第2話 エリザベスの選択
彼の言葉に、わたしは生まれてはじめてというくらいに大きな声を出しました。
なぜって、本当に驚いてしまったんですもの。
ずっと家に閉じこもってばかりいたわたしがスター流に?
何かの冗談かと思いましたけれど、不動さんの目は真剣でカレンダーの日付を確認しても4月1日、エイプリルフールではありませんでした。
けれど、どうしてわたしを?
その疑問の答えは不動さんが教えてくれました。
「お前はスターに手紙を出しただろう」
「手紙……? そういえば……」
思い出しました。
ひと月ほど前にダメ元でスター流の創設者であるスター=アーナツメルツ様に一目だけでもお会いしたいと手紙を書いたのです。
病弱で後がないこと。家族が全員亡くなってしまったこと。
そして生まれ変わったらヒーローになりたいこと。
他人が聞いたら同情を誘う汚い手だと思われるかもしれません。
けれど、わたしは生きている間に誰かに身の上を伝えたかったのです。
もしかすると願いが叶うかもしれないという万が一の可能性にかけて……
けれど、スター様は多忙だとも聞いています。手紙は届かないかもしれない、届いてもゴミ箱行きかもしれないと思っていましたけれど、不動さんが来てくれたのです。
わたしの行動は決して無駄ではなかったのだと、心から安堵しました。
もっとも、天に召されるという絶望があまりにも強かったので、先ほどまで手紙の存在を忘れてしまっていたのですけれど。
心の中で言い訳をしていますと、不動さんが太く鍛えられた右腕をわたしに差し出しました。
「行くぞ」
「あの、どこにでしょうか?」
「スター流本部に決まっているだろうが。説明はあとだ」
苛立たし気に言う彼とは対照的にわたしの心は舞い上がっていました。
スター流本部はスター様の経営するスターコンツェルンビルの中にあります。
世界の大企業として君臨するスターコンツェルンに入れるだけでも光栄ですのに、憧れのスター流本部にまで足を運ぶことができるなんて。
ああ、神様。わたしはもう天へ召されてもかまいません。
「馬鹿なことを言うな。お前が天国行くことなど俺が許さん。いいな」
「は、はい……」
不動さんの手を握りますと、空間が高速で動き出しました。
ちょうどエレベーターが上昇するような感覚と表現したらわかりやすいでしょうか。
それが終わりますと、気づいたときには見知らぬ場所に立っていました。
「ここは……?」
周囲を見渡してみます。
赤の高級な絨毯が敷かれた広々とした部屋で、観音開きの扉があります。
部屋の奥を見てみますと机がひとつあり、その手前にひとりの男性が立っていました。
キラキラと輝く青い瞳に波打つ金髪、表情は陽気さに満ち溢れた方です。
こげ茶色のスーツがピカピカと輝き、とてもお洒落です。
まさか、あの方は。
涙で視界がかすみそうになる中、男性が明るい声を出して手を広げました。
「ようこそ! エリザベス=フォン=タルトレットちゃん!
わたしがスター=アーナツメルツだよ! 会えて嬉しいね! 不動君はどうやら間に合ったようだね!」
わたしは夢を見ているのでしょうか。
それとも、これは現実?
感動で震えが止まりません。
ずっと憧れ続けたヒーローたちの頂点に君臨する方が同じ空間にいるのです。
「スター様っ!」
気づいたらわたしは彼にダイビングハグを決行していました。
温かい身体に包まれて言葉にできない幸福感に浸っていますと、スター様は言いました。
「希望というのは素晴らしいね。さっきまで今にも死にそうだったのに、こんなに元気になるとは」
「スター様。わたし、嬉しくて死にそうです!」
「ハハハハハハハ。それは光栄だね。それじゃあさっそくきみをここへ呼んだ理由を話すことにしよう。不動君、お茶を――紅茶を用意してくれたまえ」
「断る」
不動さんの拒否にスター様ががっくりと肩を落とし。
「仕方ない。ジャドウ君に淹れてもらうとしよう」
スター様が指を鳴らしますと、アンティークの丸テーブルと向かい合った椅子が出ました。
魔法でもつかったのかもしれません。何しろ彼は全知全能といわれるような方ですから、これぐらいのことはブレックファースト前にできてしまうのでしょう。
椅子は白く豪華な作りで、わたしの家にあるものより高価かもしれません。
スター様に促され席についたわたしは、改めて彼と向き合います。
「お茶がくるまでもう少し待ってもらえるかな。とびきりおいしいはずだから」
「はい。いつまでもお待ちします!」
ついさっきまでの絶望が嘘のようです。
これから何が起きるのかとワクワクしていますと、スター様が口を開きました。
「いつまでもは無理だろうね。きみの命はあと一時間しかないから」
この方、明るい口調でとんでもないことを言われました。
一時間しか寿命がない?
スター様の言葉が何度も頭の中で繰り返されます。
信じたくはなかったものですから、つい言ってしまいました。
「スター様はご冗談がお上手ですね」
「いや、本当のことだよ。きみは元気そうに見えるけど、それは一時的のことで相当に衰弱が進んでいるからね。だからこそ不動君に頼んで連れてきてもらったんだ。
きみのような人材を失うのは惜しいからね」
ニコニコしながらスター様が語りますと扉が開いて、ひとりの老紳士が銀のトレーにティーカップをのせてやってきました。
白髪のオールバックに白く立派な口髭、骸骨のようにガリガリに痩せた体に昔風の白い軍服を着ています。
全身が白一色みたいな方ですが瞳は黒く、冷たい光を放っています。
「スター様、紅茶をお持ちしましたぞ」
「ジャドウ君、ありがとう!」
「この方が……」
ジャドウ=グレイさん。先ほどわたしを招待してくださった不動さん(いつの間にか部屋から出て行っていました)と並ぶスター流の最高戦力のひとりで、冥府王の異名があります。
その名に相応しく、あまりにも残忍冷酷に悪を潰し、仲間さえも平気で裏切ることから噂の絶えない人物だとヒーロー専門の雑誌には書かれていますが、スター様に対する忠誠心だけは絶対とも言われています。
彼は熱々の紅茶が注がれたティーカップを机に置きますと、わたしを一瞥して煙のように部屋から去っていきました。
一言もわたしに対して口を利かなかったところを察するに、疑われているのかもしれません。
わたしは紅茶に軽く息を吹きかけて冷ましてから口に含みます。
「おいしい……とても香り高くてリラックスします。とても、ジャドウさんが淹れたとは思えないです……」
「だろうね。彼の紅茶を飲んだ人は必ずそう言うよ。さて、本題に入ろう。とにかくきみには時間がない。だから、わたしはきみの寿命を延ばすプレゼントをあげることにしたのだよ!」
ウキウキとした様子で彼が机へ歩いていき、引き出しから持ってきたのは小さな宝箱でした。わたしが見えるように向けて中を開けますと、そこにはたくさんの色付きキャンディーが入っていました。
「きみも知っていると思うけれど、このキャンディーはわたしの流派を卒業する資格を与えたものでしか食べることのできない『超人キャンディー』だよ」
超人キャンディー。
スター流の中には生まれつきの超人とそうでない者がいて、後者はそれを食べることで超人的な肉体と特殊能力、永遠の寿命を経て本格的にヒーローとして活動できると聞いたことがあります。
不老長寿になれるのですからこのキャンディーを手に入れるために、世界各国の大統領や首相、王様まで様々な地位にある人々がスター様に頼みましたけれど、彼はあくまでも世界平和のためと常人にはリスクが高すぎるという理由でずっと断り続けていたのです。
超人になった者は人類の歴史の中でも極めて稀で――それだけスター様の与える修行が厳しいという事情もありますが――確かめる術がなく伝説とされてきたキャンディーの正真正銘の本物が目の前に置かれて勧められている事実に、わたしはめまいを覚えそうになりました。
どうやら、不動さんが言った言葉は本当だったのかもしれません。
スターさんは宝箱の中から特に白いキャンディーを取り出して、わたしの掌に落として言いました。
「一時間後に君が死ぬと言ったのはジャドウ君でね。彼の予言は基本的に外れない。
わたしが介入しない限り。このままだときみはあと三十分で死んでしまうけれど、このキャンディーを食べたら救われるよ。どちらを選ぶかはきみの自由だから後悔しない選択をするといいだろうね」
穏やかに朗らかに輝く瞳でわたしを見つめて語るスターさんにわたしは決心しました。
「わたし、ヒーローになります!」
「おめでとう! きみは今日から我がスター流の仲間! 大切な弟子だよ!」
「ありがとうございます、スター様!」
こうして、超人キャンディーを食べた(用意されていた水で流し込みました)わたしは、ヒーローとしての第二の人生を歩むことになりました。まったく新しい自分になるようなものですから、実質生まれ変わったと言っても決して過言ではないでしょう。
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