17
「……諒ちゃん、」
それ以上、言葉が出なかった。だって、諒ちゃんが、こんなに真剣に私のことを考えてくれている。私が一番好きな人が、私のことを考えてくれている。
嬉しかった。言葉が出ないくらい。
それでいいの。
そう、言いたかった。
夫婦みたいに暮らせるか、自信はない。
それでもいいと。それでも、どこまででも、あなたと一緒に行きたいと。
私は、髪に触れる諒ちゃんの指を両手でつかまえた。長い、指。この指が私に触れることを夢想するようになったのは、いつからだろうか。もう分からない。私が越えようともがいた、血によってひかれたラインを、今諒ちゃんがあちら側から越えようとしてくれている。それも、私が思っていたよりもずっと、確実で真摯な方法で。
確実で、真摯な方法。
そう頭の中で繰り返すと、急に怖くなってきた。それは、身体が震えるくらい。
私たちは、捨てられるだろうか。お互い以外の、全てを。
「……諒ちゃん。」
もう一度、名前を呼んだ。縋るみたいに。
すると諒ちゃんは、笑った。すべてを承知の神様みたいに、それは穏やかできれいな表情だった。
「無理か。」
やっぱり穏やかな、諒ちゃんの声。
「ちょっとでも不安なら、怖いなら、行くべきじゃないよ。」
諒ちゃんはそう言って、私に掴まれた指を、そっと引き抜いた。
「大丈夫。俺は、ひとりでも平気だから。」
その言葉を聞いて、行くのだ、と分かった。私が一緒に行かないのなら、諒ちゃんはひとりで行くのだ。そうしなくては、どうしようもできなくて、苦しんでもがいてそれでも先が見えないくらいには、私たちの感情はもつれてしまっている。
「……どうして……、」
どうしてこんなことになってしまったのか。ただ、一緒にいられればいいだけなのに。
溺れる魚みたいに私が辛うじて言葉を漏らすと、諒ちゃんは、笑った。それはいつもの、私だけに見せるにやにや笑いだった。
分かってる。無理がある。その表情には。それでも私はなんでだか安心して、やっぱり笑った。ふにゃりと。
「どうしてだろうな。分からないけど、真希が俺の姪っ子でよかった。」
「……どうして?」
「地球の反対側に行っても、縁が切れないから。」
笑ったまま、諒ちゃんが言うから、私は少し泣いた。諒ちゃんは煙草に火をつけ、静かに私を見ていたけれど、やがて立ちあがって、黙って部屋を出ていった。それから諒ちゃんが、私に連絡してくることはなかった。ただ、私と諒ちゃんには、地球の反対側に行っても切れない縁があるので、寂しくはなかった。会いたくなったら、必ず会える。私は、時々諒ちゃんのにやにや笑いを思い出しては、自分にそう言い聞かせた。
三親等 美里 @minori070830
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます