第85話 発露
「橘さん、至急、ロケ地に向かいます」
「わかりました。車を出します」
美園の相談を受けた翔太と橘は、すぐに行動に移した。
橘は翔太の意図を察したのだろう。彼女は何も聞かずに車を出した。
「ストーカーはエキストラで出演している
「やはりエキストラでしたか……それにしても、もう特定しているとはさすがですね」
ロケ地に向かう車中で、運転している橘は感心していた。
橘の様子から、ストーカーがエキストラであることまでは推測していたようだ。
「ストーカーは撮影現場でしか知り得ない情報をメールに記載していました」
「そうですね、これは自分が特定されるリスクが少ないからこそできた行動ですし……万が一特定された場合にスタッフや共演者なら、失うものが大きすぎますから」
ここまでの二人の認識はぴたりと合致していた。
「川口さんは美園さんが違和感を覚えていた時間帯をすべて記録してくれていたので、このタイミングにいる人員を確認することで絞り込めます」
「ええ、理屈ではそうなのですが、確認する方法があるんですか?」
橘は不思議そうに尋ねた。
「山本さんによるセキュリティ強化の施策の一つで、IDカードを使った入出記録をグループウェアで管理しているんですよ」
「ああ、なるほど」
映画撮影時において、すべての関係者はIDカードが配られ、このIDカードを保有していないものは撮影現場に入れない。
「これで数人まで絞り込めたので、美園さんの行動範囲に住んでいるのは巻藤ただ一人でした」
「さすが……あっという間ですね」
映画関係者の住所や顔写真はグループウェアで管理されており、翔太はその管理者であるため、特定は容易に行われた。
山本によるセキュリティ管理強化の賜物だ。
***
「いました、巻藤です」
橘は小声で言った。
翔太によって巻藤のプロフィールは橘に共有済みだ。
二人は、今日のところは巻藤の行動を追いかけることにした。
明日以降は探偵に依頼する段取りで合意していた。
巻藤はしばらく携帯電話を操作し、移動を開始した。
そして生花店に立ち寄っていた。
「花屋に何の用事ですかね?」
「花束でも用意するのではないでしょうか」
橘が言ったとおり、巻藤は花束を持って移動をした。
「すごいですね」
「お見舞いということなんだと思います」
今度は翔太が感心する番だった。
橘の言うとおりであれば、今日中に何らかの行動に出る可能性が高い。
「なんか刑事ドラマみたいですね」
翔太は年甲斐(?)もなく、ドキドキしていた。
「はぁ、柊さんは刑事ドラマみたいな大立ち回りをしたじゃないですか……」
橘は「もう、心配させないでくださいね」と言いながら呆れて言った。
(大立ち回りは橘さんもだけどな)
「あれは……美園さんの自宅の方角ですね」
巻藤は美園が住むマンションにテールゲーティングで入り込んでいた。
(日を追うごとに巻藤の行動が大胆になっているので、早めに対処する必要があるな)
橘はこの様子をデジタルカメラに撮影した。
橘によると、施設内には防犯カメラが設置されているため、これ以上追いかけなくとも決定的な場面は記録されているとのことだった。
「巻藤さんですね」
橘はマンションから出てきた巻藤に声をかけた。
「ほわぁ!」
虚を付かれた巻藤はあからさまにビクッと反応した。まるでコメディ俳優のようだ。
翔太は以前の反省を踏まえて、巻藤が武器類を所持していないかを念入りに観察した。
(まぁ、何かあっても橘さんが倒してしまうんだろうけど……)
「映画関係者の者です。我々に同行願います」
橘は慇懃に言った。
***
「まさか……こんなにあっという間に解決するなんて……」
美園は長い間張り詰めていた緊張が解けたのか、一連の報告を受けて唖然としていた。
警察の事情聴取などを終えた一同は、グレイスビルに一旦集まり落ち着くことにした。
証拠映像や携帯電話の記録などから、巻藤はあっさりとストーキング行為を認めた。
「川口さんが事細かに記録していただいていたおかげで、特定が容易でした。ありがとうございます」
翔太は今回のMVPは川口だと言ったことで、川口の表情がほころんだ。
「そんな……柊さんがいなかったら美園がどうなっていたか……こちらこそ、本当にありがとうございます」
川口は美園の変調を目の当たりにしていたため、相当心配だったのだろう。
「私がやったのは情報のすり合わせだけですよ。いつものことですが、橘さんがいるから解決できた案件です」
今回も橘は翔太の考えを先回りするように動いていた。
「さすが柊さんだね! 美琴、これでわかったでしょ?」
神代はドヤ顔だった。
彼女は美園のメンタル面のケアをしてくれていたようなので、影の功労者だ。
「あ、あの……なんとお礼を言ったらいいのか……」
美園の声色は感極まっていた。
***
「解決できたのも、美園さんの人望があったからですね」
――トクン
終始ビジネスライクだった表情から、一転して優しく微笑みながら言った翔太に、美園は無意識に抑え込んでいた感情を初めて自覚した。
(あ、あれ?……ウソ?……普通だと思っていたのに……)
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