第154話 シーン125

「くっ……DDoS攻撃かっ!」

的場(神代)は苦虫を噛み潰した。


オペレーションルームでは、シーン125の撮影が開始されている。

DDoS攻撃はサイバー攻撃の中でも、最も対策が難しい攻撃の一つだ。


(柊さん……本気なのね)

「沢木っ、まずはこのIPを遮断して!」

「わかった」


沢木(美園)は神代の指示にしたがって、ファイアーウォールを構築していった。


「相手は複数のIPアドレスから攻撃してくると思う。レート制限とブラックリストを――」

「わかっているわ」


的場は壁面に設置されている巨大モニターを眺めた。

そのきりっとした凛々しい表情は、多くの女性ファンを生み出すだろう。


過剰なトラフィックを示す赤く表示されていた箇所が、徐々に消えていった。

ここまでは美園がうまく対処している。


「おそらく、これはあいさつ代わり……どこから仕掛けてくるか……」


オペレーションルームの空気は、ヒリヒリと張り詰めた。


***


「さすが美園さんだ。うまく対処している」

翔太は見学ルームからシステムを攻撃している。


オペレーションルームには撮影用のLANが構築されており、そのケーブルは見学ルームまで引き回されていた。

サーバーのほか、スイッチングハブやルーターなど、システムを稼働するための必要な機材が持ち込まれ、設置されている。

ここまで大掛かりな準備をする風間の本気度がうかがえる。


「カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ」


翔太がキーボードを打ち込んでいる様子を、橘や蒼らが後ろで見守っている。

見学ルームのモニターにはカメラの映像が映し出されており、神代と美園の緊迫した様子が見て取れる。


「ふっふっふ……想定外のところから攻撃がきますよ」

翔太は悪役になりきっていた。


「やっすい悪役ね……」

翔太の後ろで見学していたは呆れた表情で言った。


***


「的場! データベースにアクセスが!」

「なんだって!?」


的場はとても演技には思えない表情で驚いた。

巨大モニターには、データベースサーバーの警告を示す、赤くハイライトされたログが流れている。


「そんな……データベースは社内のネットワークにしかつながっていないのに……」


データベースサーバーは外部からアクセスできない設計になっている。

撮影現場のネットワークも同じ構成だ。


「沢木、相手を確認して!」

「わかったわ……え、うそっ!」

「どこ?」

「shinra-cap.comよ」

「まさか、神羅キャピタルなんて……上岡さん?」


神羅キャピタルは投資ファンドで、的場の会社『一角システム』の出資者だ。

岩隈が演じる上岡が社長を務めており、上岡はオーディションで上村が演じていた役だ。


神羅キャピタルは経営に関与していることから、一角システムのサーバーにアクセス権がある。

翔太は神羅キャピタルのサーバーも用意しており、shinra-cap.comの名前解決をするためのDNSサーバーも用意していた。

本来であればIPアドレスで事足りるが、映画の演出のためにドメインが使われている。


的場と沢木は、親会社のような存在に裏切られた状況になった。

元の脚本では正体不明の攻撃者であったが、本番中に攻撃者の所属が明らかになった形だ。

ここから神代と美園は、アドリブでこの状況を乗り切る必要がある。


「沢木、データベースで不正なセッションがないかを確認して!」

「いまやっているわ」

「このままじゃ、防戦一方だ……」


的場は険しい表情をして爪をかんだ。


「社内のネットワークなら相手の特定がしやすい……沢木、こちらから攻撃をしかける」

「OK! 今までやられた分をお返しするわ」


***


「ふー、やるなぁ」

二人の想定以上のがんばりに、翔太は感服していた。


モニター越しであるにも関わらず、神代と美園からは、ひりつくような真剣さが伝わってくる。

翔太の傍らにいる少女は恍惚とした表情でそれを眺めていた。


「――ここまでかな」


撮影の都合上、翔太が攻撃する時間は決められていた。

時間内に攻撃が成功しなかった場合、翔太の負けである。

翔太は美園から受けた攻撃を対処するだけで、いっぱいいっぱいだった。


翔太は巨大モニターに接続されている運用マシンをハッキングして、メッセージを打ち込んだ。


***


『コンカイハココマデダ、マタアオウ』


巨大モニターに表示された文字を見て、神代と美園は顔を見合わせた。


「終わった……のか……」

「そうね……」


モニターに表示されているシステムは、オールグリーンの状態に戻っている。



「カーット!」

オペレーションルームで、風間の声が響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る