第131話 ■■の過去

「いやっ! やめてっ……」

少女は必死に抵抗するが、大人の力には到底及ばない。


「どうしてそんなことをするの?」

少女は目に涙を浮かべながら懇願しているが、男は意に介さずに行為を続けていた。


「いやーーー!」

悍ましい感覚に耐えきれず、少女は悲鳴を上げることしかできなかった。


***


「はぁ、はぁ……」

目が冷めたら寝汗で服がびっしょりと濡れていた。


「この夢はしばらく見ていなかったのに」


***


「なるほど、雫石ひかりですか……」

グレイスビルで翔太の報告を受けた橘はいつになく真剣な表情だ。


「彼女は劇団ヒナギクに所属しているタレントです」


劇団ヒナギクは系列の芸能事務所や俳優養成所を持つ劇団だ。

多くの子役を輩出していることで有名だが、幅広い年齢層の俳優が所属している。

霧島プロダクションが俳優、声優、歌手など、さまざまな分野のタレントを抱えているのに対し、劇団ヒナギクは演劇に特化している。


雫石の活動は多岐にわたり、数多くのCMやドラマ、映画に出演している。

彼女が申告していた、『ナンバーワン子役』の情報は紛れもなく真実であった。


「そんなにすごい子だったんですね……」

「はぁ……柊さんの初対面の反応がわかりました」

「はい、ご想像のとおりです」


橘は呆れるように言ったが、表情は柔らかかった。


「皇さんの素性が探られたことはあまりにも行き過ぎた行為なので、私から抗議しておきます」

「大丈夫ですか?」


翔太は自分が原因で、芸能事務所間の関係が悪くなることを懸念していた。


「ええ、そこは問題ありません……ですが――」

橘は再び真剣な表情になった。


「お話を聞く限りだと、彼女がマネージャーや劇団に内密で動いている可能性があります」

「はぁっ!?」


翔太は驚いた。

社会経験を持つ成人であればあり得ることであるが、年端もいかぬ少女ができることは限られる。


「彼女は劇団の中でも稼ぎ頭なので、それを実行する資金力はあります」

「聡い子だとは思いましたが、そこまででしたか……」


翔太は雫石のことを恐ろしく感じ始めた。


「それにしても、柊さんは随分と彼女に気に入られたようですね」

「え? 俺、いじめられたんですけど」


翔太は一方的に情報を握られているとはいえ、翻弄されたことに情けなさを感じていた。


「彼女はファンにも業界人に対しても、無邪気な子どもとして振る舞っています。おそらく、学友に対しても同様です。」

「普段から演技をしているということですか?」

「はい、そして、その演技に気づいているのは極わずかです」


橘の言うことが真実であれば、雫石は人生のほとんどの時間を演技で過ごしていることになる。

(そんなことができるのか……?)


「柊さんとは、彼女本来の性格で会話をしているようでした」

翔太の報告内容だけで推察したことに、翔太は感嘆せざるを得なかった。


「過去の梨花を知っているというのが気になります。を知っているのか……」

橘はかつてないほどに恐ろしい表情で言った。

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