煙突
黒部峡谷の玄関口であるU温泉街。
自動車で訪れた方はトンネルを抜けて、温泉街に足を踏み入れられたと思う。
実際に足を運ばずともストリートビューで確認できるが、トンネルを抜けると左手に昔からの杉木立がある。
遥か昔、そこに火葬場が存在したことは幼い頃から聞いていた。
私の片親の実家はU温泉街の片隅にあり、訪れる度に思い出し杉木立を眺めていたが、遥か昔に斜面の下に設けられた廃火葬場の姿を僅かでも目にすることは無かった。
あれは小学校低学年の頃だったか。
日曜日に親の実家を訪問した帰路。時間は18時を過ぎた頃だと思うが、父の運転する車の後部座席から杉木立を眺めると赤レンガで組まれた、古びた煙突の上部が木々の間に静かに佇む姿が見えた。
一瞬しか目に出来なかったが、色褪せたレンガで四角く組み上げられた煙突には、僅かに苔が生えているように見えた。
「本当に火葬場があったんだ」と幼い私は興奮し母親に目にした事を告げたが、「そんなものが有るわけないでしょ」と返されるばかりだった。
そんな事はないと次の機会に木立を眺めたが、そこには木々ばかりで煙突は無かった。
一度限りの煙突。
30年以上経った今も傍を通り過ぎる度に、煙突が見えるのではないかと木立に目を向けるが、杉木立が見えるだけである。
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