第17話 破滅
「じゃ、そろそろお終いとしますか!」
ドロシーさんが余裕を持った声でそう言うと、これまで以上に集中して魔法を練り始める。トドメの一撃をイメージしているはずだ。
彼女の言葉を合図にして、ウイカとメアリさんが動き出す。ドロシーさんのサポートとして時間を稼ぐ算段だろう。俺も二人の身を守るために防御壁の準備をする。
ヴェズルフェルニルが叫んだ。
「グオォォォオッ!」
耳を
相手は焦げ付く体を動かし、翼をはためかせた。その動きがカマイタチを起こすものだというのは先ほどの戦いで学習済みだ。
ウイカもメアリさんも臆することなく突撃していく。カマイタチは俺の防御壁が防いでくれるだろうという信頼を感じて、それに応えるべく俺も魔法を撃ち出す。
ぶつかる瞬間だけを防ぐ光の壁を展開し、敵の放つ刃は空中で霧散。隙を突いてウイカの魔法が火を放つ。
「我が炎を以て悪しき魔を穿て。――
炎がヴェズルフェルニルを包んで焼き尽くしていく。
これだけでも倒し切れそうなほどの火力だが、やはり獣魔はしぶとい。呻き声を上げながら、尚もじたばたと抵抗を見せていた。
そこをすかさず、メアリさんが追撃。
「――
水で出来た弾丸は一撃一撃が重く、もがく敵の体を地面へと叩きつけていく。
既に業火の中で虫の息だったヴェズルフェルニルは、此処でようやく力尽きたように地面へ伏した。
だが、見逃すわけにはいかない。
ドロシーさんから特大の魔法術がお見舞いされる。
「大地の刃で、眠りなさい!」
ヴェズルフェルニルを中心とした地面が隆起し、岩が尖った切っ先を見せて動き出す。伸びた複数の尖端が一八〇度転換して、倒れ込む敵を串刺しにした。
刺さった敵の傷口が光の粒子となって飛び散り、その肉体を維持できずに綻んでいく。
何発かの刺突を受けて、やがてヴェズルフェルニルは塵となって消えた。
「よーし、いっちょ上がり」
ドロシーさんが余裕の口調で言う。三人の魔法少女に敵から出た粒子が取り込まれ、擦り傷などを回復していった。
相変わらず鮮やかだ。俺のサポートも少しは役に立ったと思いたいが、そうでなくてもこの勝利は揺るぎないものだっただろう。
メアリさんも前の会話どおり、まだ元気だった。さすがに一戦で魔力を使い果たすようなことは無かったようだ。
「……何? じろじろ見て」
「あ、いや。なんでもない。勝てて良かったな」
こちらの視線に気づいたメアリさんが、じとっとした目で抗議してくる。はぐらかしながらも、俺は安堵の息を漏らした。
すべての流れは上向きに動いているように思う。ウイカと二人のわだかまりが解消されたわけではないが、俺への当たりが緩やかになったおかげでギスギスした空気はだいぶ緩和された。
このまま、全員で生き残る道を探したい。
そう思っていたところで、ドスッと肉を刺す重苦しい音が響いた。
「……えっ?」
音の方へ視線を向ける。メアリさんが唖然とした表情で自分の胸元へ視線を向けていた。
彼女の左胸辺り、心臓を貫く位置に赤黒い触手のようなものが伸びている。背中側から正面へと飛び出していたそれが勢いよく引き抜かれ、メアリさんは傷口と口から血を吐き出した。
――何が起こったのか分からなかった。
「め、メアちゃん!」
ドロシーさんが平静を失った顔でメアリさんへと駆け出し、倒れ込む体を抱きとめた。
俺とウイカもそれに続きながら、視線は先ほどの触手を追いかける。突然の来襲、その正体を知りたかった。
触手はその操り手の手元まで引き戻される。離れたビルの屋上から、一人の影がこちらを見下ろしていた。
「あいつは!?」
パッと見、人間だと思った。二足歩行の動物というだけではなく、服を着ている。濃い紺のスーツ姿。長い赤髪を揺らすその姿は、人間のものと見分けがつかない。
唯一、人と違う点は背中の翼だ。コウモリのような黒い羽を持つ男が立っている。
「メアちゃん! 駄目、しっかりして!」
ドロシーさんがメアリさんの手を握り、必死に呼びかけている。薄く目を開けたメアリさんだが、その瞳は充血していて、声をあげることすら苦しそうだった。
俺とウイカは屋上の人影を警戒し、臨戦態勢をとる。
だが、応戦する余裕すらない。ずっと睨んでいたはずなのに、気づけば男は俺の真横に立っていた。
「なっ!?」
「イサト!」
ウイカが急いで炎の爪を形成、思いきり振りかぶる。
俺の隣を掠めていった爪は何者を捉える事も出来ず空振り。逆にウイカが、一瞬のうちに吹き飛ばされていた。
「あ、ガッ……!」
壁にぶつかり、嗚咽を漏らすウイカ。
「ウイカ! な、なんだよこいつ……!」
無表情という言葉では説明がつかないほど、男の顔には何の感情も見いだせなかった。真っ白な肌は生気を感じさせず、こちらを見る視線からは侮蔑も、冷笑も、殺意すらも読み取れない。
本当に、何なのか分からない。この男は獣魔なのか? それとも人間?
ただ一つ明らかなのは、男から放たれた触手がメアリさんを貫いたということ。
「ド、ロシー……聞いて……」
「メアちゃん! 駄目、喋らないで!」
血に塗れた口元を必死に動かすメアリさんと、それを静止しながら握った手を通じて魔力を供給するドロシーさん。
延命になっているのかは怪しい。メアリさんの目から急速に光が失われていく。
「私、もう寿命が近い……から。生かさなくていい……」
「やめてやめてやめて! 聞きたくない! 知らない!」
子どものように駄々をこね、メアリさんへ必死に生命力を送り込み続ける彼女の姿は、普段の強気なものとまるで別人だった。
男の視線がドロシーさんへと移る。俺は思わず光の剣を作り、相手の喉元目掛けて振るった。
「近づくんじゃねぇ!」
俺の剣が相手に直撃する。
「……」
いや、当てることができたんじゃない。
避ける必要が無かったんだ。
男の肌に確実にぶつかった刃は、根元からへし折れていた。飛んでいった刃がそのまま魔力を失って空中で消え去る。
動揺する俺を一瞥して、興味を失くしたように視線を逸らす。そのままドロシーさんへ向けて直進していく。
「ドロシーさん、逃げて!」
「駄目! だってメアちゃんが……メアちゃんが!」
悲壮に訴えかけるドロシーさん。男はメアリさんを抱えたままの彼女を、足で蹴り上げた。
「ぐッ……うぅ……!」
顎に叩き込まれた一撃でドロシーさんは空中へと弾きだされ、そのまま遠方の地面に転がり落ちる。
先ほど壁に叩き込まれたウイカも、気絶したまま目を覚まさないでいた。
「なんだ。なんなんだこれ……」
頭の中がぐわんぐわんと鳴っている。
メアリさんは残りの寿命を知らされて、それでも戦う決意をした。彼女の強い意思。俺は彼女を守って、共に戦うことを心に決めた。
ドロシーさんとも、前よりは距離が縮まったと思う。唯一の門下生として認められつつある自覚があった。仲良くなれば、きっと四人のフォーメーションも上手くいくと思っていた。
そしてウイカ。俺は彼女のために此処まで来た。あの子が危険な目に遭って、それでも獣魔と戦うと言うのならば、せめて俺は隣に並び立ちたいと思っていた。
なのに。得体の知れない敵を相手に、こんなに一瞬で。
すべてが瓦解するというのか。
「あ、ガぁ……ッ!」
俺の中で何がが揺れている。頭の中に、誰か分からない何者かの声が響き渡る。
いや、こいつは前にも――
「完全ナル目覚メハ、近イ」
完全なる、目覚め?
「怒リニ身ヲ任セロ。オレナラ、出来ルダロウ?」
「……ああ」
誰かは分からない。
だがこの声に従ったら、俺はあの男を討ち倒せると思った。
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