5話 納品完了……いたしました?

「できた……!」


 店内に差し込む朝日の中、完成した鎧を掲げて勝ち鬨を上げる。酷使した両手はもうぼろぼろだ。予想以上にカービングに手間取ったが、なんとか仕上げることができた。


 つやつやと光る深みのある赤に、模様を彩る白や緑が綺麗に映えている。ワンポイントの熊騎士も絵本から抜け出したみたいだ。これならエスメラルダも満足してくれるだろう。


 エスメラルダの体型に合わせて作ったトルソーに鎧兜を着せ、目隠しに布を被せる。


 リリアナの兜に続いての大作だ。自然と鼻歌がこぼれ出す。クリフがいなくても一人で依頼をこなせるようになってきたし、独り立ちできる日も近いかもしれない。


 浮かれてはいけないと思いつつも、口元が緩むのを止められない。リリアナの口コミやラドクリフの依頼が呼び水となり、少しずつ客からの指名も増えてきた。今回の仕事もうまくいけば、さらに指名が増える可能性がある。


「よし、この調子でもっと頑張るぞ……!」


 とりあえずはブームをもう一度起こしたい。ぐっと拳を握りしめて気合いを入れ直したとき、玄関のドアが開いてラドクリフが顔を出した。


「おはよう。もう開いてるかな?」

「アルティ、おはよう……」


 はにかみながら駆け寄ってくるエスメラルダに感動する。最初は視線も合わなかったのに、この二週間でだいぶ懐いてくれたようだ。


「おはようございます。エミィちゃんもおはよう。来てくれてありがとうね」

「よろいかぶと、できた……?」

「もちろん。喜んでもらえるといいな」


 期待に目を輝かせるエスメラルダの頭を撫でる。今日は鎧を着るため、いつもの愛らしいワンピースではない。胸にフリルのついた白いブラウスと細身のズボン、そして薄ピンク色の巻きスカートを身にまとっていた。


「約束の時間より早く来てごめんね。エミィが待ちきれないみたいでさ」

「そう言ってもらえると職人冥利に尽きますね。エミィちゃん、この布を引っ張ってごらん」


 素直に布を引いたエスメラルダから「きゃあっ」と可愛らしい声が上がる。ぬいぐるみを抱きしめる腕に力がこもり、まんまるの目は今にもこぼれ落ちそうだ。いつも自分を抑えがちなエスメラルダにとっては最大限の感情表現だった。


「どうかな? 気に入ってもらえた?」

「うん……うんっ……! アルティ、ありがとう……!」


 子供らしく興奮した姪っ子の姿を見て、ラドクリフも目を細める。


「試着のときもいい感じだと思ったけど、こうして完成品を見ると趣が違うね」

「仮留めの紐やネジだと、あまり見栄えもよくないですしね」


 試着の段階ではリベットを使わず仕上げもしていないので、受ける印象は大きく変わってくる。クリフは「完成品を見たときの客の顔で出来栄えがわかる」と言っていたが、最近それが少しわかってきた。


「念のため最終確認をお願いいたします」

「エミィ、もうちょっと待ってね」


 トルソーの前に立ったラドクリフが、そわそわとズボンを引っ張るエスメラルダを宥めつつ、縫製や強度を検分していく。可愛い姪っ子が着るとあって、その目は真剣だ。しかしすぐに、使用した薄ピンク色のリベットに気づいて小首を傾げた。


「あれ、これは……。微かに火属性を帯びているよね?」


 探るような目で見られて心臓が跳ねる。


 ラドクリフの言う通り、リベットに使ったのは火属性のイフリート鋼だ。エスメラルダの好む薄ピンク色の色合いを出すために、ハウルズ製鉄所に特注したものである。


 ぎりぎりまでイフリート鉱石の配分値を削っているので、火属性の効果はほとんどないが、属性を帯びていることには変わらない。


 最初は塗装も考えたが、無属性の塗料は魔石塗料に比べてもちが悪い。その上、リベットみたいに擦れやすい部品だとすぐに剥げてしまうため、完璧に仕上げるにはどうしてもイフリート鋼が必要だったのだ。


「勝手なことをして申し訳ありません。今からでも無属性のものに取り替え可能ですが……」

「うーん……」


 顎あたりの闇に手を当てたラドクリフが、隣で心配そうに見上げるエスメラルダを見る。


「……まあ、このぐらいなら問題ないか。エミィも気に入ってるみたいだしね。着せてあげてくれる?」

「ありがとうございます!」


 二人を店の隅の試着室に通し、トルソーを運び込む。初めて着る革鎧にエスメラルダは興味津々だ。よろけないようアルティの肩に手をついてもらい、脛当てから順番に上に向かって着付けていく。


「このベルトをね、こう後ろから持ってきてぎゅーっと締めるんだよ」

「ぎゅー?」

「そう、ぎゅー。痛いなあって思うまでやらなくていいからね」


 次から一人で着られるように、着付けの説明をするのも仕事のうちだ。籠手は素肌を見てしまうのでラドクリフに任せ、最後に兜を被せる。定着の魔法紋を二つ刻んだおかげか、ぐらつきもせずぴったりと収まった。


 試しに店内を少し歩いてもらう。鎧の関節部分も特に問題なさそうだ。洋服を着ていたときと変わらない動きにほっと胸を撫で下ろす。


「サイズも重さも問題ないみたいですね。このまま着て……」

「可愛いなあ……! 俺の姪っ子、本当に可愛い……!」

「……エミィちゃん、そのまま着て帰る?」


 語彙力が崩壊したラドクリフから視線を逸らし、エスメラルダに水を向ける。何故か鎧をじっと見下ろしたまま何も答えてくれない。


「どうかした? どこか気持ち悪いところある?」


 聞こえなかったのかと思い、若干声を大きくして呼びかける。エスメラルダはハッと息を飲んでこちらを見上げたが、すぐにアルティの手に視線を落とすと、そのまま小さく首を横に振った。


「本当? 遠慮しないでなんでも言ってね」

「大丈夫……。とても素敵だったから感動しちゃったの……。アルティ、ありがとう……」

「そう? それならいいけど……」

「……エミィ、ちょっとごめんね」


 きゅ、と抱きついてくる華奢な背中を撫でようとしたとき、床に膝をついたラドクリフがエスメラルダの首元に手を伸ばした。


「少し熱があるね。エミィ、疲れたときはすぐに言うってお兄さまと約束しただろう?」

「疲れてないもん……。まだアルティのとこにいる……」

「我儘を言えるようになったのは進歩なのかなあ……。でも、駄目」


 いやいやをしてアルティに縋りつこうとするエスメラルダを、ラドクリフが容赦なく抱き上げる。前みたいにおんぶではなく、がっちり横抱きだ。


 この前、中庭で昼食を取ったせいで風邪を引いてしまったのだろうか。ラドクリフの腕の中でしゅんとするエスメラルダに胸が痛くなる。


「心配かけてごめんね。昨日、興奮してあまり眠れなかったみたいだから、そのせいだと思う。悪いけど、今日はこのまま帰らせてもらうよ」

「でも……」

「大丈夫。よくあることなんだ。最近、調子よかったから油断してたな」


 そう言ってラドクリフは片手でエスメラルダを支えると、腰のポーチから小さな紙切れを取り出した。


 小切手だ。お得意さまらしく、多少の色をつけてくれている。いつもなら飛び跳ねるほど嬉しいが、今はちっとも心が弾まない。


「あっ、待ってください。この布を……」


 受け取った小切手をカウンターに置き、鎧兜に被せていた布を熊のぬいぐるみと一緒にエスメラルダの体に巻き付ける。こんなことしかできない自分が情けない。


「ありがとう。近いうちにまた顔を出すよ」

「アルティ……。またお話してね……」


 苦しそうに息をつくエスメラルダに頷き、玄関のドアを開ける。今日は馬車で来たらしい。道の端にマルグリテ家の紋章が描かれた客車が見えた。


「お気をつけて。エミィちゃん、お大事にね」


 馬車に乗り込む二人を見て、ふいに不安が押し寄せる。


 エスメラルダが体調を崩したのは鎧を着た直後だ。考えすぎかもしれないが、もっときちんと話を聞くべきだったのではないだろうか。


(このまま納品完了でいいのかな……?)


 何か見落としている気がする。とても大事な何かを。

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