第4話 目覚めは突然に

『……こさん……なこさん……のせいでご……なさい……お願い……なないで……』


 ――遠くで誰かが呼んでいる。


 いや、あれは泣いているんだろうか。

 聞いていてこっちまで哀しくなってくる。


 慰めてあげたくて、重いまぶたを何とか開いた。


(わぁ、イケメンだぁ)


 長すぎるまつげ。やさしいまなざし。透き通った肌。

 どれをとっても自分好みだ。


(もしかして天使なのかな……)


 非業ひごうの死を遂げたわたしを不憫ふびんに思って、神様が気を利かせてくれたのかもしれない。

 わたしのほっぺたに向かって、天使から大粒の涙がこぼれ落ちてくる。


(ごめんね、もう、手も動かせないや……)


 あったかいしずくを頬に感じながら、わたしはゆっくりと目を閉じた――



「って、しょっぱっ!」


 口の中がいきなり塩辛くなって、がばっと体を起こした。途端に後頭部に激痛が走り、起きかけた体を元の状態にあおむける。


「もぉいったぁ……って、や、山田っ!?」


 目の前になぜかドアップの瓶底眼鏡。てか、なんでわたし山田にひざ枕されてんの!?


「ああ、よかった、ハナコ、ハナコ……」


 ずびずびと鼻をすする山田の眼鏡のフチから、透明な液体がしたたり落ちてくる。げっ、さっき口に入ったのは、もしかしなくてもこいつの涙かっ。


(鼻水だったらマジコロス……!)


 肘で山田の顔を遠ざけながら、どうにかこうにか起きあがった。頭だけじゃなく背中とか腕とか、体中が痛いんですけど。


 きょろきょろと見回すと、なんだかロココ調の豪華な部屋の中にいた。

 猫脚ねこあしの長椅子に寝かされて、そこで山田にひざ枕をされていたみたいだ。


(そうだ、わたし長谷川ともみ合って階段から落ちたんだっけ……)


 打撲だけで助かった?

 ならこのくらいの痛みで済んでラッキーって言えるかも。


「あれ……未希、どうしてそんなカッコしてんの?」


 見たことない制服を着てる未希が驚いた顔して立っている。


 パフスリーブのフリルブラウスに品位いい長さのスカートと編み上げブーツ。

 髪にはアニメキャラみたいな大きなリボンなんかつけちゃって、海外の寄宿舎つきお嬢様学校に通う生徒みたい。


 あまりにも似合ってなくて思わずぷぷっと忍び笑いが漏れた。なにしろ未希は純和風な顔立ちで、日本人形みたいってよく言われてるし。


 そのとき、すんっと未希の顔がまったくの無表情になった。


(やばっ、あれは押してはいけないスイッチに触れたときの顔だっ)


 呪いの日本人形を前に、ゆるんだ口元を引きしめる。怖すぎて、まだそこにいた山田に視線をそらした。


「え、なんで山田まで……」


 山田はなんていうか、口に薔薇の花を一本くわえてベルサイユ宮殿の前でポーズ取ってそうな、そんな奇抜な格好をしている。

 つまりは王子サマ的な? 瓶底眼鏡は相変わらずだけど。


「なに、ふたりとも、仮想パーティーにでも行くの?」


 今はハロウィンの時期でもない。山田の衣装なんかはずいぶんとお金がかかってそうだ。


「パーティーなら一年後、卒業の折に行うが……。ハナコが望むなら、特別にもよおしてもかまわないぞ?」

「は? いや、ケッコウです」


 上からモノ申されて、思わず敬語で返してしまう。ていうか、何ひと様の名前呼び捨てにしてんだよ。ぎりっと睨もうと首をひねると、また頭に激痛が走った。


「いっ」

「ハナコ! まだ無理をしては駄目だ」


 背中に回された山田の手を払いのけたいのに、痛みがそれを許さない。ズキズキ鳴るこめかみをぐっと両手で抑え込んだ。


 ふと着ているブラウスが目に入る。パフスリーブの膨らんだ袖が手首できゅっとしぼられている。普段なら絶対に選んだりしないふりふり系のブラウスだ。


「大丈夫か、ハナコ」

「シュン王子、回復魔法をかけたとはいえ、ハナコ様はまだ本調子ではないご様子ですわ」

「ならばわたしがずっとついていよう」

「いえ、ここはわたくしにお任せを。医療系の魔法ならわたくしの方が上手に扱えますから」

「いやしかし……」


 どさくさに紛れて手を握ってくんな。そんな山田を振り切って、壁に掛けられたレリーフゴテゴテの丸鏡まで一目散にかけ寄った。


「なによコレ……」


 かすれた声で鏡の向こうの自分と見つめ合う。

 そこには未希と同じバカでかいリボンを髪に飾るイカレタ姿のわたしがいた。そのときズキッとこめかみが痛んだ。


 長谷川ゆいなに突き落とされ、命を落とした森華子。ゆいなそっくりの女生徒と、彼女を助けようとして階段を転げ落ちたハナコ・モッリ。


 そのシーンが重なるように、ふたり分の人生が一気に頭に流れ込んでくる。


「うそ……わたしハナコに生まれ変わったってわけ?」


(ここはヤーマダ王国、そしてわたしはフランク学園に通う公爵令嬢ハナコ・モッリ……)


 むしろ森華子として生きていた前世を、ハナコが思い出したというのが正解なのだろう。


「ハナコ、まだ横になっていた方が……」

「……シュン王子」


 振り向けばそこには王子の山田。奥には伯爵令嬢ジュリエッタがいて、その顔はどう見ても親友の未希だった。


 いまだ混乱から抜けきれない。


 てか、生まれ変わったのにどうしてみんな同じ顔??

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