第25話 見知らぬ、過去

翔太は出向先のアストラルテレコムから、グレイスビルに向かう途中で橘から電話がかかってきた。

この後は、オーディションの対策をする予定であった。


「柊さん、すいません、こちらに来ていただくのはもう少し後にしてもらっても宜しいでしょうか?」

「はい、問題ないですよ。

どのくらいでしょうか」

「そうですね……1時間程度だと思います」

「では、1時間ずらしてそちらにお伺いします」


聞くところによると、急な来客があるとのことだった。

来客者はオーディションで、神代と同じ役を競う俳優、狭山健太郎さやまけんたろうだ。

神代に思いを寄せているらしく、主役を辞退して秘書役になる要求をしているようだ。

(むちゃくちゃだな……)


狭山は男性アイドルグループ『インフィニティスターズ』のメンバーの1人で、現在は俳優活動をメインにしている。


***


グレイスビルに到着した翔太は1階の会議室の様子を伺おうとしたところで、勢い良く飛び出してきた男性とぶつかった。

翔太と同じくらいの年齢で、身長は高く、端整な顔立ちをした青年だった。


男はぶつかった拍子に、翔太の手荷物から散乱した名刺を見て言った。

「あれ?お前、もしかして柊か?」

(誰だ?)


「狭山だよ、中学の同級生だっただろ?

まぁ、お前にとっては思い出したくないかもしれないけどな」

狭山と名乗った男性はニヤリと笑いながら言った。


「柊さん!大丈夫?!」

神代が翔太に駆け寄り、橘も追いかけてきた。

神代のこの行動が狭山にとっては気に入らなかったようだ。


「梨々花ちゃん、こんなやつと知り合いなの?

コイツとは中学の同級生だったんだけど、全然さえないヤツでさー。

俺のパシリとかやらせてたんだけど、それすらロクにできねーんだよ。

今も派遣社員なんかやってるみたいだし、関わらないほうがいいと思うよー」

狭山はマウントを取るかのように言い放った。


翔太は返す言葉を探したが、完全に硬直してしまった。

中学時代の の記憶は全くない。

加えて、取引先の関係者となると、穏便に済ませる必要がある。


(……何も言えない……どうすればいいのか……情けない)

幾多の問題解決をしてきた翔太だが、いくら思考を重ねても最適解は見つからなかった。

「バキっ!」

(ん?なんの音だ?)


神代が、ガバっと翔太と狭山の間に立ちはだかった。

狭山と対面して、背後に翔太をかばっている構図になっている。

橘もそれに倣った。


翔太は神代の顔を一瞬だけ見てしまった。

(こわっ!超こわっ……)


「ひ、ひぃーっ!」

狭山も同様らしい。

情けなく悲鳴を上げている。


「狭山さん、神代の意向は先ほど申し上げた通りです。

本日のところはお引取りください」

橘は冷たく言い放った。


「それに、柊さんは正規雇用されている社員です。

彼は当事務所へ出向いただいて、非常に重要なお仕事をしていただいています。

派遣社員の意味もわからないようでしたら、あなたのほうが役を下りたほうが宜しいのでは?」


「―――後悔するなよ!」

二人に気圧された狭山は、テンプレな捨て台詞を残して去っていった。


「私、ぜーーーーーーーーったいに負けない!」

神代は怒りに震えながら言った。


「奇遇ね、私も同じ意見よ」

橘が持っていたボールペンは、真っ二つに折れていた。

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