霧の中の訪問者

@jinno11

霧の中の訪問者



本日の主人公

【山本結衣 25歳】





「今晩も、霧が濃いな。」



静かな町外れの古びた一軒家に住む結衣は、窓から外を眺めながら呟く。

彼女は都会での生活に疲れ果て、この田舎に移り住むことにした。


町の人々は彼女を「霧の結衣」と呼び、少し距離を置いていた。


その理由は、毎晩のように家の周囲に濃霧が立ち込め、不気味な雰囲気を醸し出していたからだ。


ある夜、結衣がいつものように霧を眺めていると、視界の端に何かが動いた。


目を凝らしてみると、人影が霧の中からぼんやりと浮かび上がってくるのが見えた。




「誰かが来たみたい…」




結衣は玄関に向かい、扉を開けた。そこには一人の若い男性が立っていた。

背が高く、痩せていて、無表情な顔つきをしている。



「こんばんは。ここに住む者ですけど…」



結衣は訝しげに彼を見つめた。

「あの...何の用ですか?」




男は微かに微笑みこう言った。

「道に迷ってしまって…今夜だけでも泊めてもらえないでしょうか」


結衣は少しの間考えたが、やがて頷いた。

「仕方ないですね。どうぞ入ってください。」


男が家の中に入ると、結衣は不意に強い不安を覚えたが、

見知らぬ者を追い返すわけにもいかなかった。

彼を居間に通し、お茶を出した。


「名前は?」結衣が尋ねると


男は「佐藤と言います」そう答えた。


「佐藤さん、何故こんな霧の夜に外を歩いていたんですか?」


佐藤は一瞬考え込んだ後、「何かを探していたんです」と曖昧に答えた。


その夜、結衣は眠れずにベッドの中で考え込んでいた。


佐藤という男が何か隠しているような気がしてならなかった。

彼の目には冷たい光が宿っていたのだ。


翌朝、霧は一層濃くなっていた。


結衣が目を覚ますと、佐藤はすでに起きていた。

彼は窓の外をじっと見つめていた。




「おはようございます、結衣さん。」




佐藤は振り返り、にっこりと微笑んだ。

しかしその微笑みにはどこか不自然なものが感じられた。


「おはようございます、佐藤さん。朝食の用意をするので、少し待っててくださいね。」


結衣は台所に向かいながら、心の中で不安が膨らんでいくのを感じた。


彼の視線が、まるで自分を見透かしているような気がしてならなかった。



朝食を終えた後、佐藤は

「今日も霧が深いですね。この霧の中に何かがある気がするんです」と言った。


結衣は内心驚きながらも、

「そうですね。この霧はいつもとても神秘的です」と答えた。


午後になると、霧はさらに濃くなり、外の景色はほとんど見えなくなった。




その時、




玄関の扉がノックされた。


結衣は驚いて扉を開けると、そこには別の訪問者が立っていた。

それは中年の男性で、息を切らしながら立っていた。


「すみません、こちらに佐藤という若い男が来ませんでしたか?」

中年の男は焦った様子で尋ねた。


「佐藤さんなら今中にいますが…」



その瞬間、佐藤が後ろから現れた。



「あなたは…」



中年の男は佐藤を見つめ、

「お前はまだここにいたのか。あの霧の日以来、ずっと探していたんだ!」



結衣は二人の間に何があるのか理解できず、混乱していた。

「どういうことですか?」



中年の男は結衣に説明し始めた。

「実は、この佐藤という男は一年前に霧の中で行方不明になっていたんです。そしてその後、何人もの人が同じように行方不明になった。彼が最後に見られたのはこの近くで、それ以来霧が出る度に誰かが消えるという噂が広まったんです。」



結衣は驚きと恐怖で息を呑んだ。


佐藤が再び笑った。

「そうです、私はあの霧の日に何かを見つけたんです。それは、この場所に存在する何か…。」



その瞬間、



家全体が不気味な静寂に包まれた。

霧が一層濃くなり、結衣は目の前が真っ白になった。



「何…?」



結衣が言い終わる前に、彼女の意識は途絶えた。





目を覚ました時には、結衣は再び自分の家にいた。


しかし、佐藤も中年の男も消えていた。

霧はすでに晴れており、外の景色は以前と変わらなかった。


「あれは…夢だったのか?」


結衣は自分に問いかけたが、答えは出なかった。

しかし、心の奥底で何かが変わった気がした。


それは恐怖でもあり、奇妙な安心感でもあった。


翌日、結衣は町の人々にその話をした。

しかし、誰も信じなかった。


彼女は再び独りの生活に戻ったが、心の中に常にあの霧の夜の出来事が残っていた。


それ以来、霧の夜になると結衣は窓辺に座り、外を見つめ続けた。

そして、また誰かが訪れるのを待っていたのかもしれない。


しかし、それが再び訪れることはなかった。


結衣の家に訪れる霧の夜、その中には何が潜んでいるのか。


誰もそれを知る者はいない。




しかし、一つだけ確かなことがある。

それは、霧が全てを包み隠し、そして何かを連れ去るということだ。


霧が濃くなる夜、再び誰かが訪れるのを待つ結衣の姿が、今も霧の中に浮かび上がっているのかもしれない。

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