第22話 遭遇

「お、しらーや、今日も可愛いなー」

アストラルテレコムの食堂のテレビでは、アイドルグループが出演している。

翔太と野田はここで昼食をとったあと、本社ビルに移動し、仕事で発生したトラブルを報告することになっている。


しらーやとは白川綾華しらかわあやかの愛称である。

文字列では『しらあや』だがこう発音されることが多い。

「Pawsだっけ?」

「お、知ってるのか?柊にしてはすげー珍しいな」

Pawsとは白川が所属するアイドルグループの名称である。


(げ、そういえばアイツもいるのか)

髪型をツインテールにした星野が、アニメのような声で愛想よく受け答えをしている。

(ここまで猫かぶれるもんなのか……すげーな)


「しらあやってのは人気あるの?」

「そらぁ、センターだから当然だろ?」

「センターって?」

ちょうど聞きたかったことだったので、この話題は渡りに船だった。


「相変わらず、なんも知らんのなー」

野田は呆れたように説明した。

「文字通り、グループ内の中心的な存在で、ステージの中央に置かれるんだよ」

「1番人気ってことか」

「そだな、グループによっては人気投票で決まることもある」


「はー、この後の報告を考えたら憂鬱だったけど、しらーやに癒やされたわー」

野田は白川推しらしい。


翔太は白川とはグレイスビルで何度か話をしているが、お嬢様のように礼儀正しく接してくるので、彼女との会話は緊張する。

(なんか裏がありそうなんだよなぁ)

白川は、橘とは別な意味で隙がなく、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。


***


「ふぃー、今回もこってり絞られたー」

ここはアストラルテレコムの本社ビルの受付である。

本社の受付は、容姿の整った女性受付担当者がずらりと並び、来客者を圧倒する。


本社への報告が終わった翔太と野田は、来客者用IDを返却するために受付にいた。

社員でない二人は本社ビルのIDがないため、受付で入退館の手続きを行う必要がある。

報告には、アストラルテレコムの社員も同席していたが、彼らはIDを持っているため先に帰宅している。


「げ!」

翔太は見知った顔を見つけた、橘とおそらくは変装した神代だ。

神代はボーイッシュな出で立ちで、スーツ姿が多い来場者の中では際立っていた。

橘はイケメンバージョンではなく、ノーマルバージョンだ。


「え?なに?知り合い?」

しまったと思った。

野田が興味を示してきた。

「た、多分似た人だと思う……」


このまま何事もなく過ぎ去ってくれ……という翔太の願望は打ち砕かれた。

神代は橘と少し言葉を交わしたあと、こちらに近づいてきたのだ。


「こんちはー、柊さん!偶然だね!」

神代は少年のような声で挨拶した。

(すげーな、マジでわからんわ)

アニメにおいて男児役を女性声優が演じることがあるが、正にそれといった声である。


「リカさん、お仕事?」

CMの打合せだろうと推察したが、もちろん声には出さない。

「うん、おねいちゃんの付添だよ!」

(そういう設定か……)


「やっぱ、知り合いじゃねーか!」

野田は枯れた花が水を与えらたように、活き活きとしだした。


「コイツは同期の野田」

「あつかい雑っ、こちらのお姉さんは?」

「レイカと言います」

(下の名前で呼ぶのかよ……難易度高いな)


「柊!お二人との関係は!?」

(やっぱそうなるよな……)

翔太はすでに心拍数が跳ね上がっている一方で、二人は泰然としている。


「ちょっと前に友達になったんだよ」

「へー、よかったじゃん!おまえ友達いないもんな」

「まぁな」

翔太は野田が翔太のを知っていると二人に目で合図した。

とりあえず、伝わってそうだ。


「あの!レイカさんとリカさん、せっかくなので、このビルの下のカフェで話しませんか?」

とんでもないことを言い出した。


「二人ともすげー忙しいんだよ、また今度にしとけ」

(これ以上話してたらHPがゼロになる)


「おねいちゃん、どう?ボクはOKだよ♪」

(ボクっ娘かよ!というか断れよ!)

心の中のツッコミも、そろそろキャパオーバーだ。


『どうしよう、俺の中で新たな扉が開いたかもしれない……』

野田は不穏な独り言を発している。


翔太は橘に念を送った。

(断れー、断れー)

もはや懇願である。


「そうね、少しならいいわよ」

翔太の必死の願いは霧散した。

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