第142話 大舞台

「予想外の展開となりました」


映画制作会社、夢幻の会議室で橘は淡々と報告した。


神代は技術カンファレンスであるWeb Tech Expoにプロポーザルを提出していた。

その結果を受けてのミーティングが行われていた。

プロポーザルの内容は霧島プロダクションにおけるウェブサービスの取り組みだ。


「事務局から連絡があり、一般トークではなく、基調講演に登壇してほしいとのことでした」


橘の報告を受けて、一同の視線は翔太に集まった。

この中で、Web Tech Expoについて知見があるのは翔太だけである。


「極めて異例だと思います。おそらく前例もありません」


翔太が知る限りでは、一般のトークから基調講演に繰り上がった事例は未来においても皆無だった。


「――ですが、今回に限って言えばあり得る話かと思います」

「と言うと?」


山本が続きを促した。


「一般トークは複数のトラックが並行します。つまり、聴衆がいくつかの部屋に分散します。

対して、オープニングイベントや基調講演は会場の大きなスペースに参加者全員が集まって聴講します」


「ええっ!万単位の人が集まるんでしょ? その中で話すの!?」


神代は「聞いてないよオ」というような表情で言った。


「神代さんを小さな箱で登壇させると、参加者が殺到して会場が混乱することは必定でしょう。

ほかの登壇者にとっては聴衆が奪われる形になるため、不要な軋轢を生む可能性があります」

「ふむ、その可能性は高そうだね」


「加えて、基調講演の講演者はイベントの集客力に大きく影響します。

人気、話題性、意外性、さまざまな要素を勘案しても、神代さんに白羽の矢が立つことに違和感はありません。

あるとしたら技術的な知見があるかどうかですが、プロポーザルの内容から、その点についても問題はないと判断したと思います」


「確かに、事務局からはプロポーザルの提出者名は伏せた状態で審査され、公正な審査で採択されていると連絡を受けています」


翔太の発言に、橘が補足した。

神代の技術力は正当に評価されたことになる。


「製作委員会としては、神代さんに登壇してほしい」


山本は力強く言い、この場の全員が神代の返事を固唾をのんで見守っていた。

神代はしばし考え――


「やります!」


神代も同じく力強く言った。

翔太はいつものことながら、神代を頼もしいと思った。


「そうなると、ダイヤモンドでスポンサーになりたいですね」


翔太は製作委員会がダイヤモンドスポンサーになることを提案した。


「ダイヤモンド?」

「イベントスポンサーは出資額に応じて分類されます。

シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンドの順に高額になります。

ダイヤモンドスポンサーはクロージングイベントでプレゼント抽選会を行ったり、ロゴがバックボードに表示されるなど、大きな権利を得られます」


バックボードは会見や登壇者の背後に置かれる市松模様の背景だ。

講演は録画され、アーカイブで視聴できるため、多くの目に触れることが期待できる。


余談ではあるが、現在の市場価値はプラチナよりもゴールドのほうが高い。

ダイヤモンドは人工ダイヤモンドの技術が進化し、ライフスタイルの変化も伴って価値が減少している。


「それ、すごくいいですね!」


プロモーションを担当する蒼が賛同した。


「うん、映画の前売り券やポスターなどをプレゼントすれば大きな話題になりそうだ」

「それに、意外と高くないんですよ」


翔太はプロジェクターに、Web Tech Expoのウェブサイトスポンサー要項を表示した。

イベントスタッフはボランティアで運営されているため、イベントにかかる費用は主に会場代やパーティの飲食代となる。

イベント参加者が購入したチケット収入もあるため、スポンサー収入への依存度は大きくない。


「本当だ……柊さん、これなら――」

「ええ、今の予算で調整できそうですね!」


山本と蒼はかなり前向きに検討しているようだ。


「ちなみに翔動うちもスポンサーになるんですよ。ゴールドですが」

「「ええっ!」」


翔太は下山にプロポーザルを出すことを提案し、最初は遠慮していた下山が結局折れて出すことになった。

トークは無事に採択され、せっかくなので会社の宣伝をするためにスポンサーとして名乗り出た形だ。

(両方の面倒を見ないといけないが、今は神代さんと映画のことに集中だ)


「基調講演とダイヤモンドスポンサーの両方を使うことで、色々とできることがありそうです。例えば――」


映画のプロモーションに向けての仕込みが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る