【急募!】 プラモデル お尻 取り出し方

諸星モヨヨ

第1話

「それ、呪いちゃうか?」

 女は、注文したコーヒーに角砂糖をこれでもかと入れながら呟いた。十数個の糖塊は溶け切らず、真っ黒な湖面からテトラポッドのように顔を出している。

 松原まつばら 美空みくはそれを見て、苦笑いした。

「やっぱり、そうかな……」

「だって、もともとおったアパートも引っ越して、それ以降その嫌がらせの手紙とかも来てないんやろ?」

 美空は頷く。

「今のマンションはオートロックで、多分相手も部屋の番号までは把握してないはず……」

「ほらな? それにあんたのいう、その“気配”とか“臭い”とかは、ストーカーのレベルちゃうやろ」

 スプーンでがしがしと砂糖の氷河を崩して言う女に、美空は黙って頷く。

「やったら、可能性は二つに一つや。あんたの頭がおかしくなったんか、それとも普通じゃありえへん現象が起こっとるか」

「びょ、病院には一応行った。ノイローゼって診断れたけど、これ……」

 美空はそう言って、カーディガンの袖をまくってそっと右腕を女に見せた。

 女はコーヒーをかき混ぜて、何かを見つけた子供のように笑う。

 右腕の肘の下、前腕の付け根当たりに紫色の痣があった。

 痣は中央から、5つほどの枝に分かれて広がり、見ようによってはまるで大きな男の手で握りしめられたような跡にも見える。ほんの数日前、夜半に激痛を覚えて飛び起きた時にできていた傷だった。

「これ、身に覚えが無くって、本当に。ぶつけてもないし、何かにこすったりとかも……」

「分かっとるって。だから、ウチに相談してきてくれたんやろ?」

 美空はもう一度頷いて、女を見た。


 女――九条くじょう 千尋ちひろを紹介してくれたのは、大学の先輩だった。ストーカー被害。そしてそれだけでは説明しきれない奇妙な現象の数々。

 “じゃあ、九条に相談するといいよ。あの子、お祓い出来るから”、話を聞いてくれた先輩はそう言った。

 話では、霊感が強く、アルバイトとして憑き物落しのようなこともやっているという。

 “あの子の力は本物”

 そういう触れ込みだった。

 お祓いや霊感という言葉から、暗く硬いイメージを持っていた美空は、関西弁で快活に話す千尋に一瞬で気を許すと同時に、彼女が持っているというその“力”に幾らかの疑問も抱いていた。


 千尋は、もはやコーヒー入り砂糖と呼んでもいいその飲み物を口に運び、尋ねた。

「そもそも、その男、なにもんなんや?」

 美空は一呼吸置いた後で、口を開く。

「……ガレージキットって知ってる?」

「その男の名前か? ビリーザキッドみたいな」

「いや、そうじゃなくて……ガレージキットっていうのは、手作りのプラモデルのこと」

「プラモデル?」

「ほら、プラモデルっておもちゃ屋さんとかが作ったものが売ってるでしょ? 正規品っていうのかな……ガレージキットっていうのは、そういうのじゃなくて、個人がゼロから作ったプラモデルの事なんだけど」

「ふーん、ようわからんけど。で、それがどうしたんや?」

「だから、そのガレージキットの即売会で出会ったの。フリーマーケットみたいな」

 千尋は眉をしかめて、コーヒーを飲む。

「戦空機動ガンビット、ってアニメ知ら……ないよね」

 千尋は黙って当然と言うように首を縦に振った。


 戦空機動ガンビットは1979年に放送されたロボットアニメだ。その存在を美空が知ったのは1年前。深夜に再放送されていたのをたまたま目にしたことが、全ての始まりだった。

 戦空機動ガンビット第28話「血に染まる関門海峡」。この回に出てくる巨大ロボット、メザ・ゴンドに美空は心を打たれた。

 画面いっぱいに暴れ回るメザ・ゴンドを呆然と眺めた美空は……

“欲しい”

 その感情だけでいっぱいになった。

 すぐさま、プラモデルやフィギュアを探した。が、当然数十年前のマイナーアニメの商品が出ているはずもなく、当時の玩具スポンサーであったスペードという会社も当の昔に倒産してしまっていた。

 そうして見つけたのがガレージキットだった。とある物好きのマニアがメザ・ゴンドのプラモデルをフルスクラッチし、販売していたのだ。

 調べると、ガレージキットの即売会というものが存在し、そこでのみ購入することが出来るとのことだった。

 慣れない即売会。サークルスペースを見つけるのに戸惑い、やっとのことたどり着いた時には既にメザ・ゴンドは完売していた。

 落胆する美空に声を掛けたのが、サークルの代表。韮元にらもと たくだった。


「なるほど、そのプラモデルのオタクさんが、あんたをストーキングしてたっちゅうわけか」

 美空は点頭する。

 彼は本来なら受注はしていないが、同じガンビット好きのためなら一肌脱ぐと、快くプラモデルの制作を引き受けてくれた。

「最初は、制作の進捗状況の報告ってことで、喫茶店であったりしてたんだけど、次第に頻度が上がって、場所もレストランとかになったりして」

「んで、ある日とうとう、告白されたっちゅうわけか」

 レストランからの帰り道。突然抱きしめられたのを美空は思い出す。男は一張羅を着ていたにもかかわらず、シンナーと有機溶剤の匂いを纏っていた。

「私的には、丁重に断ったはずだったんだけど……」

 ストーキングされ始めたのはその時からだった。

「ま、好きと嫌いは紙一重やからなぁ……」

 千尋は笑ってコーヒーを飲み干す。

「というか、そもそも、どうしてそんなアニメのプラモデルが欲しかったんや?」

 千尋の質問に美空は口をつぐんだ。


 “” とは、とても彼女には言えなかった。



つづく



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