第129話 子役

「公道で撮影するんだ……」


翔太は映画『沈黙の証人』の撮影現場に来ていた。

この映画は制作費が映画『ユニコーン』と同規模で、公開日も同じ時期だ。

したがって、翔太はユニコーンが興行収入や観客動員数で一位を取るためには、この映画がライバルとなると判断した。


沈黙の証人の撮影現場が近場で行われている情報を得たため、翔太は軽い気持ちで敵情視察をすることにした。


(狭山と出くわさなければ、なんとかなるはず)

翔太はできるだけ目立たないように振る舞うことにした。


「ねぇ、おじさん。この映画に興味があるの?」

野次馬に紛れていた翔太に、小学校高学年くらいの少女に声をかけられた。


「ちょっと人だかりが気になって寄ってみただけなんだよ。学校はどうしたの?」


今は平日の昼間で、ここはオフィス街だ。

子どもがいるような場所ではない。


「え?……ええぇっ!?」


少女は目をぱちくりとして驚いた表情を見せた後、その驚きを音声でも表現した。


「わ、私のことを知らないの?」


翔太は芸能人と仕事をしてから何度かこのパターンに遭遇した――つまり、またやらかした。


「えっと、映画ってことは、ひょっとしてこの映画の関係者?」

翔太は映画撮影であることは知っているが、通りすがりを装っていたので、敢えて回りくどい言い方をした。

少女はその様子を観察するように覗き込んでいた。


「ほ、本当に知らないのね……びっくりしたー。

私、雫石しずくいしひかりって言うの。この映画の助演をしているんだよ。

私を見てこんな反応をしたのは、おじさんが初めてだよ!」


翔太は沈黙の証人の制作発表のニュースで、この名前があったことに思い至った。

おそらく、有名な子役なのだろう。

顔立ちは年相応に幼く、かなりの美少女だ。

彼女の見るものを引き込むような瞳は神代を連想させた。


「そ、そうなんだ……ごめんね、テレビを持っていなくてあまり詳しくないんだ」

「ふーん……」


雫石が挑戦的な目で翔太を覗き込んだ。

なにかを見定めているような雰囲気を感じ、翔太に緊張感が走った。


「私はおじさんのことを知っているよ……皇さん」

(なっ!!!)


翔太は咄嗟に内心の驚きを顔に出さないようにした。

雫石は不敵に微笑みながら翔太を観察している。


「ふっふっふーん。うまく隠そうとしたみたいだけど、私の目はごまかせないよ?

これでもナンバーワン子役と言われているので、人間観察は得意なんだ」


神代も役作りのために人間観察をよくしており、翔太が何かを隠そうとしているときは大抵バレていた。

雫石も同等の能力を持っていると思われる。

いずれにしても、翔太にとって漏れてはいけない情報が第三者に気づかれている状況だ。


「そんなに警戒しなくても、取って食ったりしないから大丈夫だよ?」


雫石は翔太の警戒心をあっさりと見抜いた。

(俺、この子の四倍くらい人生経験あるんだけどな……)


「じゃあ、ちょっとだけ答え合わせしてあげるね。

皇さんくらいの年代の人が、私のような子どもから『おじさん』って呼ばれるとどういう反応をすると思う?」


雫石はいたずらっぽく言った。何度か同様のことをしているのだろう。


「大抵は、『お兄さん』と呼ばせるとか、『まだおじさんじゃない』って言うんだよ。

言葉に出さなくても表情でそれがわかるんだけど……皇さんは普通に返事してた。

これは話しかけられたときに、できるだけ揉め事を起こしたくないってことだと思う」


翔太は驚いた。

確かに理由のではある。


「私の女優としての目標はくまりーを超えることなの」

雫石の目は一片の曇りもなく、真剣であった。

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