第139話 強硬策

「もう、信じらんないよな……こんな漫画みたいなことがあるんだな」


野田は酢豚のパイナップルを箸で避けながら、田口が辞表を破り捨てたことを愚痴っていた。


「さすがの私もドン引きだわ……」


上田は白酒を飲んでいた。

三名は今後の対応を相談するため、中華居酒屋に集まっていた。

上田がいると、メニューの値段が高い順に注文されるため、できるだけ安く済ませるための店を選んでいた――はずだった。

会計は割り勘だ。


(白酒なんてメニューになかったぞ……)

翔太は上田にドン引きしていた。


「一応、田口があんなことをしたのは理由があるのよ」

「一応、聞いてやんよ」


上田の話によると、怒った加古川はコールセンター業務の契約解除をちらつかせていたらしい。

アクシススタッフはアストラルテレコムのコールセンター業務の一部を受託している。


「それ、下請法違反じゃないかな……」

「え!? そうなの?」


翔太は紹興酒を飲みながら青椒肉絲をつまんでいた。

翔太の記憶では下請法は年々、中小企業の保護を強化する方向で改正されている。

この時代において、それがどのレベルまで強化されているかまではわからなかった。


「加古川さんはコールセンター業務とは無関係だから、そこまでの権限はないはずだ」

「それを先に言ってよ!」

「無茶言うなよ……」


上田が珍しく参っている表情をしていたため、翔太は加古川の怒りが相当なものだと推察した。


「じゃあ、コールセンターの件は放おっておいて問題ないか」

「そうだな」

「お前ら他人事だと思って……」


最悪の場合は姫路に取りなしてもらうよう頼めば、加古川は間違いなく矛を収めるだろう。

しかし、翔太にそこまでしてやるほどの義理はなかった。


「んで、俺たちの辞表はどうするよ?」

「民法上、退職の意思を伝えた日から二週間後には退職できる」

「法律上はそうかも知んないけど、田口の突っぱね方を見たら無理じゃね?

辞表も捨てられちゃったし、二週間ってどうやって判断するんだ?」


翔太と違い、野田は転職経験がないため、途方に暮れていた。


「内容証明郵便で退職届を送るんだ。文書の日付や内容が謄本により証明される」

「そんな手があるのか!?」

「あとは労働基準監督署にも相談だな、面倒なので考えたくないけど、給与不払いをちらつかせてくる可能性もある」

「なんか手慣れてないか?」


翔太は退職時に揉め事になった経験はないが、友人の経験やネットから情報を得ていた。

要は人生経験の差であるが、ここではそれを言及できない。


「そういう話を聞いたことがあっただけだよ」

「あんた、知り合い少ないじゃない」

「まぁな」


上田は同期であるため、翔太の記憶のことは打ち明けてある。

実際には神代との出会いをきっかけに、翔太の人間関係は大きく様変わりしている。


「じゃあ、何とかなりそうなのか? 次の仕事もあるし、穏便に済ませたいんだけどな」

「最悪のケースとして、懲戒解雇されることもなくはない」

「それ最悪じゃん」


野田は箸で小籠包をつまんだら、肉汁が溢れ出てしまい「ああぁっ」と悲鳴を上げていた。

(コイツ……そこまではいかないと思っているな)


「もしそうなったら裁判だな。俺たちは就業規則に違反していないから、間違いなく勝てる」

「まさかの法廷バトル!?」


現実感のない野田を他所に、翔太は翔動の将来を見据えて、裁判を経験しておくのも悪くはないと考えていた。

(不当解雇で裁判すると大抵の場合は労働者が有利だからな……)


「柊は強硬策を主張しているけれど、和解できるならそのほうがいいでしょ?」

「そうだな」

「柊なら、田口を説得することもできそうだけど」


上田の主張はもっともだ。

しかし、田口の態度を見る限りだと時間がかかりそうに思えた。


「俺はこれからやることがたくさんあるんだ……だから、小物に構っている時間はないんだよ」

「へっ?」


上田は翔太をまじまじと見つめた後、目をそらし、頬に指を当てながら「あれっ……? なんで……?」とつぶやいていた。


「本当はさー、柊みたいな優秀な人材が辞めるってなったら、待遇改善の話が出るのが普通だよねー」

「全然出なかったの?」


野田は興味を失ったかのように、春巻きをつまみながら尋ねた。


「話題を出そうとしたら、言論封殺だよ! どこの赤い国なのかっての!」


上田はその時のことを思い出したのか、怒り心頭だった。


「もう付ける薬はないな……」

野田は春巻きに酢醤油をつけていた。


「あんた、他人事だと思ってー」

「もうすぐそうなるからなー」

「ぐぬぬ……」


過去に上田の言いなりだった翔太は、少し気分がよくなった。


「決めた! 私も辞めるわ!」

「「は?!」」


翔太はエンプロビジョンの営業、綾部を思い出した。

翔太が考えているエンプロビジョンの再生プランの最後のピースが営業であった。


「上田、翔動うちに来るか?」

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