第11話 心に刻まれる

 そこへ、突然第三者の声が響き渡った。


「そんな、スーちゃん!」


 驚いて視線を向けると、ドロシーとメアリが扉を使ってスペルフィールドに現れていた。

 彼女たちは別の国の魔法少女で、この場所に来ることは普通ならあり得ない。

 だが、ドロシーがスザンナのことを気にかけて独断専行してきたことはすぐに分かった。


「スーちゃん! しっかりして!」


 駆け寄ったドロシーがスザンナの体を抱き起こす。ぐったりとしたスザンナは僅かに身じろぎしたが、もはや反応することすら苦しそうだった。

 隣のメアリがチラりとこちらを見る。


「……ウイカ、あなた」


 言いたいことは分かっている。

 たしかにウンディーネは、私にとって属性相性の不利な敵だ。けれど、怪我をするよりも前に最大火力で魔法を放っていれば、苦戦することなく早々に決着を着けられたはずの相手。

 私が油断したからだ。魔力の膨大な消費を躊躇った。


「メアちゃん!」

「よくもスザンナを……!」


 怒るメアリが、水魔法をありったけの力でウンディーネに撃ちこんでいく。

 同属性の対決は決して部の良い勝負ではない。けれど怒髪天を衝くメアリの攻撃は圧倒的で、単純な物量で相手を圧し潰していた。

 ウンディーネが明らかに狼狽している。二人の登場によって形成が覆ったことに恐れを抱いているように見えた。

 ドロシーも動く。


「相手の動きを封じる」


 土魔法のドロシーが、周囲の地面から泥を集めてウンディーネに放つ。

 全身が水で出来たウンディーネは不純物の土がぶつかるたびに黒く変色し、その重みでだんだん動きが鈍っていった。

 そこに、メアリの追撃が襲い掛かる。


「殺す! お前だけは!」


 水の特大砲撃がウンディーネを貫いた。相手の再生速度をも上回る質量の暴力により、その体が跡形もなく消し飛ばされる。


「握り……つぶす!」


 ドロシーが敵の体内に混ぜ込んだ泥を操って、飛散した敵の水滴を爆破。ウンディーネの体が塵となって消え去っていく。

 魔力反応が消滅。あっという間に大局は決した。

 血の流れる自分の体に虚しさだけを噛みしめる。体から力が抜け、その場に倒れ込むことしかできなかった。

 戦闘が終わったドロシーとメアリが、再びスザンナの元へ駆け寄っていく。


「スーちゃん! スーちゃん!」

「そんな……スザンナ!」


 二人の呼びかけに彼女は応じない。

 消滅したウンディーネの光が私とドロシー、メアリの魔力を回復させても、それをスザンナが吸収することは、もうなかった。

 深く長い沈黙。


「……帰ろう」


 誰からそう告げたのか、魔力を吸収したことで動ける程度に回復した私とドロシー、メアリの三人は、スザンナの遺体を抱えて本部へと帰還した。

 待っていたのはジェラルド司令の叱責。けれど、それは私にではない。


「ドロシー、メアリ。無断で担当外の国に出撃したのは違反行為だ」

「でも司令! あたしたちが行かなかったら、今頃――」


 ドロシーが言い返そうとするが、司令の視線は冷たかった。


「お前たちが着いたところで、スザンナは死んでいた」

「それは……」

「ウイカが本気を出していなかったからで、私たちのせいじゃない!」


 メアリも思わず反論し、こちらに鋭い視線を向けてくる。

 私は何も言わなかった。相棒を守れなかった罰は受けるつもりだったし、周りからの目も仕方ないことだ。

 何より、メアリの指摘は自分でも痛感している。私が最初から、自らの命をセーブせずに全力で挑んでいれば、ウンディーネなんて目じゃ無かったはず。

 それでも、ジェラルド司令は淡々と告げる。


「スザンナ・バックランドは魔法少女だ。彼女の命は組織のために正当に使われたに過ぎない。だが、お前たちの無断出撃は組織のためではなく、私情だ。……反論はあるかね?」


 あまりにも事務的な返しに、ドロシーとメアリは黙り込むしかできなかった。

 そして、一切責められない私もまた居場所のなさを感じる。いっそ罵ってくれた方がマシだ。

 けれど、この考え自体がおかしいのだと気づかされる。

 魔法少女はその命を捧げて世界のために戦う。スザンナも規律に準じて死んでいっただけ。これまでの子たちと同じように、彼女の死も労わる必要のない当然の出来事に過ぎない。

 それがこの組織の、アザラク・ガードナーの在り方。みんなそれを理解しているはずだった。

 なのに私たちは今、その事実を受け入れられない。


「ウイカ・ドリン・ヴァリアンテ。君には新しいバディを選出する。追って通知するまで待て」

「……司令」


 次に向けた事務的な指示に、私は意見を挟む。


「日本の獣魔は今も出現頻度が低いままです。気持ちの整理がつくまで、一人でもいいですか」

「任務遂行に支障がないならば、構わない」

「ありがとうございます」


 あっさりと提案は通った。

 こうして私は施設内でもかなり珍しい、単独の魔法少女になったのだ。

 ドロシーとメアリが忌々し気にこちらを見ている。スザンナを守れなかった癖に、一人でやるなんて生意気だ。……そう思われているのはすぐに分かった。

 私は何も言わずに、司令部を後にする。


 ○ ○ ○


 その日から、周りの態度は一変した。

 元々私は他者との交流が得意ではない。必要もないと思っていた。スザンナの付き添いから他の魔法少女と会話するようになっただけで、それが元に戻っただけのこと。

 けれど、周囲の目は変わってしまった。

 あの、誰もが愛するスザンナを見殺しにした最低の魔法少女。

 それが私の評価になった。

 スザンナの影響はそれだけ大きかったのだと実感する。多くの魔法少女が、おそらく初めて「仲間を喪った」という喪失感に襲われているのだ。これまでは相棒が亡くなったとしても、魔法少女の責務を全うしただけで悔やむことはないと誰もが思っていたはず。

 彼女は、多くの魔法少女たちにとってのだ。

 おかげで周囲の恨みは私に募っていたが、構わない。暫くは他の魔法少女とバディを組むつもりもなかったし、一人は気楽だ。


「あ。……ウーちゃん」


 何日ぶりか、ドロシーと施設内ですれ違った。

 彼女はなるべく明るく、スザンナがいた時と同じように接してくれようとしている。


「スーちゃんが死んだのは、ウーちゃんのせいじゃない。あたしたちだって間に合わなかったんだし、気にしちゃ駄目だよ」


 それは励ましのつもりなのだろうか。彼女の言葉が耳からすり抜けていく。

 だって、顔に書いてある。スザンナが死んだのはお前のせいだと。他の魔法少女たちと同じ、いやそれ以上に彼女と親交のあったドロシーが、私を許せるはずがない。


「ねえウーちゃん。あたしは……」


 心にもない言葉を重ねようとするドロシーは、痛々しくて見ていられなかった。

 私は彼女を一瞥すると、その場を離れて自室に戻る。背中に私の名を呼ぶ声が響いていたが、振り返ることはしなかった。

 バタりと部屋のドアを閉めて、鍵を掛ける。


「スザンナ」


 自分のベッドに倒れ込み、思わず彼女の名前を呼ぶ。

 一人になった部屋は随分と静かだ。あの子がいた時は、こちらが関わろうとしなくても何かと話しかけてきて、随分と騒がしかったから。

 瞳を閉じると、彼女の色々な表情が思い浮かぶ。あまり好きなタイプではなかったのに、この数ヶ月が濃密すぎて、思い出だけは色濃く残ってしまった。

 けれど私は泣かない。泣くことはできなかった。

 どこかでまだ、魔法少女とはそういうものだという考えがあったから。

 そうだ。存在意義を忘れてはいけない。


「私は、獣魔討伐部隊“アザラク・ガードナー”のウイカ・ドリン・ヴァリアンテ」


 この命を、組織のために捧げると誓った者。

 そのために障害となる感情なんて持たない方がいいのだと、私は胸に刻んだ。

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