第26話 決意
「すみません、助かりました」
一旦、三人は会議室に戻った。
「情けないところを見せてしまいました……」
「中学の時の記憶がないんでしょ?あの状況ならしょうがないよ。」
神代がフォローした。
「あぁ、もう!思い出しただけで腹が立ってくる!」
神代はまだ怒りが収まっていないらしい。
「とりあえず、柊さんが来るまでの状況を共有します」
事前の情報どおり、狭山は神代のオーディションの辞退と秘書役をやるように要求していた。
「なるほど、船井幹雄がアドバイザーですか、強敵ですね」
翔太は唸った。
狭山にも翔太と同様なアドバイザーが付いているらしい。
「どんな人なの?」
神代は詳しく知らないようだ。
船井はインターネット関連企業であるエッジスフィアを立ち上げ、さまざまな企業を買収して事業規模を拡大している。
「彼はIT業界の寵児と言われているんだ。
学生の頃から起業して、次々と新しいサービスを立ち上げて成功させてきたんだよ。
しかも、巧みな資金調達を行い、企業を買収して会社をどんどん大きくしているので、今回の役のアドバイザーとしては最も適任じゃないかな」
狭山が神代に対して強行に出てきたのも、船井幹雄がバックにいることが理由であろう。
勝ち目がないことをちらつかせ、役を降りさせようとしたようだが、思惑が外れたらしい。
翔太が船井と壮絶な戦いをすることになるが、それはもう少し先の話だ。
「フォーチュンアーツ社長の東郷が、船井と交流があるようです」
橘が補足した。
フォーチュンアーツとは、狭山が所属する芸能事務所である。
神代が所属している霧島プロダクションと同じ規模で、ライバルとも言える。
相手のアドバイザーは、プロスポーツチームも買収できるほどの会社の社長で、こちら側のアドバイザーは平社員だ。
傍から見ると、どう見ても勝ち目がなさそうな勝負だが、神代と橘は全く負けるつもりがないようだ。
「柊さん、先日言っていたアレ※1 をやりましょう」
「えっ! 本気ですか?!」
橘の提案に翔太は驚いた。
「え? なんですか?」
神代にとっては初耳だ。
「梨花、これから社長の許可をもらってくるので、それまで柊さんが指摘していたプレゼン資料の修正をしておいて。
詳しくは戻ってから説明するわ。
柊さん、これから本社にご同行いただけますか?」
いつもはブレーキ役の橘が、今回ばかりは引くつもりがないようだ。
「仮に霧島さんの許可がでた場合、梨花さんの負担がかなり増えてしまいます」
翔太はかなり不安になった、神代には伏せているが、アレを進めると周りへの影響も大きくなる。
「何をしようとしているかさっぱりわかりませんが、勝つための手段があるのなら、私はどんなことでもやります!」
神代の決意は揺るがないようだ。
こうなったら腹をくくるしかなさそうだ。
「あの……これだけは言わせてください」
翔太は、真摯な眼差しで語りかけた。
「正直、先程はかなりピンチでした。
助けてくれてありがとうございます。
お二人は本当にかっこよかったです!」
「「……」」
翔太の言葉に、会議室は静寂に包まれた。神代と橘は、まじまじと翔太を見つめていたが、照れくさそうに目をそらした。
***
「いいんでしょうか? 梨花さんのほかの仕事に影響が出ますよね?」
本社に向かう車中では、運転している橘と助手席に翔太が乗っている。
「オーディションまで、新規の仕事は受けません。
梨花には既存の仕事と、オーディションに集中させます」
橘は言い切った。
「でもそうなると――」
翔太が原因で、神代や霧島プロダクションに機会損失を与えることにつながる。
「心配ありません。
感情の部分がないとは言い切れませんが、ビジネスとして問題ないと判断しています。
最終的には霧島が判断し、責任を負いますので、柊さんは気にしなくてもいいですよ?」
橘は遮るように言った。
翔太は霧島とは初対面になるが、一体どのような人物なのだろうか。
⚠─────
※1 「第21話」を参照
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