なかはちッ!!

風若シオン

第1話 とある異端の文芸部員

       朝霞と春霞。

どちらも春の季語である。意味もほぼ同じ。


「ほにゃ霞、最寄り駅迄漂着す。

どっちにしよっかなぁ…春か朝か。」


西日が差して橙色に輝く床を眩しそうに気怠げな表情の男が歩いている。

霧影学園3Fの廊下で、その男は奇妙な独り言と共に歩く。

何事かを思案しているようだが、一体何を呟いているのか。

それはその男、

高校2年文芸部部長のなんちゃって俳句詠みである風知 流かざち ながる、つまり僕にしかわからない……

世界を切り取り、十七音で小宇宙を再構成する。

ちょっとした言葉の錬金術師――


「先輩、声に出ちゃってますよ。

そのクソダッサいモノローグ。」

「うぇっ!?まじか!?」


背後から音も無く後輩が迫る。

……聞かれちゃった、恥ずかしすぎる。

兼題句を考えているうちに口からカッコつけモノローグが出てしまっていたらしい……


「全く、こんなのと同じ部活なんて思われたら恥ですよ、恥」


高1の文芸部員、音無がその綺麗な長い髪を風に流しながら僕を置いてさっさと部室に向かう。


「……聞かなかったことにしてほしいなぁ」

「購買までダッシュする準備は良いですか?」

「うん、もう言いふらしてくれても良いよ金欠なんでね。

あれ、なんだか顔から熱い液体が…」

「まぁいつものことですもんね、そのキモいの。」


ガララ、ピシャッ。

先に入った音無にドアを閉められた。

後ろに僕、いるんですが(泣)

再びガララ。

ビミョーに建て付けの悪い扉をスライドさせて多目的教室A、我らが文芸部室に足を踏み入れる。


「うぃー、副部長サマがやって来たぞ…っ!?」

「んなワケねーだろ良く見やがれ!

意味伝わるはずだろーがァ!!!!」


バゴッ!!

室内から怒号と共に上履きが飛来。

後輩の容赦ない口撃に泣きっ面だった僕の鼻に、固いところが蜂のように刺す。

鈍い音を立てて僕の身体が投げ出され、地に伏す。

まーた騒いでるぞ、なんか回りくどい描写でもして伝わらなかったかのか?

芸術家気質とでも言うのだろうか、己の作品に自信が強く激昂しやすい短所があるが実際その作品はとても良いモノも多い男子部員、阿久津が暴れている。

暑苦しい。

悪態をつき立ち上がろうとしたその時、すらりとした姫路城もかくやと言わんばかりの白い脚が頭上をよぎる。

そのお御足は、何の他意もなさそうにただ部屋に入らんと踏み出される。


「危ねぇな!何しやがる!!」


踏まれそうになって慌てて立ち上がると、今度はその美脚の持ち主の投げやりな言葉が飛んでくる。


「あ、先輩でしたか。

床のシミと見分け付かなかったモンですみませんね、ってのは冗談、前見てなかった失礼。」

「わかれば良し!!」


今日二度目となる僕を憂き目に合わせた下手人、女子と見紛うばかりの美男子である黒崎は恐ろしく軽薄な言葉を投げる。

なんて地位の低い副部長でしょう、労基にでも訴えればいいのだろうか。


「また部長虐されてるの?かわいそーに。

まあ良いじゃん、あんたは

『その男が口を一度開けば最後、後に残るは泣き崩れる詠者のみ』

とか言われて知る人ぞ知る戦闘狂サマなんだからさ、たまには虐められてあげなさい」


机にぐだーっと突っ伏して世界史の教科書を捲りながら、僕と同じ高2の女子部員が最早優しく感じる内容の声をかけてくれる。

彼女は坂田、ショートカットに丸眼鏡と全体的に丸いシルエットだが、どこか不機嫌そうで鋭利なオーラをまき散らしているが実はただ常に眠いだけである。


とまあ、部屋に入るだけで一苦労な変人揃い、"霧影の動物園"なんて呼ばれたりする我が文芸部。

だがそんな部屋の喧噪も、僕が一度手を叩くと即座に研ぎ澄まされた静寂へと切り替わり、最後の夏、或いは初めての夏へと強い思いをその瞳に光らせる。


"文芸部活動内容 俳句甲子園での優勝"


黒板の隅に書き殴られた、活動目標の為に。


俳句甲子園。

それは、俳句自体の作品点とその鑑賞における攻守ディベートで判定される鑑賞点で勝負が決まる競技。

そこに挑む僕らは、日々句を詠み、鑑賞して推敲を繰り返しながら各々の能力を磨いている。

先に紹介した、音無、阿久津、坂田と、あと二人の部員がいる我が部のメンバーはそれぞれが違う作風を持つため、ぶつかり合うことも多い。

それでも切磋琢磨して、精緻な言葉の芸術を創り上げる芸術家達である。

そう、それがあるべき俳句をする者としての意気込みであろう。


……だが、僕は違う。

ディベートによる鑑賞、そこで勝つ為に句を作る。

本来欠点になるはずの構成を罠として、

指摘されるであろう反論を絞ったり、

タブーとされる"中八なかはち"

(五七五の七であるべき部分で八文字詠むこと。基本的に字余り・字足らずと違い許容されることは無い)

したりとなんでもござれな戦う為の句。

戦う為に作られたが故にそこには端正な美しさを擁する句を創ることこそを至上の喜びとする変態、それがまぁ、"戦闘狂"なんて呼ばれる僕である。


というわけで活動開始、部長として指示を出す。


「1日1鑑賞したかー?

今日の句は白鳥だったな。


『白鳥の埋め立て地にて佇みて』


えーと、阿久津の句か。」


1日1鑑賞。

毎日順番に部員がお題となる季語、兼題で俳句を詠み、それを全員で鑑賞して行う、俳句における"読解力"を養う練習。


「白鳥と埋め立て地っていう人工物で自然美と人工の歪さの対比があからさますぎる気がする」


「立っており、でコンクリの上で虚無顔してる白鳥浮かぶのは取り合わせ良い」


「まあ無難じゃね」



各自の感想が上げられてゆき、阿久津が愚痴る。


「白鳥はキツいなぁ……兼題ガチャ外れ!」


いや、わかるぞその気持ち。

この手の季語はえてして解釈が画一的になりがちである。


桜、や白鳥以外にも花火、向日葵など。

小学校などで俳句の授業があったりすると例に挙げられやすい季語達だ。

その印象の強さ故に句が量産型な雰囲気になってしまいやすく、そのまま風景描写などをすると俳句甲子園式のディベートにおいては面白みのなさや、より洗練された先人の句を引き合いに出されてしまうことが多い。


僕も鑑賞をするか、自分も大したもの作れないのに人の作品を指摘するのは気が引けるがお互いの為と割り切る。


「これさ、二物衝撃しようとしてるのに多分水場選んじゃって意味が近しいんじゃない?

とはいえ埋め立て地のありそうな場所っていうと、街のある三角州で河と海が交差するとこまでは浮かぶから

"景色が広がってから季語にズームイン"

っていう造りは悪くない気がする」


「たしかにそうだな……場所案考えるかぁ」


先述の問題点が起きにくく、"文学的"意味合いで面白さを出す手法、「二物衝撃」。

季語や句の主題となる語と全く関係のなさそうな言葉が並び、繋がっていないようで繋がる意味を持たせる描写がされることで味が出る手法。

とはいえ失敗するとただのナンセンスになってしまうのが難点である。


阿久津が使い倒してヨレヨレになった俳句ノートにペンを走らせる。

大体皆の話し合いが終わったようなので、次に進む。

ここからは僕の得意な戦場だ。


「よし、じゃあ即吟

(短い制限時間内に句を詠むこと)

して模擬試合するぞ!

兼題は皆苦手な桜シリーズ、"寒桜"!!」

「「「うげぇ…」」」


ブーイングが巻き起こる。

だよな!僕も即吟は苦手だ!!

が、苦手から逃げてると負けるので急いで構想を練る。

即吟の良いところは、速く詠まなければならないので鑑賞スピードを上げることにも繋がる点だ。

うーん、寒桜か。どんなのにしよ……

無意識に回していた赤ペンが視界に映る。

よし、これネタにするか。


 5分経ったので、皆の詠んだ句を黒板に書く。


①『寒桜我ロンギヌスなら筆箱に』

②『寒桜カラオケ帰りの夜道にて』

③『小テスト丸めて捨てる寒桜』

④『あの人のまた立っている寒桜』


それっぽい句達が出揃った。

あれ、1句足りなくね?


「あ、僕詠むの間に合わなかったので審査員に回ります」

「りょーかい」


黒崎が出してなかったか、だが責めることはできない。

なぜなら、大抵即吟した時に句を出せず審査員に回る数は僕が1番多いからである……


 ここから、赤チーム白チームに分かれて一句ずつ攻守を入れ替え質疑応答し、お互いの句の良いところを褒めて読解できていることを伝えたり、改善点を挙げたりと時間制限有りの鑑賞タイムが始まる。

貶し合いでは無い。

……が、ぶっちゃけ選手からすると自分の句の改善点を挙げられたりするとなかなか心に刺さる、ディベートによる文芸バトルである。

強豪校は、時間内に言いたいことを纏める能力がとても高かったり、圧倒的知識量で相手句の改善点を見付けるのが得意だったりとなかなかツワモノ揃いだ。

なので練習量による、仲間同士の誰が挙手して発言するか、どんな点から話題をスタートするかといった連携を上手く取れることもかなり大切であるので、模擬試合は欠かせない。

そして僕の得意技は、その鑑賞バトルを有利に進めるため、敢えて欠点に見える句の作りに意味を持たせて詠むことである。

姑息だが意外と有効、そしてその駄作にすぎなくなってしまうか罠となるかのバランス調節が楽しい、というのはただの個人の感想である。


というわけで。

いざ、勝負!!!!!!


(2話に続く)

――――――――――――――――――――

俳句甲子園のルールとか、どう表現するか難しい…

もし興味持って貰えたら、動画とかググってみて下さい!


※この小説は実在の学校、人物等とは一切関係のないフィクションです。

競技ルールや俳句に関する描写に誤りがあった場合作者の浅学によるものです、ご容赦ください…(^-^;

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