【ショート】食べ物のうらみ~ハンバーガーの場合~【現代/コメディ】
桜野うさ
食べ物のうらみ
「お前は良いよなあ、糞が」
僕はチーズバーガー。突然だけどハンバーガーの奴に羨望の眼差しで見られて困っているところだ。
「食べ物屋で糞なんて言うべきじゃないと思うけど」
「うるせぇ! お前はそうやっていつも俺のことを見下しているんだ!」
何故ハンバーガーの奴はこんなにも卑屈になっているんだろうか。意味がわからない。
「見下してなんかいないよ。卑屈になるのはやめろよ。そしてしけた面をするのもやめろよ」
湿気は僕らの大敵なんだし。
「なぁ、お前と俺の差って何だと思う?」
「なんだよ、藪から棒に」
「答えろよ!」
そう言われて僕はハンバーガーと自分の体を見比べた。
「まぁ……チーズだよね」
「そうだ。たったそれっぽっちだ。そして値段にしてたった30円しか変わらない。お前と俺の差なんて物理的にはそんなもんだ」
ハンバーガーは壁を睨みつけた。
「なのにどうしてお前と俺の売り上げ個数にこんなにも差が出ちまうんだ」
壁に貼られていたのは今月の売上表だった。
ハンバーガー2664個。チーズバーガー5930個。その差は一目瞭然だった。
「チーズ一枚あるか無いかで食べ応えや高級感はがらりと変わるし当然の結果だと思うよ」
ハンバーガーは僕を睨みつけた。先ほど売上表にやっていた視線よりずっと力がこもっている。
「……お前は俺を食べ応えも無いし安っぽい奴と言いたいんだな」
「そこまでは言ってい無いだろ。そう自分を貶めるなよ」
僕の慰めも聞かず、ハンバーガーはすっかりとやさぐれてしまった。
「……まったく、虚しいぜ。お前を含め、ここにいるハンバーガー達は全部俺からの派生じゃねぇか。俺が原型だ。原点だ。なのに何で俺より後発の奴らの方がどんどんと売れていくんだ」
「ハンバーガー……」
「しかも、俺の後発にはハンバーガーじゃねぇ奴らもいっぱいいるじゃねぇか。そんな奴らに負けるなんて、俺のプライドはずたずたのけちょんけちょんだ」
どこのファーストフード店も生き残りをかけて変り種の商品をどんどんと新開発している。魚のフライやチキンをパンズに挟んだのなんかとっくの昔にできていて、ベテラン面をしている。そんなのもはやハンバーガーじゃないくせに。その現状に疑問を思わなくは無い。
「……本当はわかってるんだ。俺の時代なんかとっくに終わっているんだって。俺なんてもういらないんだよ!」
「それは違うよハンバーガー!」
パーン
僕は彼を殴った。
彼のパンズがちょっとへこんだ。
「この店は何屋だ?」
「ファーストフード店だろ」
「違う! いや、あっているけど。そうじゃなくて、ここはハンバーガー屋だ」
「だから何だよ」
「そして君は何だ」
「……ハンバーガー」
「そうだ、そうなんだよ」
ハンバーガーは僕の言葉の意味が理解できないと言った風にこちらに視線をやった。
「ここはチーズバーガー屋でもなく、フィレオ○ィッシュ屋でもない。つまりはそう言う事なんだ」
「いや、どう言うことだよ」
「わかれよ。……つまり、この店の主役は君なんだよ。君がいなくちゃ始まらないんだよ。だから自分のことをいらないなんて悲しいこと言うなよ」
「チーズバーガー……」
ハンバーガーから大量の涙がこぼれた。
彼のハンズがだいぶ湿った。
「俺が、俺が間違っていたよ……! 売れないからって自暴自棄になっていた。こんなんじゃ主役失格だな」
「そんな日もあるさ」
「当たったりして悪かったよ」
「気にするなよ、お前と僕の仲だろ」
ああ良かった。
こいつが中身通り単純な奴で。
「さ、気を取り直してお客さんをお出迎えしよう」
「そうだな、チーズバーガー。いつもみたいに最高の笑顔を見せ付けてやろうぜ!」
そうして僕らは0円スマイルを浮かべた。
「すみませーん、チーズバーガーくださーい」
そうこうしているうちに僕はお客さんに呼ばれた。
少し心配になってちらりとハンバーガーに目をやると、彼は余裕の顔をしていた。
「呼ばれたんだから早く行けよ」
その口調はさっきまでと違って穏やかだった。
「君も早く呼ばれると良いね」
「ふっ、俺を誰だと思ってるんだ? 主役だぜ? すぐに売れてみせ……うぉっ?!」
最近入ったばかりのバイトの山田君がハンバーガーの体をひょいとつまんだ。
「てんちょ~、このハンバーガー、パンズがへこんでいる上にだいぶ濡れていますけどどうします?」
「うっわー、マジだ。こんなもんお客さんにだせねぇわ。捨てといてくれ」
「わっかりました~」
「おい、待て俺を何処に連れて行く気だ! 俺は主役だ! 主役なんだぞ?! ちょっまっ」
そうしてハンバーガーは破棄された。
さようならハンバーガー。君のことは忘れないよ。
【ショート】食べ物のうらみ~ハンバーガーの場合~【現代/コメディ】 桜野うさ @sakuranousa
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