第二章 白き刃翼と黒の大樹(5)
「何の話だ?」
「「「知らん」」」
「クソが……また俺が被害者なのか……っ!」
四人全員それなりにボロボロになったボックス席で、テーブルに顔突っ伏した敗北者が拳を叩きつけた。なお席順はぎゃあぎゃあやってる内にバラバラに、手前通路側からミズノとカナメが、奥はボルテクスとメリィが、それぞれ腰かけることになった。後方の丸テーブル席では仕事放り出した馬鹿共が、賭けの結果を仕分けている。
あまりにもあんまりな光景に、カナメは、当事者でしかない己に不本意な息を吐いて、
「祭りがどうのと言ってはいなかったか? わざわざ
「……どうせ貴様も馬鹿の側だろうと決めつけていたが、俺の目も随分と曇ったようだ。どうだ、世界を回す仕事に興味はないか、緋蓮カナメ」
「あ? 殺すぞボルテ」
「は? 殺しますよボルさん」
「黙れ貴様らはア! 馬鹿に発言権は無いッ!」
「どーでもよいからはよ話を進めんかあー……」
またぞろぎゃあぎゃあと、建前上敵対者たちの小競り合いは本来正しい在り方に他ならず、だが実態は下らない内輪揉めに過ぎないのだ。誰からともなく、スッ……と心に入ってきた虚しさに、表情を殺して席に着いた。
「俺はもう、疲れた。おい、メリィ」
げんなりと肩を落としたボルテクスが、隣、メリィへと目だけを向ける。
水を向けられた片角女は、神妙に頷いてみせると、
「ボルさん。――おっぱい見てるのってすぐバレますよ?」
「察しろ馬鹿が! 頭に栄養行ってないのか!?」
「あっセクハラ! セクハラですよ今の! 暗に胸にしか栄養行ってない馬鹿女だと言いましたね!? 栄養行かないより良いじゃないですか!」
「オイ、儂を見ながら抜かすとは良い度胸じゃのう。殺していいな?」
「俺はカナメさんのおっぱい以外に興味無いです。愛する女の子の胸を愛する主義なので」
「……命拾いしたのう乳羊女よ。此度は戯言と聞き流してやろう」
「ねえボルさん凄いですよこのバカップル。この流れから流れるようにイチャつきましたよ。私たちも対抗した方がいいですか? おっぱい揉みます? 指先でも触れたら殺しますけど」
「……。――、……」
「なあメーちゃんもうそれくらいにしとこうぜ。ボルテが据わった目で酒瓶見つめてる」
「のうミズノ。こやつは一体今代魔王の何なのじゃ……?」
「ボルテを殺すためだけに生まれてきた女だよ」
魔王殺しの乳羊女、メリィは妙に身体を捻り傾けて腕広げ頭に回し無表情のキメ顔を披露していた。傍ら、死んだ表情で酒瓶を抱いたまま離さなくなってしまったボルテクスを、宥めることしばし。魔王が飲酒自殺などという面白い記事が朝刊の一面を飾る前に、話を戻す。
「……こいつを見ろ。たったこれだけの話をするのに、何故ここまで手間が掛かる」
馬鹿ばかりが集う場末の酒場、雷来亭の建前上店主、もとい今代魔王ボルテクスは、眉間を揉みほぐしながら、ありったけの溜め息を吐き出す。続いて隣、騒ぐ内に崩れ散らかした書類の山から、しかし迷うことなく引き抜いた紙を、テーブルの上へ投げた。
地図である。広い海の中に、三つの大陸が浮いている。概ね円形の中央、上は西から北へ伸びる細長い三角、下は南から東へ大きく広がる台形だ。
「改めて見ると、おでんの串みたいな世界じゃのう」
「急に食いしん坊キャラみたいなこと言うじゃんカナメさん。俺も思ったけど」
上からほぼ三角丸四角。それぞれ北西、中央、南東とまんまの名前が付けられた大陸群は、しかし地図全体の面積からすると一割にすら満たない。大半が海に占められた、比すれば狭い陸地の上で、無数の種族がひしめき合っている。
そんな世界地図に、多くの赤バツ印が書き込まれていた。さらにそれぞれを起点とした矢印が、中央大陸の、ある一画へ向けて伸びている。
ああ、と何かを察して呟くミズノ。なるほど、と続くメリィ。一人だけ取り残されて、首を傾げるばかりのカナメへ、先んじて答えたのはボルテクスだった。
「謝肉祭だ」
「収穫祭だろ」
「炭鉱祭ですよ」
ミズノとメリィから、追加訂正が二つ。
意味が分からん、と答えられれば、良かったのだが。
「……まさか」
無駄に察しの良い勘が、本来繋がらないはずの意味を、繋げてしまい。
手元、串焼きにされた肉を持ち上げてみれば、他三人が揃って首を縦に振る。
「「「触手狩り」」」
最悪の予感が的中し、思わずと、片手で顔を覆った。
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