第7話 種明かし

「乾杯!」

居酒屋の個室で、翔太、大野、水口の3人がジョッキを合わせている。

一連の報告をした後、大野からの発案で打ち上げが開催された。

「ここは会社の経費だから、好きなだけ頼んでくれ」

社内だけの飲み会で費用がでるのは極めて稀であることから、この案件が重要であったことがわかる。


「実はこのビデオの一部がテレビCMで使われるんだよ」

薄々感じていたが、妙に予算をかけていることの理由が判明した。

「柊にとっては、急な話で大変だったろうけど、よくがんばってれた」

大野もビデオの内容は確認しており、大変満足しているようだ。

ウェブサイトや顧客に配布するプロモーションビデオを公開するタイミングに合わせて、テレビCMも放映されるらしい。


「ずっと、聞けなかったのですが、なんで私に振られたんですかね。もっと適任がいたと思いますが」

「おまえ、『くまりー』のこと全然知らなかったらしいな」

くまりーとは、神代梨々花の愛称だそうだ。国民的人気女優でそう呼ばれているらしい。


「テレビ持ってないですし。芸能界とか全然知らないんですよ」

「そんな大物女優と一緒に仕事をするとなると、大抵の人が浮足立っちゃうのよ。情報が漏れるのもまずいし」

水口が補足する。


「田村は大丈夫なんですか?」

「彼女は神代さんの同級生で、元々交流があったからこの仕事を受けてくれたんだよ」

「あぁ、なるほど」

少しずつ腑に落ちてきた。


「田村が言うには、柊なら彼女相手でも、そのへんのジャガイモと同じように扱えると太鼓判を押していたぞ。

実際そのとおりだったらしいな」

「名前を間違えたときはびっくりしたけどね」

一部始終は報告したが、最初の失態は恐縮するばかりだ。


「田村にとっては残念だったでしょうね。準備もしていたでしょうし」

神代があれだけ事前に練習できたのは、田村から情報を得ていたのであろう。

多少具合が悪かろうが、出社を要求するようなブラック企業だが、仕事相手が芸能人ならそうもいかない。

「人気女優と仕事して何かあったら大事だからな。何事もなくて良かったよ」

(ギクっ!)

神代との別れ際の一幕を思い出したが、なんとか表情に出さないようにする。


「これだけの予算使うなら、役員承認が入りますよね。現場は我々だけで問題なかったのでしょうか?」

「途中で社長がスタジオに来てたのよ。撮影に支障が出そうだったから、私が引き留めていたんだけど」

水口が途中で抜けた理由が判明した。田村のアクシデントといい、今回は相当負担がかかったであろう。


「これから忙しくなりそうですね」

神代の知名度を聞く限りでは、かなりの宣伝効果見込まれそうだ。

「はー、採用にも力を入れないとね。柊くん、こっち来ない?」

「勘弁してください」

これは本音である。

礼儀やマナーに厳しい本部勤務よりは、客先に常駐しているほうが気楽なので、ほとんどの社員は本部勤務を嫌う。

翔太も例外ではない。


「柊はやらんぞ。アストラルからもらっている単価のほうが全然高いからな」

大野は翔太を高く売りつけるのが仕事だ。講師の人材確保も彼女の仕事だが、講師業で得られる収益は限られている。

「まぁ、でもこれで私はお役御免ですね」

「いやー、わからんぞ」

大野は不敵に笑った。

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