死は救済というのなら。
珠ノ 海月
ある少女の生涯。
少女は修道女に憧れた。
清楚な佇まいに静謐な雰囲気は、幼いながらに思う理想の女性だった。
しかし少女には信仰心がなかった。
産まれてから今まで生きてきて一度も見たことがない神の教えを信じる気にはなれなかった。
ある日、教会が火事に遭い憧れていた修道女が焼死体で発見された。絶望に染まった表情の遺体に、少女は衝撃を受けた。
「こんな敬虔な信徒を救わない神なんて……!」
少女は母の手伝いをしながら、何日も何日も考え続けた。
神は聖書の上にしか存在せず、教えは物理的に何一つ守ってくれない。
こんなものに何の意味があるというのか?
少女は自分の考えが一般的には禁忌とされていることを知っていた。
少女は修道女となった。
神や聖書が命を救ってくれないのなら少女が救えば良いのだ。
少女が修道女に憧れたのは、何も雰囲気だけではない。誰にでも優しくあれるその精神性と、自ら救おうとする高潔な生き方に感動したからだ。
全ての人が修道士になれば、きっと世界は争いを無くすだろう。
修道女は全ての者を救う為に魔法を習得していた。
世界各地を周りながら、身に降り掛かってきた厄災を始末した。
教会は治療や免罪符に多額の金銭を要求していた。
聖書に反する行いだが、理屈をこねくり回して正当化していた。
修道女はそのもの達の前で、盛大に治療魔法を放ってやった。
募っていた何十何百という者が軒並み回復し、修道女を聖女だと讃え始めた。
都合が悪くなった教会側の人間の妨害を、聖女は全て封殺した。適当な罪をでっち上げられた時は、その貴族ごと始末した。
聖女は一般的な聖職者ではなかった。
救済の邪魔をする者には『死の救済』を与えるのだった。
気づけば聖女は教会の最高司祭になっていた。
直接的にも間接的にも救われた全ての国民がそれを後押ししたからだ。
聖女はその権限を活用して、修道士になる条件に、魔法を習得する事を追加した。
教えは誰も助けてくれない。
助けられるとしたら教えを実行できる修道士を置いて他にはいないのだ。
その修道士に力が無ければ、ただ慰めることしかできない聖書と何ら変わらないのだ。
齢93歳、大聖卿はこの世を去った。
世界の治安は100年前に比べ劇的に良くなっていた。
修道士という最終防衛地帯が、全ての人の心にゆとりを与えた。
暴動は裏から処理された。
人々を違法に搾取する権力者は、教会によって消された。
その事を誰もが知っていたが、誰もが受け入れていた。
治安維持組織は権力者の手の中にあり、平等に罰する事ができるのは教会しかいなかったからだ。
大聖卿の葬式は盛大に行われた。
世界規模で、全ての教会で鎮魂歌が歌われた。
世界一、人を救った人間に敬意を払うのは、誰であれ同じであった。
大聖卿の最後の言葉が語られると、人々の心を打った。
「死は救済である」
艱難辛苦を乗り越え、救い続けた少女が救われたのは、死を迎えた時だった。
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