第12話 分かり合うこと
「これが、私とスザンナの記憶。――思い出になるという、呪い」
ウイカが刻々と話すのを、俺は黙って聞いていた。
魔法少女が元来持つ運命について、改めて感情を揺さぶられる感覚がある。
今までだってウイカが危険な目に遭うところには居合わせていたし、俺自身危ない思いもした。けれど、本当に命を落とす場面を見たことはない。だからどこかで、死について軽く捉えていたところがあったのかもしれない。
亡くなったウイカの相棒、スザンナ・バックランド。その名前が妙に生々しく、記憶に刻まれた。
それと同時に、ドロシーさんやメアリさんの態度について分かったことも大きい。俺は自分でも意外なほど、冷静に話を分析しようとしていた。
ウイカのこともまた一つ詳しくなれた気がする。
俺と出会った当初のウイカは、他の人との関わり方についてかなり苦労していた。口下手で感情表現が苦手な子だとばかり思っていたが、まさか彼女自身が一度は他者との関わりを捨て去ろうとしていたとは。
「話してくれて、ありがとな」
ウイカに向けて言うと、彼女は無表情なままコクリと頷く。
そのポーカーフェイスの下で複雑な感情を抱いていることは、想像に容易い。
「しかし、そうか。……ドロシーさんたちとの溝は、思ったより深いなあ」
「別に。変わる必要はない」
これはどんな思いかすぐに分かる。強がりだ。
スザンナさんという少女は、多くの魔法少女たちの心に刻まれた存在だった。ウイカにとっての俺や真凛、幸平がそうであるように、彼女らにとって日常の象徴で、良い思い出になった少女。
それを見殺しにしたと見做されているウイカ。強がっているが、彼女自身もスザンナさんの死を悲しみ、嘆いている。なのに言い訳もせずに周りの目から耐え続けるなんて、辛かったに違いない。
「たぶん、さ」
「?」
不意に、俺は予想を話そうと思い立った。励ましたい思いが口をついたのかもしれない。
ウイカがこちらに疑問の目を覗かせる。
「時間も経ってる。本当にウイカが悪いわけじゃないって、ドロシーさんたちも心の何処かでは分かっているはずだ」
ウイカ自身が手を下したのならともかく、彼女は共に戦って傷ついている。その場面をドロシーさんとメアリさんはその目で確認していたのだ。
伝聞だった他の魔法少女は分からないが、二人はウイカの事情を理解しているはず。ただ、それでも友人の死を責める相手が欲しかっただけ。
ドロシーさんやメアリさんは俺よりもウイカとの付き合いが長い。彼女の性格や行動を見抜けないわけがない。そう信じたいだけかもしれないが。
「ちゃんと話せば、きっと信じてもらえると思うんだ」
なるべく明るく聞こえるよう俺は取り繕う。こちらの言葉に、ウイカは複雑な表情をしていた。
なんだかんだで強情な少女だ。今さら二人に事情を説明して、関係を修復しようとするのは躊躇われるのかもしれない。
「私は」
少し表情の緩んだウイカが吐露した。
「自分を責める気持ちと、どうしようもなかったって気持ち。両方ある。最初から全力を出していればウンディーネを倒せていたけれど、元から魔力をセーブして戦うスタイルの私が、そうなることは無かった」
「結果論だったってことだよな……」
「でも、仕方がなかったなんて言えない。みんなスザンナのことを好きだったのに」
相棒を喪ったことでウイカは自罰的になっていたが、どうしようもなかったという気持ちも抱えている。
それでも自分を律してきたというのは凄いことだ。俺は彼女の精神力に感心する。
「ウイカ、一人で抱え込むなよ」
二人に事情を説明して、共に戦う道はまだ残されている。決してあり得ない選択肢じゃない。だから一人で抱え込まず二人にも相談しよう。
そういう意味で言ったのだが、ウイカは予想外の反応を示した。
「じゃあ」
言うや否や、彼女は俺の背中側に腕を回して、胸にそっと顔をうずめる。
「う、ウイカ!?」
「……イサトに、頼ってもいい?」
珍しく弱気な口調になったウイカが、ぎゅっと力をこめる。俺は緊張と気恥ずかしさで頭が回らなくなっていた。
伝わってくる彼女の体温を受けて、俺の心臓が素早く脈打っているのが分かる。顔の位置的に、ウイカにも鼓動を聴かれている気がして余計に恥ずかしい。
このシチュエーションなら、彼女の体を抱きしめ返してやるのが漢気だと思うのだが……すまん、ヘタレで。俺は腕の所在無きまま固まることしかできないのだった。
それでも、何とか言葉だけは答える。
「もちろん、事情が分かったんだから出来る限り協力する。二人とも話してみるよ」
「ありがとう」
感謝の言葉と共に、彼女は顔をあげて僅かに微笑んだ。
強く気高い戦闘員の癖に、こうしたふと見せる表情が子どもっぽくて何処か放っておけない。彼女を守ってあげたいと改めて感じたが、それ以上になんだか今日は妙な気分だ。
ウイカの体が俺から離れる。伝わっていた温もりが遠ざかることに、異様な寂しさを覚えた。
なんとなくバツが悪くなって、しばらくしてから俺たちは部屋に戻った。
ウイカも安心して眠れているといいな。ぐっすり寝息を立てている幸平の横で、俺もようやく睡魔に襲われる。
この旅行は、想定以上にウイカの心を氷解させる良いきっかけになったと思う。願わくば、今日という日が彼女の中でずっと良い思い出になってくれればいいんだが。
そして、気づけば翌日。
特に時間も決めず、それぞれのんびりと起床。使った生活スペースの掃除や身支度を済ませて、昼過ぎに別荘を出た。
一泊二日の慌ただしい旅行ではあったが、幸平や真凛のおかげで気持ちの整理ができた。路線バスの車内で揺られながら、この短い旅に感謝する。
明日からはまたドロシーさんの下で特訓だ。それが俺の日常、今やるべきこと。
二人に話をしなきゃいけないな、と俺は決心を固めて帰路に着いた。
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