰囲気の人だったなぁ……。本当に先生なのかしら。
先生が去ってからは教室も放課後ムード、この後遊びに行くだとか、部活がどうとかと騒がしくなる。
が、それ以上に騒がしいのは……。
「ねぇねぇ、宮代さん? よろしくね!」
「どこから来たの? この辺にはもう慣れてる? 案内しよっか!」
「今日この後空いてたら遊ぼうよ! 歓迎会!」
「部活とか何かやってたのかな? 今うち絶賛募集してるから来て~!」
定番のようなそんなことも無いようなことだが、宮代はクラスの女子数名から質問攻めにあっていた。
しかし、赤兎に軽く挨拶されただけでもあの状態。こんな囲まれてわーわー騒がれた宮代はより一層、体を縮こまらせた。
しかし女子達は気づいてないのか、色々どこへ行こうだとか勝手に話を進めていた。
「……おい、これ流石にとめたほうがいんじゃねえの?」
「あー……そうな、止めるか。」
こういう時、赤兎のやつは頼りになる。発揮しろ! リーダーシップ! ……ちなみに俺は声かける勇気というかあそこに入る勇気がない。だってよぉ……こえぇよぉ……
「はいはい! みんなストップ! 宮代さん困ってるから! 盛り上がりすぎないの!」
赤兎が止めに入る直前、透き通った声の静止と共に、パンパンと手を叩く音がする。
流石に無視できないのか、女子達も話をやめ声の主の方に目をやる。
そこには栗色のセミロングに緑の髪留めを付け、むんと胸を張って立つ少女ーーー
「転校生が来てテンション上がるの分かるけど、こっちだけで盛りあがってちゃ仕方ないでしょー! もう少し落ち着こ!」
明るい声で、しかし芯のある声で注意を促す鶴嶋。
これにハッとなった女子生徒達はすぐさま宮代に謝る。
「ご、ごめんね宮代さん。ついテンション上がっちゃった……。」
「私もごめんねぇ……。ちょっと急ぎすぎちゃったかな。」
「部活ぅ……。」
部活どんだけメンバー欲しいんだよ。てか何部だよ。
「うん、分かればよし! 転校してきたばかりで色々忙しいだろうし、歓迎会はまた後日やろうよ! それと、結衣は後で勧誘一緒に手伝うね!」
「そうだねー……、うん! また違う日に歓迎会しようね! 美味しいカフェ知ってるから今度案内させてね! それじゃまたね宮代さん!」
「私、近くのファミレスでバイトしてるからいつでも来てね! サービスしちゃう!」
「ありがと~~青葉~~! あでも宮代さんも興味あったら是非!」
「はいはい、宮代さん勧誘はまた今度! ゆっくり見学させてあげよ!」
鶴嶋に諭され、質問攻めをしていた女子たちは散り散りになる。
ところでほんとに何部だったんだ……? ここまで部活勧誘に力入れてるの珍しいにもほどがある……。
「ごめんねー……宮代さん、みんなも悪気があった訳じゃなくて仲良くしたいだけなの。あ、私は鶴嶋青葉って言うんだ! 困ったことがあったらなんでも相談してね!」
「……ぁ、えと……」
先程と同じようにかすれた声を出し、最後にはコクンコクン! と力強く頷く宮代。
しかし鶴嶋も満足したような笑顔で再度よろしくと返した。が、急に表情を変え、こちらをじとっと睨みつけてくる。
「……赤兎と黒桜もフォローしてあげればよかったのに! 黒桜に至っては隣なんだし。」
女子への態度とは打って変わって、まるでお説教のようであった。
「や、俺が行こうとした時にちょうどお前が来たんだよ。一応助けようとしたよ。それと黒桜はまぁ……ちょっとあれだし無理言ってやんなって。」
「おいまて、ちょっとあれってなんだよ。おい。」
「まぁ赤兎ならそうするか……。黒桜もごめんね?」
「や、可哀想な奴見る目で見んな。謝られる方が心にくるから!」
「まぁ、黒桜がアレなのは分かってるけど、お隣さんなんだし仲良くしてあげなよ。友達そんな居ないんだし。」
……ぐぅ。痛いところを。
なんなの? お説教の次は心にダメージ与えに来たの? いい趣味してるよこいつ。
鶴嶋は、1年生の時に同じクラスであり、赤兎と一緒にクラス委員をしていた。
俺は、赤兎に頼まれクラス委員の仕事を何度か手伝ううちに話すようになり、今では何も無くてもたまに話すようになっていた。
クラス委員を務めあげるだけあって、人当たりが良く、誰とでも仲良くできるタイプであり人望も厚い。
そんな鶴嶋だが、なかなか俺に対する冗談はキレのあるものをよく吐く。しかし本当に嫌がりそうなことを言わないあたり、流石と言わざるを得ない。
ただ、このまま言われっぱなしというのも癪に障る。
「別に、友達いないんじゃなくて、作らないだけだから。そこのとこ勘違いしてもらっちゃ困るぞ。」
肩をすくめ、やれやれと言った素振りを見せる。
「いや、普通に友達できないんだろお前は。普通に。」
「うーん、黒桜、嘘は良くないと思うな。」
「お前らなんなの? 泣くぞ? あ?」
本当に泣きたい。こいつらには人の心とかないのだろうか。
流石とか言ったの前言撤回だよまじで。
「ーーーっと、そろそろ俺も部活の時間だわ。行ってくるぞ。」
「あっ、私ももう行かなきゃ。それじゃまた明日ね、宮代さん、黒桜。」
そう言い残して、赤兎と鶴嶋は教室から去っていった。
気づけば教室には、俺と宮代の二人だけであった。
「……。」
「……。」
……なんとなく気まずい時間が流れる。
いやさっさと無視して帰ればいいのだが、何故だか動きづらい。動くことが気まずい。
それは宮代の方もそうなのか、もじもじと小さな体を震わせつつ、こちらの動きを見計らう。
え、どうしよう。これなんか言って切り上げるべきなんだよな? 多分。
しかしなんて言ったものか……。
考えあぐねていると、教室の扉が開いた。
「お、まだ居てくれたか。ちょうど良かった。」
担任であった。
いやこちらこそ助かります。空気が変わった気がします。
あんたはいい担任だよ! 多分覚えとく!
そう思い、さりげなくカバンに手をかけ、立とうとした瞬間。
「あー蕨、宮代のことちょっと送ってやってくれ。」
ーーーは?
どうやら、この人は良くない担任であるらしい。空気変えろって、最悪な方に変えることあるん?
人見知り転校生と恋に落ちるまで コニカ @prim_conica
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。人見知り転校生と恋に落ちるまでの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます