第27話 社長

「おぅ、お前が柊か」

(ヤ○ザの親分)霧島に対する柊の第一印象がそれだった。

ちなみに、霧島プロダクションは反社会勢力ではない。


霧島は、そのパンチパーマとやや色黒の肌が特徴的な霧島プロダクションの社長である。

彼は新たな才能を見出し、育成することに情熱を傾け、数多くのタレントを輩出してきた。


霧島プロダクションの社長室では、ミーティングスペースが併設されており、霧島の向かいに翔太と橘が座っている。


「橘から話は聞いている。

色々と活躍しているらしいな。

俺のことは霧島でいいぞ」

「あの、霧島さん、弊社―――アクシススタッフのCMの件ではありがとうございました」

翔太は神代の眼鏡の件について礼を言った。

これは神代と橘が決めたことなので、詫びを言うのは筋違いと判断した。


「あのCMか、アレで高い年齢層のファンが増えたんだよ。

うちにとってもいい結果になった」

ご機嫌そうに言った霧島の一方で、橘が頷いた。

どうやら気を遣っていることはなさそうだ。


「それで、オーディションの件ですが―――」

橘が霧島に今日のあらましを伝えているうちに、霧島の顔がみるみる険しくなった。

(初見でこの顔見たら、怖くて逃げ出すやつだ……)


「東郷のところの小僧がケンカを売ってきたのか、いい度胸だな」

東郷が社長を務めるフォーチュンアーツと霧島プロダクションはライバル関係にあるようだ。


「オーディションに向けて、さらなる手を打ちたいと思っています」

橘は眼鏡のブリッジを軽く押し上げながら言った。

さながら特務機関の総司令である。


「ほう」

霧島は興味深げに促した。


「スターズリンクプロジェクトの出資者説明会の場では、出資者に対して梨々花に説明させます」

「ん?」霧島は少し驚いたようだ。


スターズリンクプロジェクトとは、霧島プロダクションが所有する、タレント養成所を集約するプロジェクト名である。

霧島プロダクションは演劇やダンスなど、さまざまな分野のタレントを育成するための養成施設を持っており、子会社の霧島カレッジが運営している。

これらの施設は点在しているが、これを1箇所に集中することで効率的な運営ができ、人脈の形成などの相乗効果を見込んでいる。


「ちょっと待て……考えるからまだ答えを言わないでくれ」

霧島はしばし考慮した後に、答えを出した。


「―――そうか!オーディションでの資金調達の演技を、現実の世界でやってしまうってことか!」

感心したように言った霧島に対して、橘が頷いた。


「スターズリンクプロジェクトはグレイスが取り仕切っています。

梨々花をグレイスの関係者として変装させて、プレゼンを行います」


グレイスは霧島プロダクションの子会社で、グレイスビルを所有している会社だ。


「はー、すげーこと考えるなぁ……俺でも思いつかないぞ。

柊の入れ知恵か?」


「はい、グレイスの実質支配者は霧島さんなので、霧島さんが指定した人員を送ることは可能と考えています。

ただ、神代さんは不動産やそれに関する資金調達に関しての知見がありません。

霧島プロダクションとそのグループ会社にとって大事なプロジェクトをオーディションのために利用するのは、さすがにやりすぎだと思っています」

翔太は正直に言った。

説明会だけとは言え、神代が代わりに担当してしまったら、プロジェクトメンバーの士気に影響が出る可能性も懸念していた。


「無論、梨々花だけでなく、プロジェクトの主要メンバーもサポートに付かせます。

梨々花が説明会の準備から参加することで、資金調達のノウハウを得ることも期待できます」

橘が補足した。


「そもそも、スターズリンクプロジェクトは公にしていなかったが?」

霧島の発言はもっともだ。


「まず、神代さんに資金調達が必要な大きな案件を担当してもらう場合と仮定した場合、霧島プロダクションかその関連会社に適切な案件がないかを考えました。

その中でスターズリンクプロジェクトに行き着いたのは、霧島さんがグレイス株を過半数取得しているためです。

この場合、実質支配者が霧島さんになるため、人的な介入が可能であると推測しました。

同社が抱えている案件をヒアリングして、このプロジェクトがあることを教えていただきました」


橘に責任が及ばないように、翔太はスターズリンクプロジェクトに至った経緯を説明した。

霧島は呆気に取られた表情を浮かべた。


「神代を変装させる理由は?」

「出資者は、梨々花が養成所の広告塔になってくれると期待される可能性があります。

結果的にそうなる場合もあり得ますが、そうなった場合、プレゼン能力が発揮されたとは言えません。

オーディションでの質疑応答の対策として、人気女優というフィルターを外すことで、厳しい質問がくることを期待しています」

霧島の質問に橘が答えた。


「実力だけで勝負するってことか……時間は取れるのか?」

これは翔太も気になっていたことだ。


「オーディションを最優先事項とし、その期間中は新規の仕事を受け入れない方針です。

サイバーフュージョンは動画配信事業などを通じて、国内でインターネットメディアの中心的な存在になりつつあります。

CF社との連携が実現すれば、当事務所のメディア戦略が多角化できると期待しています」

橘は淀みなく答えた。


霧島は少し考慮しながら言った。

「なるほど、将来への投資か……ほかにこのオーディションを優先する理由はあるか?」


「狭山は梨々花と私の大切な友人を目の前で侮辱しました―――負けるわけにはいきません」


「「!!……」」

橘が言った一言に霧島はツチノコでも見たかのように目を丸くした。

翔太も同様だ。


「はーっははははは!いいじゃねぇか、やってみろ!」

「えええ!本当ですか?!」

今度は翔太が驚いた。


「柊、お前の欠点を教えてやろう」

「え?」

翔太にボールが飛んできた。


「お前は、お前自身の言動が他人に与える影響を過小評価しているんだよ。

IT業界じゃ、ロジカルな考え方が重要かもしれんが、この業界では感情が人を動かすんだ」


霧島は楽しそうに続けた。

「この業界のやつらは自分の魅せ方をよく知っているんだ。

そして、それが相手にどう影響しているかもわかっている。

お前はこれから人の上に立つことになるが、そのときに俺の言ったことを思い出すんだな」


翔太は霧島が自分の将来のことまで断言したことに驚いた。

「俺は何人もの人間を見出してきた。人を見る目に関しては誰にも負けないつもりだ」

橘は同意するように頷いた。


***


「ずいぶんと霧島に気に入られましたね」

グレイスビルに戻る車中で、柔らかい表情で橘が言った。

この後は経緯を神代に説明し、今後の進め方を決める必要がある。


「あれ?そうなんですか?」

翔太は霧島とは初対面で、業界に関してもかなり疎いと自覚しているため、霧島がどんな人物かはまったくわからない。


「霧島は多くのタレントを見出してきましたが、素質を感じない人物には時間をかけません。

これは仕事相手も同様です」

おそらく橘も霧島から見出された1人なのだろう、と推定した。


霧島がOKを出した以上、賽は投げられたので、翔太は腹をくくった。

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