第91話 素性

「綾華を助けていただき、本当にありがとうございました」


連結子会社を含めると五桁の従業員数を抱える大企業のトップと、多くの受賞歴を持つ女優に礼を言われ、翔太は恐縮するしかなかった。


「あのときは、流れでそうなっただけで」

「それでも大切な娘を救っていただいたことに変わりはありません」


紗華は断言した。


「経緯は綾華から聞いている。娘たちを守るために柊くんに怪我を負わせてしまって、本当に申し訳なかった」


改めて二人に頭を下げられた。


「怪我をしたのは自分が未熟だからです。対応が後手に回ってしまい、結果的に綾華さんを危険な目に遭わせてしまいました」


杜氏原とじはらの特定はもっと早くにできたはずで、その後の対応もうまくできたはずだった。

翔太は今も後悔しており、この時の反省をもとにグレイスビルのジムで筋トレをするようになった。


「あの短期間で解決できたのだから、大したものだよ。

普段は黒田が護衛として付いているんだが、四六時中張り付いているわけにはいかないからね」


「もしかして、黒田さんは――」

「ああ、白鳥家に仕えている人員だ」

「ふふ、私のマネージャーでもあったのですよ」


黒田は白川のマネージャーだが、翔太は謎が多いと感じていた。

彼女はあまり目立つ行動はせず、影のように白川に寄り添っていることにようやく得心した。


「もしかして、事件後の情報規制は――」

「ご想像にお任せするよ」


詮人は不敵に笑いながら言った。

超人気アイドルグループのファンイベントで傷害事件があったにもかかわらず、新聞やニュースには報道されていなかった。

報道規制が実現できたのは橘だけでなく、白鳥財閥の力が働いたと考えるのが妥当だろう。

いずれにしても、柊翔太としての情報が公開されなかったのは、翔太にとって都合が良かった。


白川の素性がまったく話題になっていないことから、白川に関する情報は白鳥財閥によって徹底的に封じ込められていると推察される。

これは白川の周りに余計な波風を立たせないように配慮しているのか、白川を家柄で特別扱いしていると思われないためのものか――おそらく、その両方だろう。

翔太は改めて白鳥財閥が持つ影響力に感服した。


「随分と私を信用していただいているんですね」


白川と白鳥財閥とのつながりが公になれば、白川のアイドル活動に大きな影響が出ることは容易に想像できる。

詮人は翔太が明かされた情報を口外しないと思っているようだ。


「綾華は柊さんが思っている以上に、柊さんのことを信用しているんですよ」


紗華が代わりに答えた。

その表情には微笑ましいものを見るような雰囲気が漂っていた。


「綾華ったら、柊さんのことになると――」

「そこまでにしてください」


戻ってきた白川が紗華の話を遮った。


「お待たせいたしました」

(ほわあぁっ!?)


白川は、深みのある藍色が美しい着物に身を包み、その姿は優雅で気品に満ちていた。

袖口や裾に施された繊細な刺繍が、着物の美しさを一層引き立て、上品な輝きを放っている。

彼女の艶やかな黒髪はかんざしで一つに束ねられ、優美な雰囲気を強調している。

そのかんざしは白い鳥をモチーフにしてあり、すぐにでも羽ばたいて飛び立ちそうなほど、細部まで丁寧に作り込まれた芸術品であった。

垣間見えるうなじが未成年とは思えないほど妖艶な色香を漂わせていた。


(これからお見合いでも始まるのか?)


翔太は外の庭園を眺めながら、そう思わずにはいられなかった。

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