第37話 第二の人生
病院でのリハビリを終えた後、景隆は退院できることになり、実家に戻ることになった。
柊翔太は実家から大学へ通っていたようだ。
景隆は柊翔太の部屋へ案内された。
ここに至るまで、両親から柊翔太のことを可能な範囲で聞き出した。
会話の中では、自傷行為をした理由についてはお互いに避けるようにした。
彼は仙台の大学の四年生であり、すでに卒業する資格を有している。
地元企業への就職先も決まっているようだ。
交友関係はほどほどにあり、ぼっちではなかったらしい。
交際相手はいないらしいが、両親に隠している可能性はある。
しかし、携帯電話にはそれらしいものはなかった。
景隆は、自室にあったPCを操作した。
ログインパスワードがかかっていたが、景隆にとってはディスクが暗号化されていない限りは突破可能だ。
景隆は「ごめんな」と言いながら、PCのデータを確認した。
傍から見ると全く問題ない行為であるが、景隆の主観では他人のプライバシーを覗くことになる。
真っ先に電子メールの内容を確認した。
パスワードが保存されていたため、大抵のサービスにはログインできた。
「メールマガジン、就職活動、大学の連絡事項……」
メールの内容はありふれたものだった、携帯電話のメールは事前に確認済みだが、友人との連絡用に使われていた。
次に、日記のようなものがないか、拡張子を絞ってファイルを検索してみた。
大学のレポートのようなものはあったが、彼は日記をつけるタイプではないようだ。
ブラウザーの履歴も追ってみたが、何らかの記録を付けるようなウェブサイトにはアクセスしていなかった。
「さて、これからどうするか――」
引き続き、石動景隆としての人生を歩むのはどう考えても無理そうだ。
この時代でも、もとの時代でも、時間を超えて人格が入れ替わったという事例は存在しない。
SFに詳しい人に聞けば何らかの見解は得られそうだが、いずれにしても誰かに状況を話して解決できる問題ではないだろう。
「柊翔太として、生きていくしかないな」
そう結論づけた。
しかし、そうなると問題が二つある。
一つ目は、このまま仙台の会社に就職すると、柊翔太の知り合いに遭遇する可能性が高い。
入手できた情報をもとに、彼を装ってその知り合いと会話するのは難しいだろう。
二つ目は、柊翔太が自殺未遂(と推定)をした要因と遭遇したときに、何らかのトラブルになる可能性が高い。
おそらく、これは彼の記憶があったとしても解決が極めて難しい問題だろう。
熟慮を重ねた結果、
「就職先を探すか」
幸いなことに、大学生の春休みは長い。
就職活動期間は終わっているが、東京の企業であれば人材を募集している可能性が高い。
給料が高い人気企業は無理だが、仕事を選ばなければ何かしらの就職先は見つかるだろう。
景隆の人生経験を考慮すると、IT関連の仕事がやりやすい、となると――
景隆は、両親に東京の会社に就職し、一人暮らしをしたい旨を伝えた。
両親からは、当面は姉である蒼から生活の支援を受けるという条件付きで承諾が得られた。
***
「――ということで、今の会社であるアクシススタッフに入社したんですよ」
ここはグレイスビルの会議室だ。
翔太は神代と橘に自分の過去を打ち明けた。
あまりにも荒唐無稽な話なので、信じてもらえない可能性は高いが、それでも構わないと思った。
「つまり、俺の中身はおっさんということになります」
若い女性にとって、歳が近いと思っていた男性が、実は親に近い年齢であるということは、ショックを受けるだろう。
(「見た目は子供、頭脳は大人」という蝶ネクタイをした小学生なら、まだ可愛げがあるんだけどな……)
「なるほど、柊さんが大人びてると思っていましたが、そういうことでしたか」
橘は、納得したかのように言った。
「あれ?……信じてもらえるんですか?」
翔太は自分だったら信じることができるだろうかと自問したが――無理だった。
「柊さんが、ここまで大仰な嘘をつく理由がないですよね?」
「まぁ、そうですが――梨花さんは?」
ありがたいことに橘は信じてくれているようなので、神代に聞いてみた。
「え? もちろん信じてるよ?」
躊躇なく言った神代は神妙な表情で考え込んでいた。
(なんだろ? 思っている反応と違うな)
「あの……気持ち悪いと思わないですか?」
翔太は恐る恐る聞いてみた。
極端なたとえだが、銭湯の女湯に男が女性の体で入ってきているくらいの忌避感を持たれてもおかしくはない。
翔太は、腐った魚を見るような目で見られるくらいの反応を覚悟した。
「え、えっと……」
橘の顔が赤くなって、翔太から目を離し、そわそわと落ち着かない状態になっている。
こんな表情の橘は初めて見る。
『柊さんが私より年上と聞いて、安心したというか、嬉しいというか……』
橘は小声でなにか言っているようだが、翔太には聴こえなかった。
(あれ? 全然思っている反応と違う?)
「あ、あの、柊さん!」
ずっと神妙な表情をしていた神代は、意を決したような強い眼差しで翔太に向かって言った。
「柊さんくらいの男性は、二十代の女性は恋愛対象に入りますか?」
「え? 気にするのそこっ!?」
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