11
「今のって……、」
なにか言おうとした諒ちゃんを、とっさに遮った。
「キスじゃないよ。」
それでも諒ちゃんは、さらに言葉を重ねようとする。それを手のひらでふさいで、私は立ち上がった。
「お腹、すいたな。」
「……なに食う?」
「やきそば。」
不本意そうな諒ちゃんと、必死で平静を装う私。
ここに来られなくなることが、怖かった。諒ちゃんの女たちが、一回きりでここから消えたみたいに。血がつながっていると、それだけで言い訳みたいに諒ちゃんの隣にいたこと。本当は、気が付いている。私の身体は、大人になりすぎた。
「座ってろよ。」
諒ちゃんが、よいしょ、と膝に手を置いて立ち上がり、台所に向かいながら私の肩を叩いた。私を落ち着かせようとしているみたいな、妙に静かで、諒ちゃんらしくない動作だった。
やきそばなんかじゃなくて、もっと手間のかかる料理を頼めばよかった、と後悔した。だって、やきそば分の時間では、平静を取り戻せそうもない。私は、待って、と諒ちゃんについていきかけて、なんとかその衝動を収めた。落ち着かなくては。これ以上間違えたら、本当に諒ちゃんの隣にいられなくなる。
ソファに座って、膝を抱えた。キッチンからは、諒ちゃんが包丁を使う音が聞こえてくる。
キスじゃないよ。
誤魔化すみたいに、言った。
本当にあれは、キスじゃなかったのかな。だとしたら、キスってなんなんだろう。あれが、キスじゃないんだとしたら。
分からなかった。分からない私は、じっと膝を抱えて諒ちゃんを待った。諒ちゃんが、この場をなんとかおさめてくれると分かっていた。
「ほら、やきそば。」
台所から帰ってきた諒ちゃんは、普通の顔をして私の前にやきそばの皿を置いた。そして、自分の分の皿を持って私の向かいの床に胡坐をかく。
「……ありがと。」
私も、必死でなんともない顔を装った。いつか、諒ちゃんと結婚できないと知ってショックを受けた日のことを思い出した。あの頃は、自分が諒ちゃんと結婚をするって思いこんでいたけれど、それに付随してくる、キスとかセックスとか、そういうのは頭になかった。もちろん。だから、諒ちゃんも私のことを笑ったのだろう、あんなに、あっさり。多分今、私が諒ちゃんと結婚したいと言ったら、諒ちゃんは私を笑えない。本気で説得して、その後、上手に距離をとるだろう。
三親等とは、結婚できない。
分かってる。でもそれより先に、私は諒ちゃんと結婚したいのか、さらに言えば、それに付随してくる、キスとかセックスとか、そういうのをしたいのか、それが分からなかった。全然、分からなかった。
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