第3話 終わりの日
「華子先輩、山田先輩をあんなふうに振るなんて、一体どういうつもりなんですか?」
「は? 何よいきなり。長谷川には関係ないでしょう?」
階段を降りかけたとき、後輩の長谷川ゆいなに呼び止められた。
ゆいなは一個下の後輩。美少女が入学してきたって学年中の男子が騒いでたほど、あざと可愛い系の顔立ちだ。
性格は小悪魔系、男の前でだけドデカイ猫をかぶっている。そんなわけで女子からはすこぶる評判が悪かった。
(ま、正直わたしは気にも留めたことはないけどね)
自分で言うのもなんだけど、容姿端麗ってわたしのためにあるような言葉だ。何かとやっかみを受けるのは、わたしもゆいなと似たようなものだった。
「関係あるから言ってるんです! ショックのあまり山田先輩、もう一週間も学校に来てないんですよ!?」
「知らないわよそんなこと。心配なら見舞いにでも行ってきたら? ああ、山田財閥ご子息の家だもんね。長谷川程度じゃ門前払いされちゃうか」
鼻で笑ったらゆいなの顔が一瞬で真っ赤になった。やだ、軽いジョークだったのになんだか図星だったみたい。
わたしはそこそこ歴史がある会社の社長令嬢だけど、ゆいなの家は成り上がりの金持ちだ。
で、さっきから名前が出ている山田はというと、超大財閥の御曹司。
家柄は良く、成績は常に学年トップ、スポーツもできて、その上高身長だ。男女問わず人気も高いとくれば、山田は非の打ちどころがないハイスペック男子と言えるかもしれない。
(瓶底眼鏡を除いては、ね)
山田はとにかく冴えない
「今、ゆいなのことはどうでもいいんですっ! みんなの見ている前で恥をかかされて、山田先輩がどれだけ傷ついたか分かってるんですかっ」
大声でぷんぷん怒るゆいなとわたしのことを、周りの生徒たちが興味津々に眺めている。
(ははーん。これは山田を大切に思ってますアピールを、人づてで本人に伝えるためのパフォーマンスね)
大財閥の社長夫人の座をゲットするために、本気モードを出してるってワケだ。
山田もわたしも卒業を目前に控えている。ユイナの頭では大学まで追いかけていくのは無理なのだろう。接点がある今のうちに、自分のものにしようと相当焦っているに違いない。
どのみちわたしには興味のない話だ。仮に山田が雰囲気イケメンになったとしても、わたしの対応が変わるわけもない。
(わたしが求めるのは本物のイケメンよ)
それも甘いマスクの外国人系イケメンだ。お金には不自由していないし、わざわざ山田を選ぶ理由が見当たらない。
「おかしな言いがかりは止めて。好きでもない男から公衆の面前で愛を叫ばれたのよ? 恥ずかしかったのはむしろこっちの方よ」
「愛なんて叫んでないっ! 山田先輩が愛してるのはゆいなだけだもんっ」
ふーふーと涙目になっている。あーはいはい、演技おつ。
「だったら好きに愛をはぐくんで」
面倒くさくなり、さっさとゆいなに背を向けた。
「山田先輩を振るなんてバカなおんなっ」
「わたしは金の亡者じゃないの。長谷川、あんたみたいにね」
「なっ!」
周りにいた女子たちから一斉に失笑が漏れた。ゆいなが財力目当てで山田を狙っているなんてのは、すでに周知のことらしい。
階段を降りようとした瞬間、般若の形相のゆいながつかみかかってくる。
「
「いたっちょっとやめなさいっ」
髪の毛をわしづかまれて、乱暴に振り回された。カッときて、ゆいなの顔面に伸びたネイルを食い込ませる。そのまま勢いよくひっかいた。
「きゃあ、あたしの大事な顔になにすんのよ!」
(やばい……!)
段を踏み外したのを足裏が感じた。驚きで固まるゆいなの顔が、みるみるうちに遠ざかっていく。
(あ、これはダメだ)
この落ち方は頭直撃だ。変に助かって生涯寝たきりになるよりはマシかもしれない。
妙に冷静に観察している自分がいた。
(ああ、未希が何か叫んでる)
幼馴染が視界に入り、わたしはふっと笑顔になった。何よ、いつも塩対応なくせに、ちゃんとわたしのこと心配してるじゃん。
――超エリート校で殺人事件、下級生とのトラブルで社長令嬢が転落死!
明日にはそんな見出しでネットニュースに載るのかもしれない。しかもゆいなの実名がSNSでさらされたりして。
(はは、ざまぁ……)
それをこの目で確かめられないのが、ちょっとだけくやしい気がした。
そんなことを思いながら、わたしこと森華子の生涯は静かに幕を閉じたのだった。
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