深窓の令嬢、治癒能力者になる。
モンブラン博士
第1話 お迎えは突然に。
「おめでとう! きみは今日から我がスター流の仲間! 大切な弟子だよ!」
「ありがとうございます、スター様!」
タルトレット家の令嬢らしくお辞儀をして、尊敬するスター様からキャンディを頂いたわたし――エリザベス=フォン=タルトレットは勇気をふりしぼって飲み込みました。
これを食べたらもう、普通の人間として生活することはできません。
不老長寿の肉体を経て、世俗を捨ててスーパーヒーローとして活動しなければならないのです。
けれど、わたしは最初から覚悟はできておりました。
幼いころから病弱で家に閉じこもりがちだったわたしには友達と呼べる人はいません。
あえて表現するならば、本とテレビだけがお友達だったのです。
愛する家族も流行の病によって命を落としてしまい、皮肉なことに最も身体の弱かったわたしだけがタルトレット家における唯一の生き残りとなってしまったのです。
最初はどうして自分だけが生き残ってしまったのかと責めました。
けれど、それは病の感染を防ぐために両親と祖父母がわたしを別荘に隔離していたからだと知りました。
朝昼晩は宅配のサービスで食事が届けられましたし、屋敷のお掃除も専門の業者の皆様がこなしてくれましたので不自由はなかったのですけれど、外に出ることだけは叶いませんでした。
広い別荘ですし本も山ほどありますけれど、夜はひとりで眠らないといけず、本当に寂しく怖い思いをし続けていました。
十七にもなってひとりで眠れないなどといったら同年代の方々に笑われるでしょうけれど、それほどわたしは話し相手に飢えていたのです。
外から見れば立派な豪邸で何不自由のない金持ちに見えるかもしれません。
けれどわたしにとっては牢獄も同然でした。
同じ年の子供たちとも遊ぶことも、勉強することも許されず、家庭教師から与えられた課題を解いて本を読み、テレビを見るだけの日々。
それ以外に楽しみと呼べるものはないのです。
身体は使わないと衰えていくといわれますけれど、わたしも例外ではありませんでした。
家族はわたしのためにと用意してくれた別荘での生活が逆にわたしから気力も体力も健康も奪っていたのです。
けれど、それをどうして家族に言えましょう?
彼らはわたしのことを心底から愛し、行動してくれているのです。
そんな彼らに文句を言おうものなら、それこそ神様からの天罰が下るでしょう。
今がどれほど辛くとも、苦しい時間は終わりを迎えると信じていました。
あまり健全な考えとは言えないかもしれませんが、わたしは自らの最期を悟っていたのです。
このまま身体が弱っていき、孤独のままに天国へ行くのだと。
食欲も落ち、ベッドで過ごすことが多くなったわたしは、来世のことを考えるようになりました。
今の世は諦めていたのです。
近頃は異世界転生なる小説のジャンルが有名だと、風の噂で耳にしたわたしは小説を寄り寄せ、山のように読むことにしました。
幸いにして時間だけはたっぷりとありましたから。
物語の主人公たちはわたしと変わらない年齢の少年少女たち。
不遇な前世をすごした彼らは神様の手によって素晴らしい容姿と能力を与えられ、異世界で前世の不満を晴らすかのように大活躍を遂げるのです。
彼らの物語を読んでいる間に、わたしの心にもいつしか希望が生まれてきました。
客観的かはともかくとして主観的には本当に寂しく辛く苦しい人生を歩んできたわたしは十分に転生者としての条件を満たしているはずです。
ですからきっと神様は心から同情してくださり、転生する際には健康な体と特別な能力を与えてくださると信じていたのです。
もしも願いが叶うならば、わたしはヒーローになりたいと思っていたのです。
災害や悪い者たちから善良で弱き人々を守る存在になりたかったのです。
きっかけはテレビで見たニュース番組でした。
そこでは全世界から称賛と尊敬を集めているスーパーヒーローたちの特集をやっており、大津波から人々を救い出す様子や落下してきた高層ビルを軽々と持ち上げて危機を回避するヒーローたちの姿が映されていたのです。
特集によると彼らはスター流と呼ばれる流派の出身で、そこで鍛えられた者たちは永遠の命と超人的な肉体を与えられ、人々のために尽くすことができるとのことでした。
この特集を見た瞬間から、わたしの夢は決まったのです。
たとえ来世であろうとも彼らのように地球の平和を守るヒーローになる、と。
しかしながらテレビで華々しく活躍する彼らとは違って――わたしの現実は悲惨でした。
次々に家族が亡くなり、最期の瞬間を看取ることも会話もできず別荘暮らしを強いられていたのですから。
理想の現実の落差はあまりにも大きく、わたしは泣いてすごすばかりでした。
そして体重も減って、髪の手入れも着替えることもやめて、ぼんやりと天井だけを眺めてお迎えがくるのを待っていました。
異世界転生、いえ、そもそも転生の概念が英国人であるわたしに適応されるかはわかりませんが、親切な神様がいらっしゃるのならば喜んでわたしを転生させてくれることでしょう。
だんだん弱っていく身体と静かな戦いを続けていたある夜のこと。
彼がわたしの部屋にあらわれたのです。
猛禽類のごとく鋭く冷たい瞳に、端正ながらも凶悪さ漂うお顔。
極限まで鍛え上げられた上半身の筋肉を晒し、迷彩色の長ズボンにブーツ姿の殿方。
長く艶のある茶色の髪が開け放たれたバルコニーから入る風で揺れています。
間違いなく、わたしが最も憧れたヒーローのひとり、不動仁王(ふどうにおう)さんでした。
夢でも幻でも構いませんでした。
彼がわたしの部屋にいるということが嬉しく、感動していました。
もう、何年ぶりの――いえ、もしかすると別荘に移ってはじめての来客でした。
彼はわたしに鋭い眼光を向けると、太く低く響く声で言いました。
「ガキ。お前を迎えにきた」
「ありがとうございます。転生する覚悟ならすでにできております」
「転生? お前は何か勘違いしているようだな」
どうも会話がかみ合っていません。
彼は不動さんの形をした神様で、わたしを異世界転生させるために現れたのではないのでしょうか。
その旨を伝えますと彼は眉間に深い皺を刻み込んで言葉を続けました。
「俺がスターの指示で派遣されたのは、お前を仲間に加えるためだ」
「えっ……ええええええっ⁉」
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