第54話 司令基地
「こ、これは……」
翔太に呼び出された一同は絶句した。
ここはアストラルテレコムのオペレーションセンターの見学エリアだ。
オペレーションルームは、オペレーションセンターの二階分をまるごと専有した空間で、ちょっとした体育館くらいの広さがある。
壁面を覆うほどの巨大なモニターが設置されており、システムの運用状況が映し出されていた。
ルーム内には多数のオペレーション用の端末が設置され、オペレーターが24時間体制でシステムの監視と運用に当たっている。
まるで怪獣映画の司令基地だ。
オペレーションセンターには、オペレーションルームを見下ろせる見学者用のスペースがあり、翔太の招集により関係者が集まった。
「シーン125でこの場所が使えるってことですか!」
山本から招集された監督の風間が興奮気味に言った。
シーン125とは、映画の見せ場となる神代の演じる的場がサイバー攻撃に対応する場面だ。
「はい、会社の宣伝になるので、ぜひ使ってください」
高槻が答えた。
アストラルテレコムからは、広報責任者の高槻と、オペレーションルームを管理している加古川が同席している。
「業務に影響は出ないのでしょうか?」
「オペレーターは普段、執務室で運用監視しているので、この場所である必要はないんですよ」
山本の懸念に加古川が答えた。
『別にあのクソでかいモニターいらないんだよ』
翔太はこっそりと、隣の神代に打ち明けた。
『たしかに誰も見てないね』
神代は楽しそうに笑った。
翔太もオペレーションルームを利用することはあるが、手元のモニターじゃないと文字が読めないので、壁面に鎮座しているモニターを見ることはないと言っていい。
翔太は、上層部の自己満足で設置しているのではないかと思っている。
所謂『偉い人にはそれがわからんのですよ』案件だ。
(まぁ、映画の演出にはちょうどいいだろうな)
今の神代は変装をしていないので、すれ違った従業員は、ほぼ全員神代のことを見ていた。
普段のオペレーションセンターはトラブル対応をすることもあり、ピリッとした緊張感があるが、神代の存在により浮足立っている。
現に、同行している加古川の表情は腑抜けており、普段の威厳が全くない。
(野田はいないよな……?)
翔太は念のため、周りを見回していた。
神代と一緒にいるところを、野田に見つかるわけにはいかない。
「ここをPVで使うと、インパクトありそうですね」
「はい、ぜひそうしていただけると」
蒼の発言に、高槻がすぐに反応した。
映画『ユニコーン』はビジネスシーンが多いため、全体的に見た目が地味である。
このオペレーションルームのような見栄えがする場所の方が、広報としては使いやすいだろう。
「元のシナリオよりも規模が大きくなったので、エキストラを入れる必要がありそうですね」
脚本を担当している雪代が言った。
雪代は以前に会ったときとは別人のように見た目が変わっていて、翔太は初見で雪代であることに全く気づかなかった。
眼鏡からコンタクトに替え、年相応の格好をしている。
髪型もきれいに整えられ、以前に会った時にはしていなかった化粧もしていた。
あまりの変わりように、翔太は唖然として雪代を見ていたが、それを見た神代がムスッとした表情になった。
「予算がとれたので、エキストラは問題ないよ」
山本が上機嫌に言った。
姫路の勅命で、アストラルテレコムがスポンサーになることが決まっている。
『よかったのですか? 柊さん?』
橘が翔太にこっそりと聞いてきた。
翔太が何らかの代償を払ったことに勘付いたのだろう。
『はい、問題ないですよ、得られるものもありましたし』
「そうですか」と橘は小声で答えた。
翔太は橘に何もかもを見透かされているようで、居心地が悪かった。
***
山本と蒼は、高槻とスポンサー契約や広報活動の打ち合わせをすることになった。
残りのメンバーは、翔太が確保した会議室で休憩しながら待機していた。
翔太は、アストラルテレコムの社員ではないが、よく呼び出されている施設なので勝手知ったる他人の家だ。
「すごい施設だね、撮影意欲が湧いてきたよ」
風間が上機嫌に言った。
「ここは柊さんが手配したんですよね?」
神代は不思議そうな顔をして翔太に質問した。
「はい、ここをロケ地として提供することで、アストラルテレコムの宣伝になると提案しました。
映画の撮影場所として職場をアピールすることで、企業イメージの向上や人材確保を狙えると――」
「アニメの聖地巡礼みたいなものですね!」
雪代が食い気味に言ってきた。
なんとなく、雪代の距離が近くなってきた気がする。
それに伴い、神代の機嫌が悪くなった。
雪代とはグループウェアのチャットで脚本の内容を議論する機会があり、少し親密度が上がったのかもしれない。
「今回はどんな魔法を使ったんですか?」
神代がジト目で翔太に尋ねた。
「今日案内してくれた加古川さんに助けてもらったんですよ」
ごまかしようがないため、翔太は正直に答えた。
今度は橘がジト目で翔太見ている。
『それだけではないですよね?』
『後でお話します』
『約束ですよ』
「あー! 橘さんと柊さんがアイコンタクトで会話してます!」
雪代が目ざとく指摘した。
(雪代さん、こういうキャラだったのか?)
「そうなんですよ! この二人!」
今度は神代がジト目で翔太と橘を見て言った。
ようやく神代と雪代が意気投合したのはよかったが、矛先が自分に向かってきた。
「――あの、脚本についてですが、主人公が女性になったので、ハラスメントを受けながらもそれに立ち向かって成長していく要素を入れるのはどうでしょうか?」
「「!!」」
神代の発言に、翔太と橘は驚いた。
翔太が橘を見ると、橘は自分は関与していないと首を振った。
「――なるほど、そんなことがあったのか」
状況を説明した神代に、風間は神妙に頷いた。
ハラスメント行為があったことは山本から聞いていたが、個人情報の観点から、神代が被害者だったことは伏せられていた。
翔太と橘は、神代から打ち明けるとは思っていなかったので驚いた。
ましてや、この経験を映画の題材にすることは完全に予想外だった。
「いいと思います。状況を似せて、出資者からセクハラを受けるという設定にするのはどうでしょうか」
雪代が案を出した。
「上岡役以外の出資者役を用意するか。出番は少なめだし、スポンサーの問題も解決したようなので、山本さんに相談しよう」
上岡役はオーディションの時に上村が演じた役だ。
「そういえば、上岡役は誰になったのですか?」
翔太は神代以外の配役を把握していなかった。
「ん? 岩隈くんだよ」
「えええ!」
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