第66話 見えぬ勝ち筋


「待て、だとすれば俺はどうすれば良い? 未だ“世界干渉”のスキルは使えない上に、相手はループ能力を手に入れている。こんなの八方塞がりじゃないか」


 思わず頭をガシガシと書きながら、枕元の酒瓶を手に取ってグイッと呷った。

 そんな事をした所で妙案など思いつかず、イライラとした感情ばかりが残るが。

 相手は俺の能力をコピーした上で、此方の出方を伺っている。

 つまりこっちから何かを仕掛けた所で、もう一度やり直されれば負ける未来が待っている訳だ。

 此方も“演習”を行使し更に最善回を繰り広げれば、向こうもまたループして更に上を行く。

 なんだコレ、終わりが見えない。

 それこそこの争いを終わりにする方法は、相手と手を組むか相手の能力を奪うしかない。

 しかし俺に有るのは“分配”であり、相手にあるのは“強奪”。

 こんなの、分の悪い賭けどころではない。


「駒使い、落ち着いて」


「だがっ!」


「分かってる、だからもっと説明する。一回落ち着いて。ほら、深呼吸して。もう一杯くらい飲もう」


 そう言って一糸まとわぬキリがベッドの上を移動して、酒の注がれたグラスを此方に差し出して来た。

 渡されたソレを一気に呷ってから、はぁぁと大きな息を吐いてみれば。


「さっきも言ったけど、相手は“理解”していないと能力を奪えない。つまり仲間とはいえ、駒使いが自身の能力を公開するのは危険しかない。スキル名さえも、知られればそのまま奪われる可能性がある」


「そこまで曖昧な情報でも奪っていくのか……しかし、初回“ループする”事が分かって奪われてから、よく相手は召喚直後に奪いに来なかったな」


 俺たちの召喚にも関わっていると言うのなら、俺が“こちら側”に来た瞬間に奪えば全てが手に入るのでは? と思ってしまったのだが。

 あぁ、そうか。


「召喚当時、俺は無能力……」


「そう、駒使いの能力は状況に合わせて出現する。もしくは“思いだす”と言って良いと思う。これは駒使いの特性というか、そう言うものなんだと思う。でもそれをより確かな物にしたのは“世界干渉”のスキルを手に入れた後、駒使い自身がその身に制限を掛けた」


「えぇと……そんなに使いこなせる程なのか?」


「全部じゃない、けどそれくらいは出来るって言ってた。それから今駒使いが言った“あの女が奪いに来る状況”、それは何度も発生した。何度も何度も“強奪”を使われて、死亡した。けど“理解”が足りないから奪えなかった。そんな状況が続いたから、状況を動かす為に“分配”を行使したとも言えるけど……詳しくは分からない」


 卵が先か、鶏が先かみたいな話になってくるなコレは。

 “演習”の一部を奪ったシリンディーアは俺に眼を付け、何度も何度も俺に“強奪”を行使しループさせてくれた訳だ。

 その結果、絶対的な死を運んで来る相手に“分配”を行使し状況を動かそうとした。

 俺は無事“世界干渉”とやらの片鱗を手に入れたが、同時に相手にこちらの情報も渡ってしまった。

 だが今現状手を出して来ない所を見ると、重要な情報は流れていないと見るか、それとも他に何か別の意図があるのか。

 だが結果として、相手の“強奪”を使った強襲が無くなって俺は生きていられる訳だ。


「何とも、細い糸の上を歩いているんだな……」


 やはり溜息しか零れなかった。

 今まで以上にどうすれば良いのか分からない。

 そもそもこちらは相手と違って情報がリセットされているのだ。

 これじゃフェアじゃない、なんて言っていられないのだろうが。

 相手に絶対有利な状況で、最初からのループが始まってしまった訳だ。

 不味いぞ。

 このまま俺が下手な手を打って、相手に情報が漏洩した場合。

 “演習”そのものは勿論、“分配”だって奪われる可能性すらある。

 そうなってしまうと、それこそ俺のループはココで途絶える事に……。


『いつまでも次があると思うな』


 あのセリフは、そう言う事だったのだろうか?

 ハッ、と思わず声が漏れた。


「ふざけるな、ふざけるなよ……こんなの、勝てる訳がない……俺がこれ以上情報を漏洩しなければ“次”があるのかもしれない。だが次も今回同様記憶が無かったら……勝てる訳がない」


 思わず頭を抱えてしまい、ガリガリと頭を引っ掻いた。

 勝ち筋が見えない、というか最悪だ。

 今から自殺してループし、もう少し時間を増やすか?

 しかしその場合、俺は一体どこまで戻る?

 キリと夜を共にした所か? それとも会議の前か?

 はたまた以前“死に戻り”を経験した戦場か?

 それすら、俺にはあやふやなのだ。

 相手は確実に俺の事を狙っていて、此方が覆す手段は“世界干渉”のスキルを使える所まで歩を進める。

 もしくは“分配”を相手に使用し、此方の情報を垂れ流す覚悟で相手の能力を奪うか。

 どちらにせよ、分の良い賭けとは言えないだろう。

 物語を進めれば進める程、平時の俺の戻れる時間はあやふやになっていく上。

 分配を使用すれば相手がどんどん有利になって行く。

 こんなの、どうしろって言うんだ。


「前の駒使いも、そうやって苦しそうに悩んでた」


 そう言ってからキリは俺の事を抱きしめ、此方の頭を胸に抱いた。


「大丈夫、きっと何とかなる。皆が死んじゃっても、最後まで諦めずに戦って来たのが駒使いだから。大丈夫、大丈夫。私だけは、ずっとそばに居るから」


 まるで子供をあやす様に、キリが頭を撫でて来る。

 いや、子供じゃないんだから。

 なんて事を思ったりもするが、不思議と瞼が重くなっていくのを感じた。


「駒使いはいつも無理する。だから無理やりにでも休ませるのも、私達の仕事。平気、大丈夫だから、駒使いならきっとできる。だから今日は、もう休もう? 一緒に居るから、明日また考えた方が、きっと良い案が思いつくから。だから、おやすみ」


 彼女の言葉と共に、完全に瞼を降ろした。

 暗闇に包まれた瞬間、ズンッと襲ってくる様な眠気と疲労感に襲われて。

 ズルズルと夢の世界に誘われる様にして、意識が遠くなっていく。

 俺は、こんなにも疲れていたのだろうか?


「頑張っちゃう人は、自分の事が一番分からないモノだよ。だから、おやすみ。もう一回くらいって思ってたけど……また今度ね」


 やけに意味深な言葉を放つキリの声を耳にしながら、ゆっくりと意識は遠のいていくのであった。

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