見えない壁

@no_0014

誰にでもあるかもしれない壁の向こう側は・・・

 あと、どれくらいだろう……。上を見ると、光が差し込む場所はまだ遠く、沢山の石の壁たちが私を見下ろしていた。



バーチャル空間に身を投じることにはもう慣れて、当たり前のように誰もがゴーグルをかけてそれぞれの行きたい場所へ、今いる所から離れることなく行くことができた。そしてそれは、触れたものの感覚までも伝達できるように進化していた。

私はその中にあった心身的成長プログラム育成のため、毎日持てる時間の全てをバーチャルの世界に費やしていた。AIが相手の知能や思想を読み取り、その相手に必要なものを投げかけてきた質問に対して答え、自分と向き合い、成長を促すシステムを構築するための情報収集テスターだ。ゲーム好きが高じて軽い気持ちで始めたが、これが厄介だった。

『今持っている目標は?』、『人と違う自分にしかないものは?』、『今楽しいことは?』……

 投げかけられる質問の一つ一つに悩まされていた。私は明確に私を持っていなかった。


 立方体で人が一人乗れるだけの大きさの岩に顔のような堀があり、私を見下ろして質問をしてくる。取り繕った答えをするとスタートに戻されて一からやり直し。また別の質問に変化して問いかけられる。その繰り返し。階段のように高く、上へ上へ岩が何段も作られていて、その頂上に光が差す出口が見えている。あの先には何があるのだろう……。数段上るたびに頂上から漏れる光に期待を込めていた。


 始めた頃は、結構な人数が居たと思う。しかし今となっては私だけがこの頂上を目指していた。皆、この端的な質問の正当性に疑問を投げかけ、途中で飽きて別の所に移ってしまったのだ。たった一人、頂上に上った人を開発者だと罵って。

 同じ質問をされても答えは人によって違う。だから同じ答えを言ってもある人には正解で、ある人には不正解なのだ。それに対して理不尽だと怒る人もいた。他人から見えている自分と、自分自身の持つ自分のイメージの認識の誤差が大きい人ほど上に行くのは困難だった。私のようにずっと誰かの答えを真似して生きてきた者にとっては、自分自身のイメージが全くなく、自分の答えを持っていなかった。だからいつも数段上れるかどうかでスタートラインに戻された。どういう原理で正解になるのかは誰にもわからなかった。しかし、あの光の先に辿り着いた彼はいつも楽しそうに笑いながら「思ったまんま、答えりゃいいんだよ」そう言って、ぴょんぴょんと軽く岩を超えていった。

 バーチャル空間は自分の好きな姿のアバターを持てる。彼は人型のヴァンパイアの青年の姿をしていた。何度か繰り返し遊んだのか、光の先に消えて数日後、また彼は下からやってきて、私に「おっ、まだ居る」と嘲笑にも似た笑いを投げかけて抜き去って行った。時々、本当に開発者なのではと思うくらいに何度も彼は来た。

「なんで超えられないのかわからない?」

「人の模倣じゃダメなんでしょ?」

「模倣とかそういう問題じゃないんだよ。ま、模倣はダメだけど……それよりも、自分が自分に自信を持ってるかどうか。お前は自分の答えを自分で信じてる?」

そう言い残して彼はそれっきり来なくなった。


あれからどれくらい経ったのだろうか。私なりの答えを考えて、揺るがない気持ちがついてきた頃には、光がだいぶ近くなっていた。岩に指をかけて上る。ひんやりとした岩に少し砂利のような手触りを感じる。そしてまた一段、上に。あと、少し……

『――――――……』

しかし、近づけば近づくほどに心に刺さるその問いかけは私にとって、答えられるものではなかった。見下ろしてくる岩がとても恐ろしく思えた。答えられない。そう判断されたら私の足場はたちまち消えて、一番下のスタートラインへ真っ逆さまに落っこちる。



気が付いた時にはカラフルな花畑に仰向けに倒れていた。いつの間にかグレーで薄暗いイメージだったこのゲームはポップな可愛らしいスタートラインにデータがアップデートされていた。可愛いアバターやシンプルなアバターなど、スタートラインは人で列をなしていた。知らないうちにこのゲームは話題になっていたらしい。だけど、私にはもうやる気にはなれなかった。見回しても、彼は居ない。


一か所、データが書き換えられていない部分が異質なグレーの世界を一部残したブランコに、漕がずにベンチの様に座る彼の姿があった。

「ここもそのうち綺麗に書き換えられるんだ」

「……そう」

「光の先を知りたい?」

必死に上に登ろうとする私を簡単に抜かして行く、あの時のような笑みを彼は浮かべた。

「光の先には何もなかったよ。開発中だってさ」

「それ、ネタバレ……」

「いいじゃん、また先ができたら一緒にやろう!それまで新しい楽しそうなゲーム見つけたからそっち遊びに行かない?」

「……行く」


 光の先ができるまで、私はきっとこの中で彼の遊び相手になれていたんだ。

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