1-14 期待しているぞ
「まったく、私だって暇じゃないんだぞ?」
電話をかけたすぐ翌日。私は目の前で仏頂面を浮かべている上司の前に立っていた。
一介の軍人が使うには豪華過ぎる程に豪華な内装の執務室。私が使っている、ちょっと叩けば壊れてしまいそうな安物とは比べ物にならない立派な机に頬杖をついてジトッとした視線を向けてくる。が、私にそんな目を向けられたって困る。
「人一人を異動させるのだって相応に手続きが必要なんだ。それを昨日の昼間に『明日までに頼む』と言われたって困る。お前だって管理する側の人間なんだから分かるだろう?」
「文句なら急に辞めたジジイ本人に言え、マティアス。それに何とかなったじゃないか」
「
ぞんざいな口調で返事をすればマティアスはよりいっそう憮然とした顔をしたが、その恨みがましい視線を涼しい顔で受け流す。
マティアス・カール・ツェーリンゲン准将。我々下っ端軍人から見れば雲の上の人物と思える厳つい肩書の持ち主だが、なぁに、実物は緊張するほどの人間じゃあない。
さらっさらの金髪でいかにもな優男風の見た目。背は高く、体こそ鍛えられてはいるが、まだまだ私より二つ
とはいえ、コイツのおかげで私が過去、戦場にいる人間を
「……まあいい。それで、お前が要求したとおり手続きは済ませたが、本当に使えるのか? 軍属とはいえ、魔装具関連の扱いがメインの特技兵だ。表の仕事だけに付き合わせるなら問題ないだろうが、裏の――本来の仕事にも付き合わせるんだろ?」
「なに、大丈夫だろうさ。肝も座っているし判断も悪くない。普通は見えないミスティックもハッキリ見えて、しかも私の捕食姿を見てなお啖呵を切ったんだぞ? 素質は十分だ」
「お前が言うなら心配ないだろうが……せっかく骨を折ったんだ。くれぐれも簡単に死なせないようにしてくれよ。色々と面倒だからな」
「分かってるよ。それより、この間伝えた、チンピラが飲んだ『ミーミルの泉』だが……」
「ああ、あれか。何か分かったか?」
「いやはや、すごい代物だったぞ?」
本来の意味は北欧神話に出てくる巨人ミーミルが所有する、知識と知恵が隠されているとされる泉のことだ。そこは過去に、そして今後も積み上げられていく世界中の知識の根源とも言うべき場所で、アクセスすれば古今東西あらゆる知識を得られるらしい。
「確かにすごい代物だが……まさかそんな子どもの宿題を伝えたいわけじゃないよな?」
「冗談だ。ま、当然ながらそんな薬物は軍のデータベースにも登録はない。魂のライブラリにもアクセスしたが、過去にも似た薬物はひっかからなかった」
「ならば新種の類か」
知性も品性もないチンピラどもには似合わん小洒落た名前だが、開発者ならそれくらいの知識はあってもおかしくない。それはそれとして、だ。
「本命はちゃんと実在するらしいぞ?」
そう伝えると、さすがにマティアスも目を剥いた。
「遥か昔、同じ名前の魔装具が存在したらしい。神話と同じくあらゆる知識を得ることができ、それを使って何人もが歴史を前に進め、名声と莫大な富を築き上げた。ま、即座に異端審問を受けて処刑されたみたいだが」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、アーシェ! ……さっきお前、あらゆる知識と言ったな?」
さすがだな。王子様も気づいたらしい。
「もし……もしもだ。それを我々が手に入れたら――」
「ああ、私たちの――復讐への道が一気に加速する」
私たちが見つけた古代文明の代物。それに刻まれた術式の解析が加速すれば、私も地道に魂を喰らってエネルギーを蓄えていく、なんて作業が不要になるかもしれん。
「作り方は?」
「魂にかなり深く潜ってみたんだがな。どこにもそれらしいものは無かった」
だが残念なことに、今のところ私の中に眠る数多の魂たちさえもその作り方はおろか、材料さえ知らないらしい。こうなると本当に実在するのかも怪しいが、今は信じるしか無いだろう。
「そう都合良くはいかない、か……ひとまずはその作り方を調べるところからだな」
「そうだな。ひょっとすると、教会の大聖堂図書館なぞに眠ってるかもな」
あそこの歴史は一丁前だからな。異端だろうがなんだろうが、書物は蒐集しているというし。本音を言えば顔を出すのは御免被りたいが、目的のためにはやむを得ん。
「たまにはお前にも苦労してもらわないとな。私ばかり苦労するのは割に合わない」
「ちょっと待て、マティアス。聞いてれば自分ばっか苦労したアピールしやがって。今回の件だって根回しをしたのは私だぞ? そこまで恩着せがましく言われる筋合いは――」
だが私の反論は扉がノックされ、マティアスの秘書であるレベッカがドア越しに、来客の到着を告げてきたことで中断した。チッと舌打ち。するとマティアスも舌打ちし返してきやがった。よし、後でちょっとは表に出ろ。
悪態をつきながら制帽を被り直し、襟元のたるみを整える。マティアスも私の横に並んだ。せっかく呼び出した客人がやってきたんだ。最初くらい真面目に出迎えてやらねばな。
「アーシェ、言っておくが――」
「分かってるさ」一呼吸置いて告げる。「神の横っ面をぶん殴って、我々は我々のあるべき場所へ還る。神どもへの復讐に、余計な人間を巻き込むつもりはない」
所詮私怨だからな。それに、数日共に過ごしただけだが、アイツの生き方は前向きだ。我々みたいな過去を引きずってる連中と一緒にいれば、その生き方も汚してしまう。
私の宣言を聞いて安心したのか、それ以上マティアスは何も言わなかった。代わりに扉に向かって「どうぞ」と穏やかな口調で入室を促し、扉が開けば呼び出した人物がカッチコチに鯱張った敬礼をしていた。
「し、失礼しますっ!! ニーナ・トリベール一等特技兵、さ、参上致しましたっ! ほ、本日は如何なる御用で――」
「ああ、トリベール。別にそんなに畏まらんでいいぞ」
「お前が言うのか……」
「そ、そういうわけには……って、シェヴェロウスカヤ中尉? どうしてこちらに?」
「決まっているだろう。貴様を呼び出したのは私だからな」
話が読めない、と頭にクエスチョンマークを浮かべるニーナを手招きする。そしてマティアスの机に置いてあった書類を差し出し、満面の笑みを浮かべてやると、私の可愛らしい天使のような笑顔にニーナは顔を赤らめた。が、隣からマティアスの「この悪魔が……」という囁きが聞こえたので脚を思い切り踏んづけてやると、小さく悲鳴が上がった。
「ニーナ・トリベール一等特技兵。貴殿は本日付で警備警察大隊第十三警備隊所属となる。これが辞令だ。速やかに荷物をまとめて第十三警備隊の詰所までやってくるように」
「……は、はい?」
「つまり、だ。本日からマティアス准将、そして私が貴様の上司というわけだ。
ようこそ、地獄へ。貴様を心より歓迎する。これから楽しく私と――」
そう皮肉っぽく付け加えてやるとマティアスがため息を漏らした。が、対するニーナはといえば、予想に反して口元が段々とほころんでいき、
「はいっ! これから宜しくお願い致します、シェヴェロウスカヤ中尉!」
元気で嬉しそうな返事が響いた。おかしいな。危険な目に遭ったから多少は嫌がると思ったんだが。どうにも調子が狂うが、まあいい。とにかく、隊に必要な人間は揃った。しばらくは表の仕事も人手に困らんはず。もっとも、死ななければという条件付だがな。
「ではこれから宜しく頼む。期待しているぞ、トリベール――いや、ニーナ」
手を差し出しながらファーストネームで呼んでやる。するとニーナの顔が一層嬉しそうに崩れ、そして私の手を彼女は力強く握り返してくれたのだった。
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