第58話 ライバル?

「ふーん……普通ね」

美園美琴みそのみことは、翔太を見るなりそう言った。


『沢木役の美園さんです』

誰?という顔をした翔太に橘が耳打ちしてフォローした。

沢木役は、神代の演じる的場役の秘書だ。


「はじめまして美園さん、脚本の監修を担当している柊と申します」

翔太は慌てて挨拶した。


「話には聞いていたけど、私のことも知らないのね」

「キャスト一覧は確認しているので、お名前は存じています」


翔太は、出演者の顔くらいは把握しておくべきだったと反省した。


ここは、グレイスビルの会議室である。

神代の共演者である美園が突然来訪してきた。


美園は神代と同世代の女優だ。

ダンスが得意で芸能界入りしたが、アクション映画に出演したことをきっかけに女優として活動している。

今では神代に次ぐほど人気がある。


美園は、シャープな顔立ちと目元を強調したアイメイクで勝ち気な印象を受ける。

髪の色は明るいブラウンで、軽くウェーブがかかっている。

翔太のことを『普通』と評した美園は、興味深そうに翔太を眺めていた。


「美琴? なにか用があったんじゃないの?」

神代が美園に向けて言った、どうやら親しい間柄のようだ。


「脚本を一通り読んだんだけど、専門用語の意味がところどころわからなくて……

あなたが書いたのよね?」


美園が言っているのは、IT用語の箇所を指しているのだろう。


「はい、できるだけわかりやすい単語には置き換えたのですが、どうしても使わざるを得ないところは残しています」

「それは問題ないと思うわ。

観客なら理解が薄くても構わないけど、演じる側からすると深く理解しないといけないと思うの」


美園が演じる沢木役は、神代の演じる的場が会社の創業時から苦楽を共にする重要な役である。

役割はChief Operating Officer(最高執行責任者)に該当するが、日本の観客にとってわかりやすい表現として『秘書』とされている。


クランクイン前であるが、美園は早めに役作りをする方針のようだ。

美園の姿勢は好ましいと思えた。


「なるほど、私が脚本で使われている用語について説明するってことですかね?」

「そうね、そうしてくれるとありがたいんだけど――」

「説明なら、私ができるよ!」

神代が割り込んだ。


翔太がオーディションや脚本の修正時に神代に色々と説明していることから、神代の持つ知識は申し分ないと言える。


「梨々花は専門家じゃないでしょ?

私から梨々花に、柊さんを紹介してって頼んでも断られそうだったから、アポなしで直接きたんだけど」

「う……それはそうかもだけど……」


翔太は首を傾げた。

美園の目的はわかりやすかったが、神代の言動が理解できなかった。


「神代さんと一緒なら問題ないですかね? 神代さんにとっては復習になるかもしれませんが」


翔太は橘に伺った。

ここでは、霧島プロダクションとして仕事をしているので、別事務所に所属している美園の依頼を受けるには問題がありそうだ。


「そうですね、ドライリハーサルの時でもいいかもしれませんが、それだと役作りに間に合わないですね」

ドライリハーサルとは、カメラが入っていない状態でのリハーサルである。


「そうね、できるだけ早くお願いしたいわ」

「では、このビルの稽古場を使いましょう。梨々花、それでいいわね?」

「は、はい」


神代は多少不本意ながらも頷いた。


***


「梨々花から、柊さんのことを聞いても『普通』しか言わないから気になっちゃって」

「ご期待に添えて何よりです」


翔太の返事は本心だ。

狭山の件もあり、柊翔太として目立つのを避けたかったからだ。

柊翔太の過去を探られると、色々と面倒なことになる。


映画のクレジットからも、翔太の名前は外すように依頼している。

山本は功労者である翔太をクレジットから除外することにかなりの抵抗があり、何度も再考を促されたが、結局は山本が折れた形となった。


『お気遣い、ありがとうございます』

『ははは、そうだね』


翔太と神代は小声で話した。

翔太は、目立ちたくない翔太に配慮してくれたお礼を言ったつもりだが、神代の意図は別なところにあったようだ。


「プロデューサーが柊さんを高く評価していたから、梨々花に紹介してもらおうと思ったんだけど断られちゃって」


翔太は、山本が余計なことを言っていないか気になった。

(後で口止めしておかないと……)


「べ、別に美琴が柊さんに会う必要はないでしょ?」

「あら? 理由はさっき言ったじゃない」

「ぐぬぬ……」

「まぁ、梨々花が私を柊さんに会わせたくない理由がわかったから満足したわ」


美琴は挑発するように神代を見ていった。

神代は真っ赤になった。

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