第133話 脱北計画

「一日休んだだけで、ずっと三田にネチネチと小言を言われたよ……」

野田は鶏のつくねを食べながら愚痴っていた。


翔太は居酒屋で同期と飲んでいた。

三田は野田が有給を取って休んだことが不満であったらしい。


「三田って?」

上田は店の中で一番高い日本酒を飲んでいた。


アクシススタッフうちの中のアストラルテレコムの責任者だよ」

「あー、そんな人がいたような……」


上田は大野の管理下にある人員は把握しているが、部署が異なる三田については顔見知り程度であった。


「どんだけ結果を出しても、出勤率でしか評価されないからな……おかしな人事制度だよ」

「ホントだよねぇ、私も前に休んだのがいつだったか、覚えていないよ」


野田の愚痴にシーザーサラダを食べていた田村が同意した。


(俺が奢ったときに休んでいただろうが……)

あのときは神代もいたため、翔太は口を挟めなかった。


「そんで、いつ辞めるんだ?」


野田は翔太に尋ねた。


「もう少しで俺のやりたいことが終わるから、そしたら大野さんに伝えよう」

「わかった、お前の都合で待ってやっているんだから感謝しろよな」


野田はサイバーフュージョンへの入社が決まっていた。

翔太と野田は、アクシススタッフを辞める時は同時に辞めるという協定を結んでいた。

これは出向先であるアストラルテレコムで、一人で残された側が苦労することが明白なためだ。


「転職先が決まったのは柊くんのおかげじゃない」

田村は「野田くんばっかり」とこぼしていた。

彼女もほかの同期と同様に転職願望があるが、まだ具体的な活動はしていない。


「まぁな、俺も色々と転職活動をがんばったけど、結局、サイバーフュージョンが一番条件がよかったんだよな」


サイバーフュージョンは業績を伸ばし続けており、同業種の中でも従業員への待遇は高い。

(新田はよく翔動うちに来る気になったな……)


「もしかして、柊のやりたいことってが関係しているの?」

上田は次に飲む日本酒を物色しながら言った。


「関係しているかもしれないけど、上田に迷惑はかからない……と思う」

「ちょっと、そこは断言しなさいよ!」

「アレって何だ?」

「俺が上田の下僕になっていたんだよ」

「うげっ!……お前ってドMだったの?」

「人聞きが悪いわね――すいませーん、『醸し人九平次』を二合でお願いします」


上田は店員を捕まえて、追加の日本酒を注文していた。


「香子は二人が辞めちゃっても平気なの?」

「そうね……あんたたちの単価高いからねぇ。アストラルテレコムに関しては、柊の代わりにフルタイムでできる人を充てがえば向こうは納得するわよ」

「俺たちの給料は変わらないけどな……共産主義だよ」


アストラルテレコムとは一ヶ月あたり10人日分の業務をする契約である。

上田は野田のように常駐できる人材を代わりに差しだすことで、アストラルテレコム側が満足すると思っていた。


「そういえば、柊のもう一つの勤務先を知らないんだよな」

「「「……」」」


野田の一言に一同が沈黙した。


「野田、次の飲み物何がいい?」

「ロコツに話題そらしたな!」


田村と上田には、翔太は身銭を切って口止めをしていた。

野田が真実を知るためには大野から聞き出す必要があるが、大野は情報を漏らさないと翔太は踏んでいた。


「まぁ、上田は俺たちの抜けた穴を軽く見ているようだけど、あとで吠え面かくなよ?」

「んなわけないじゃない! あんたたちの職務経験くらいなら、ほかにゴロゴロいるわよ」


野田の軽口に対して、上田は楽観的に考えていた。

彼女の目算が甘かったことを、後で痛感することになるとは、この場にいる誰もが知る由もなかった。

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