第29話 スターズリンクプロジェクト

グレイスの本社でスターズリンクプロジェクトの関係者が集まり、ミーティングが開催された。

グレイス本社は、グレイスビルのすぐそばに構えられ、雑居ビルの1フロアを借り受け、その場を活動の拠点としている。


「当養成所では、俳優コース、ミュージカルコース、声優コースなど、複数の科目が存在していますが、これらの施設は分散しています」

ミーティングで霧島カレッジの宇喜多が説明を行っていた。


宇喜多はシンガーソングライターを経て、現在霧島カレッジの所長を務めている。

身長が高く、精悍な顔立ちからアグレッシブな印象を与える。


霧島カレッジは霧島プロダクションの子会社であり、霧島が代表を務めつつ、実務は宇喜多が主導している。

神代はここの卒業生ではないため、宇喜多は霧島カレッジの概要から説明を始めた。

翔太は神代以上に霧島カレッジについて知らなかったため、宇喜多の丁寧な説明がありがたかった。


「元々は現在のミュージカルコースと呼ばれる科目しかなかったのですが、コースの新設に伴い、施設が増えていったという現状です」

宇喜多は霧島カレッジの施設が点在している理由を説明した。


「新しいコースを新設することも考えている、これを機に1箇所にまとめてしまおうって寸法だ」

ミーティングに参加している霧島が補足した。

いずれは、学校法人になることも視野に入れているらしい。


「新拠点の候補地は複数あり、事業計画書に詳細を記載しています」

スターズリンクプロジェクトの責任者である木場が事業計画について説明した。

印刷された資料には、新施設の概要、事業内容、期待される収支や財務情報などが記載されている。


木場は恰幅がよく、不動産に関して豊富な経験を持つグレイスの社長である。

グレイスでは、霧島プロダクションのグループ会社のビルのほか、所属タレントの社宅を所有・管理している。


翔太は木場のことを心配していた。

本来は彼がこの事業計画を出資者に説明する役割だった。

グレイスだけでなく、霧島カレッジなどのグループ会社にとっても重要な案件であるにも関わらず、説明会を素人の神代に任せることに不満を持っているのではないだろうか。


「以上が、事業計画の概要ですが、ご質問はありますか?」

木場の説明が終わった。


「はい、返済計画についてお聞きします。

複数の銀行から調達される予定になっていますが、金利については銀行によってどれくらいの差異があるのでしょうか?」

真っ先に神代が質問した。


木場が驚いた表情をした。

事業内容ではなく、資金調達についての質問が来たことに驚いた表情を見せた。

「半数は当社とこれまで付き合いのある銀行なので、金利は低めに設定できる見込みです。

ほかの銀行も足並みをそろえてくると想定しています―――」


この後も神代は立て続けに質問をし、設備や資金調達に関する質問には木場が、事業内容に関するものには宇喜多が回答していった。

(あれ?思ったよりも……)


「ふふふ、不思議そうにしてますね」

翔太の隣に座っている橘が声をかけた。


「いきなり梨花のような小娘が、大事なプロジェクトの役割を奪ったので、関係者の面目を心配しているのでしょうか?」

橘が翔太の心を読んでいるかのように言った。


「え、えっと……概ねそのとおりです」

翔太の想定とは裏腹に、木場も宇喜多も表情を明るくし、むしろ楽しそうにしていた。


「大抵の男性は梨花と向き合うと、ああなってしまうんですよ」

「あぁ―――なるほど?」

翔太は半分得心した。

(え?ちょろすぎない?大丈夫?)


「柊さんは例外でしたけどね」

橘が微笑みながら言った。


この後も関係者間での議論は活発に続き、神代も積極的に会話に参加していた。


「いやはや、神代さん、不動産や資金調達に至るまで、様々なことをご存じで驚きましたよ」

木場が上機嫌に言った。

(あれこれ心配してたのが、アホらしくなってきた)


「私には優秀な先生が付いていますので!」

神代はチラリと翔太を見た。


「柊、お前にも何か意見はあるか?」

霧島が促した。

これまでは、神代が積極的になっていたので、翔太は神代に任せていた。


「はい、では画面をお借りしてよいですか?」

事前に印刷物を用意していなかった翔太は、プロジェクターにラップトップPCの画面を映し出した。


「霧島カレッジに在籍する候補生の居住地から新拠点までの移動時間の平均値と中央値を概算で出しました。

これを候補地の根拠として事業計画に加えていただければと思います」

画面には地図が表示され、新拠点の候補地と受講生の居住地が可視化されている。


霧島アカデミーの個人情報は厳格に管理されているが、翔太には閲覧権限が与えられていた。

このことから、霧島から相当な信頼を得ていると推測できる。


「これから新規の候補生も加わると考えられますが、これについては年齢や通学している学校などを基にした推定モデルを作成しました」

(あれ?なんか静かだな……)


「次に、これは今作ったものですが、返済計画の内容を踏まえて、自己資金と金利を入力すると年ごとの返済金額と期間を計算するツールを作成しました。

変動金利を対象とした場合は、過去の金利データを基にした予測モデルを使用していますが、外部環境の変化により結果が異なる可能性があることをご了承ください―――」


「―――以上が、一夜漬けで作った内容になりますが、なにかあれば説明会まで修正できますので、お知らせください」

「「……」」


翔太の説明に、木場と宇喜多はぽかーんとしていた。

霧島はニヤリと笑っており、橘はすました顔で、神代に至ってはドヤ顔である。


(オレ何かやっちゃいました?)


***


「あー、木場さん達の反応面白かったー!」

神代はグレイスビルの会議室で伸びをしながら言った。


翔太、神代、橘の3名は、ミーティングが終わった後、グレイスビルの会議室に移動した。

会議室では翔太の提案をもとに、事業計画書の追加や修正作業が行われていた。

修正した事業計画書は関係者にメールで共有する予定になっている。


「まぁ、初見で柊さんを見たら、ああなってしまうかと」

「ですよねー、でも社長の反応はある程度予想していた感じでしたね」

「社長とは本社で一度会っているので」

「なるほどー」

橘と神代は楽しそうに話している。


「最後に出しゃばりすぎたかなと思って、何かやらかしたかと思いましたよ」

結局、木場と宇喜多は翔太の提案に食いつき、いくつかのディスカッションを終えた後、説明資料に反映することになった。


「「まぁ、柊さんだし」」

神代と橘がハモるように言った。


***


スターズリンクプロジェクトの出資者向け説明会は、無事に完了した。

予定通りに事業計画を神代が説明し、出資者からの質疑応答にも神代は可能な範囲で対応した。

対応できない質問には木場と宇喜多がフォローし、参加者の反応は良好であった。

翔太は仕事の都合上、説明会に同席できなかったため、橘から状況を共有してもらった。


(先生スタイルの梨花さん、見てみたかったな)

神代の変装はバレなかったらしい。


案の定、変装した神代には厳しい質問もあり、対応に苦慮していた模様だ。

映画の台本とは異なり、現実世界では予想外のシナリオに対応する能力が求められる。

オーディションでは、このようなスキルが要求されるため、経験値を得られたことであろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る