第50話 神代隊員

「情けない」

神代は己の不甲斐なさを嘆いた。


自分が率先して翔太に付いていったにも関わらず、何も言えずにただ耐えるだけになり、余計に迷惑をかけてしまった。


和竹に対する嫌悪感よりも、自分が翔太の役に立てなかったことへの悔しさのほうがはるかに大きかった。

異性に苦手意識を持っていたこれまでの神代には、考えられなかったことだ。


あの場では、自分が我慢すればいいと思っていたが、それは浅はかな考えだったと翔太に思い知らされた。

自分がそう思っているということは、同じように我慢している人がいる可能性がある。

神代の考えは、問題の先送りであり、被害者が増えることを看過することになる。

それを翔太に突き付けられた気がして、いてもたってもいられなくなった。


「パーン」と、神代は自身の頬を両手から叩いて気合を入れた。


「もしもし、梨々花? これから言う人たちにコンタクトして――」

橘からの電話がかかってきた。


***


「あ、あの……和竹さんとはお会いしたことがあります」

館腰たてこしひなたは、少し緊張しつつも神代の質問に答えた。


ここは声優事務所、響アーツだ。

神代は橘の指示で和竹と接触があった声優、館腰に面会を取り付けた。


館腰は、MoGeが制作しているゲームに出演した声優である。

ゲームのプロモーション時に和竹と接触があったらしい。


館腰は憧れの存在である神代と会えたことに感激したが、切り出された話題は思い出したくないものだった。


神代は館腰に近寄り、跪くようにして目線を合わせ、言葉を選びつつ懇願するように言った。


「館腰さん、ここでのお話は守秘義務がある第三者機関とその関係者にしか知らされないようになっています。

館腰さんの活動に不利になるようなことにはならないとお約束します。

この場では私を信用してもらうしかないけど、信じていただけないなら契約を交わすことも――」


「神代さんを信じます!」

館腰は元気を取り戻すかのように答えた。


館腰がとつとつと語った内容は、神代の想像を超えていた。

肉体的な接触があったと聞いて、神代の肌は粟立った。


神代のような大物は周りに守られたり、相手が萎縮して手を出してこない場合が多いが、駆け出しの声優となるとそうもいかないようだ。


「館腰さん、本当にありがとうございます。あなたの勇気に心から感謝します」

神代は館腰の手を優しく握り、励ますように微笑んだ。

館腰の目に涙が浮かんでいるのを見て、神代は決意を新たにした。


神代は館腰に深く感謝し、次の被害者の元へ向かった。


***


「ありがとうございます、十分な情報を集められたと思います」

蒼は神代と橘に感謝した。


ここは蒼が勤務する広告代理店、クオリアの会議室だ。

蒼は自社のコンプライアンス部門に状況を報告していた。

神代と橘は集めた情報を蒼に提出した。


コンプライアンス部門から、第三者機関へ調査を依頼するための情報を蒼が取りまとめている。

調査結果が出てからは、MoGe社への通知が行われ、場合によっては法的措置も検討される。


証言やメールなど、証拠となる情報を整理している最中に、蒼の電話が鳴った。


「翔太? どうしたの? ――うん、神代さんと橘さんもここにいるけど――え? 今から?」


翔太からの電話を終えた蒼は、神代と橘に向かって言った。

「翔太――柊さんから呼び出されました。お二人共、この後お時間取れますか?」

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