孤高の令嬢のストレス案件
Nale
第1話
━━最悪だ。
涙を震えた指で拭い、いかにも悲しんでいるとアピールするリリーを前にしてそう思わなざるを得ない。
正直言って私はこの女が大嫌いだ。
清純で優しくて誰にでも平等に接する理想の令嬢。
例え男爵生まれだとしても、そういった印象を持たせるために生活するのは決して悪いことでは無い。
しかしこの女、悪口を言われたとか嘯いた挙句男に泣きつくのだからタチが悪い。
そうやって他人の評価を落として自分は男に慰めてもらう。正直言って騙されるのは余程の馬鹿だとしか言えない。
けれど悲しいかな、その余程の馬鹿が今目の前にいる。
「また君かマーガレット! 何度リリーを貶すつもりだ!」
「いえだから、私は何も━━」
「いいのですコナー様、私はマーガレット様がわかってくれる日が来ると信じていますから」
「あのだから━━」
「ああリリー! 君はなんて心優しいんだ!」
ぶっ飛ばすぞお前ら。
……おっと、そんなことは口が裂けても言えない。
仮にも私は令嬢で、何よりこの男は信じたくは無いが、一応この国の王子なのだから。
しかしお世辞にもコナーの評判は良いとは言えない。
こんな女の上っ面しか見れない時点でお察しではあるが、学力も身体能力も並以下で、人を惹きつけるカリスマといったものもないとあれば妥当過ぎる評価だろう。
賢王と名高い国王から受け継いだのはキラキラとした金髪だけのようで、残念ながらその中身にはゴミが詰まっているらしい。
幼馴染として、そして親が決めたことではあるが婚約者という立場からの贔屓目があってこれなのだから、私以外からの評価など地の底なのは間違いない。
私としてはコナーの妹であるソフィア様が次の王になってくれないかと密かに思っている。
成長してから一度話す機会があったが、彼女ほど聡明で心優しい人はいないと思わせてくれるお方だった。幼い頃は天使のように可愛らしかったが、成長してからは知恵まで備えているとは隙がない。
国王に唯一不満があるとすれば、伝統を重んじ過ぎて長男以外に位を継がせる気はないことだろう。つまり将来は暗い。
「━━ということで、今度リリーにこんなことをしたら覚悟をしておけよ!」
「ん? あ、はいわかりました」
「なんだその態度は!」
なにやら喚いていたが、どうやらやっと話は終わったらしい。
これ以上この空間にいるとストレスが溜まりそうなので、さっさと庭にでも出て昼食を食べることにした。
♢
周りに人が少ないベンチに腰をかけて使用人が手によりをかけて作ってくれたお弁当を開く。
ここならあの二人と
「あー、私あんなやつと将来結婚するのかぁ……」
素を出してぼやくのも仕方がない。
リリーのせいで間違いなくコナーに嫌われている上、私としてもあんな男は願い下げだ。
いくら生まれが良かろうと最低限の品位というものを持ち合わせてほしい。
まぁ、こんなことを思っても結局は政略結婚。当人たちの意志は二の次なのだ。
場合によっては、その必要も無くなるのだが。
「はぁ……」
思わずため息を吐くと、近づいてくる生徒が視界に入った。
一瞬誰かと思ったが、顔を見て自然と姿勢が正される。
「そ、ソフィア様!」
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ、私は貴方の後輩なんですから。隣、座ってもよろしいでしょうか?」
「も、もちろんどうぞ……!」
柔らかい物腰に上品な物言いが心地いい。
この人がコナーと同じ家系なのがいまだに信じられない。本当に。
けれど、どうして私に話しかけてきたのだろうか。
「リリーさん、でしたっけ。あの方、最近お兄様に纏わりついていますよね?」
「そうですね、まるで金魚の糞━━すみません、不適切な言葉でした」
「ふふっ、訂正する必要はありませんよ」
恥ずかしい……ここにいるときは普段人と話さないから、素が出てしまった。
しかし訂正しなくていいとは、やはりソフィア様もリリーには思うところがあるらしい。
「実は、貴方に提案があって来たんです」
「提案ですか」
「はい、とても大切な話です」
「……聞かせてください」
真面目な表情で私を見つめるソフィア様。
どうやら言葉通りかなり大事な話をするつもりらしい。
「リリーさんはおそらく、お兄様に貴方との婚約を破棄させようとしています」
「それは……実は私も薄々思っていました」
「成程、やはり私の見込み通り貴方は優秀な方のようですね」
「ソフィア様にそう思ってもらえていたとは……光栄です」
リリーの立ち回りはリスクを大きく孕んでいる。
婚約者がいる男性にあんな態度を取るには相応の理由があるのは間違いない。
私も何度か理由を考えてみたが、一番あり得そうなのがソフィア様の言った通りのことだ。
つまりハイリスクハイリターン。
成功したら私という邪魔者を排除できるだけで無く、コナーの地位を利用することもできるわけだ。
普通なら成功するはずもない選択肢なのだが、
事実うまくいっているのだから、頭の痛い話だ。
「その様子だとわかっていながら受け入れるつもりのようですが……私としてはあのような女性が義姉になるのはお断りですし、将来好き勝手されるのも嫌です」
「それは確かに……ならば、是非考えを聞かせてください」
「ありがとうございます。そうですね……率直に言うと、最初はリリーさんを退学にしてしまおうかと思っていました」
「それは……簡単なことではないのでは?」
「そうですね、いくら非常識なことをしていると言っても仲の良い友達だとしらを切られては仕方ありませんし、証拠だってありません。だから私思ったんです」
ソフィア様はそこで一度言葉を切ると、私の目をしっかりと見て話を続けた。
「私がお兄様の代わりに王位を継いでしまおうと」
「……お言葉ですが、そう簡単にはいかないかと」
「確かにお父様は伝統にうるさい人ですからね。しかし方法はあります」
どうやらソフィア様には考えがあるらしいが、今ここでは全てを話してもらえそうにない。
けれどソフィア様の言ってることが本当なら大歓迎だ。コナーみたいな政治の『せ』の字も知らなそうな男が王となって問題が起きないはずがない。
「しかしソフィア様、私がお役に立てると思わないのですが……」
「そんなことありませんよ? それどころかこの件、貴方以外に頼む気は一切ありませんから」
そんな強い意志で語りかけられては、私としても悪い気はしない。それどころか誇らしく思う。
「ところでマーガレット様、話は変わりますが私のことをどう思っていますか?」
「どう、とは?」
「別に難しいことを聞こうとしてるわけではありません、素直な気持ちを教えてほしいのです」
「素直に気持ちですか……」
そんなことを聞かれると思っていなかった私は少しの間呆気に取られ、反応に困ってしまう。
しかし微笑んだままこちらを見つめるソフィア様は私の答えを待っているようで、私は考えの纏まらないまま思ったことを口にした。
「ソフィア様はとても聡明で、私の憧れでもあります。こうして実際にちゃんと話してみて、その気持ちは更に深まったと思います……あとはえっと、その」
話している途中で口籠もってしまう。
別に話すことが無くなったわけではない、むしろまだ言い足りないくらいだ。
しかし本当にこれを言っていいのか、失礼ではないのかと自問自答してしまう。
だが、誤魔化すのは許さないというソフィア様の視線が私を貫き隠すことは出来なかった。
「……可愛いと思います、すごく。幼い頃の天使みたいなお顔が一段と美しくなられて、もちろんですが仕草も愛嬌があって──って、すみません失礼なことを言って!」
多分今の私の顔は真っ赤に染まっていることだろう。
こんなことを言うとは、気分を害してしまったに違いない。
私が自責の念に駆られ死にそうになっていると、意外な言葉が返ってきた。
「私も、同じことを思っていました。遠くから見ていた貴方はお兄様のことでいつも難しい顔をしていましたが、ここにいる時は柔らかい顔をしていて、素敵ですよ」
「お、お恥ずかしいところを」
まさか見られていたとは……人気のないここなら誰も見ないと思っていただけに、思ったよりも気が緩んでいたらしい。
しかし合点がいったことがある。ソフィア様が私の前に現れたのは偶然ではなく、話すタイミングを窺っていたのだろう。
「ふふっ、私たち両想いなんですね」
「ご、誤解を生むような言い方をしないでくださいソフィア様!」
「誤解、ですか…………いえ、なんでもありません。今日はありがとうございました」
ソフィア様は何か思い出すように遠くを見ながら何かを言いかけると、立ち上がり背を向け歩き去ってしまう。
気づくともう授業が始まる時間が迫っており、私は急いで準備を始めた。
「しかし、何を言おうとしていたのでしょうか?」
ソフィア様が最後に見せた、寂しそうな表情が頭から離れないでいた。
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